対決DQN編

第11話 英雄の凱旋…………?

 5月7日、月曜日。


 GW明け、最初の登校日の朝。

 激動のダンジョン攻略から一夜明けた時杉ときすぎは、最寄り駅から赤羽あかばね深淵しんえん高校までの道を歩いていた。


「ねむい……」


 これで何回目かという欠伸をかましつつ、重い瞼を擦る。

 彼は今、圧倒的寝不足だった。


 あのあと――ボスとの激闘を制した時杉たちは、ひとまず時間も遅いので地上に戻るや否や公園を後にした。


 ダンジョンには《強制退場リタイア》のときと同じく、《攻略成功クリア》すると自動的に地上へ転移される仕組みがある。

 だからそこまでは実にスムーズで、なんとか1時過ぎには家に到着することができた。


 けれど、そこからが長かった。

 ベッドに入ってもなかなか寝付けず、ようやく寝付いたのは明け方の4時すぎ。

 空が白んできた頃だった。


 しかしながら、それはある意味で当然のことだった。


「本当に……《攻略成功クリア》したんだよな……?」


 歩きながら小声で呟く。

 昨夜からいったいもう何度このセリフを繰り返したかわからない。


 まさかノースキルの自分が本物のダンジョンを攻略する日が来るなんて――。


 それだけでも時杉にとっては望外ぼうがいの出来事。

 しかも、現実はそれに加えて――。


(信じられない……。しかもよりによって、》だぞ……?)


 思い出しながら心底震えた。

 一夜明けて少しは落ち着いたものの、未だに桃源郷を彷徨さまよっているかのごとき感覚だった。


 ――《未攻略ダンジョン》の攻略達成。


 それはすなわち、「失敗すれば二度とダンジョンに潜れなくなる」というペナルティが消失することを意味し、以降は気兼ねなくそのダンジョンに挑むことができる。


 そして、その恩恵は計り知れない。


 第一に、ダンジョンの開拓が一気に進む。


 《強制退場リタイア》しても所持品の消失のみで済むため、挑戦する攻略者が激増する。

 それに伴い、モンスターや魔石の分布、隠しエリアの存在など、ダンジョン内の構造が瞬く間に丸裸にされ、安全性が格段に向上する。


 加えて、ただの迷宮だったダンジョンが、一施設として整備されるようになる。


 案内板や攻略記録用のカメラの設置、電灯の増設。

 あるいはトイレができたり、自販機が置かれたり等々、攻略が格段に快適化していく。

 なんならダンジョンを観光名所化したい自治体によって、案内役ナビやお土産ショップが備え付けられる……なんてケースもあるほど。


 なお同種のケースとして、産業資源化されるダンジョンも多い。


 ダンジョンには地上にない資源が眠っていることもある。妙に熱伝導の効率がいい鉱石だったり、特殊な成分を含む植物だったり。

 それらを基に新たな事業を創出し、劇的に成り上がった会社も数多くある。


 だからこそ、世の中にとって《未攻略ダンジョン》の攻略成功はとんでもなくビッグニュースなのだ。


 そもそもの話。

 一回攻略されたかどうか、なんて本来であればさほど大差ない事実をあえて明確に分けている時点で、その重大さが分かるというものだろう。


 ゆえに、《未攻略ダンジョン》の攻略を達成した攻略者は、畏敬の念を込めてこう呼ばれる。


 《開拓者かいたくしゃ》――と。


 そして、一度開拓者となってしまえば、のちの人生はバラ色である。


 政府からの表彰に勲章の授与。

 テレビや雑誌の取材に、大企業のダンジョン部門やプロチームへの所属、タレントとしてCM起用やタイアップなどなど。

 各方面から雪崩なだれのように様々な話が舞い込んでくる。


 まさに一夜にして人生が一変。

 少なくとも死ぬまで食うに困ることはない。


 ……とまあそういう事情もあり、昨夜の時杉は興奮しすぎて全然寝付けなかったのだ。


(《開拓者》……俺が? いやいや急すぎてなにがなんだか……。てゆーか、そっちもそうだけど……)


 気になることはもう一つ。


(結局、はなんだったんだ……?)


 まるで予知夢のような謎の現象。


 今回の攻略における主役メインは間違いなくデルタだ。

 だが、そこには脇役として微力ながら時杉の指示が絡んでいた。


 そして、時杉にはあの夢が偶然の産物とは到底思えなかった。


(もしかしてデルタさんが言ってたみたいに、アレが俺の――)



 と、そこで……。



「あっ!」

「!?」


 背後から聞こえた女子の声に、時杉は思わずビクッと震えた。


「え、ウソ。もしかしてあの人って……」


(ま、まさか……!)


 繰り返しとなるが、《開拓者》とは特別な存在。


 そこに至れば瞬く間に有名人。

 当然、町を歩けば「ワー」「キャー」と騒がれる。


 加えて、現代社会の情報伝達速度は異常だ。


 ダンジョンの攻略情報は随時ダンマスで更新される。

《未攻略ダンジョン》が攻略されたとあれば、通常ならあっという間にSNSはお祭り騒ぎだし、ワイドショーのトップニュースとなる。


 今朝はギリギリ寝坊寸前だったので何もチェックできていないが、学校前にマスコミが詰めかけている可能性だってある。


 だから、今の時杉が見知らぬ人に話しかけられるのはおかしくはない。

 それどころか大勢に揉みくちゃにされたとて、なんら不思議ではないのだ。


(やべぇ、どう対応するのが正解なんだ……? あんま騒がれるのは正直性に合ってないんですけど……でもかといって「あんまり外で話しかけられるのはちょっと……」とか邪険にするとチョーシこいてるみたいでそれもどうかと思うし……)


 耐性のないシチュエーションにドギマギする時杉。

 この時間帯にこの道を歩いているということは、恐らく背後にいるのは同じ赤羽あかばね深淵しんえん高校の生徒だろう。


「え~、超ラッキーなんだけど。どうしよう? 話しかけてみようかな?」


(くっ。でも、今後を思えばこれくらいは慣れていかないと……)


 時杉は覚悟を決めた。


「や、やぁ。おはよ――……ッ!?」


(……あれ?)


 振り返った先には誰の姿もない。

 どういうことかと視線を巡らせると――。


「すいませ~ん! 先輩~!」

「!?」


 手を振りながら女子生徒が道路を横切っていく。

 しかも呼んでいるのは別人の名前。


 反応したのは、反対側を歩いていた男子生徒だった。


「ん? ああ、おはよう」


 爽やかな笑顔とともに振り返る、細身で茶髪のイケメン。

 制服のネクタイが紺色であることから、時杉と同じ学年であることがわかる。


(あいつは……)


 見覚えのある顔だった。

 というより、校内で知らない者はいない有名人だ。


 空閑くが晴斗はると

 学年トップの成績を誇るダンジョン攻略者。


 直接話したことはないが、その噂は時杉も数多く耳にしている。

 ダンジョン攻略のテストは常に満点だとか、高校生にしてダンジョン攻略関連のアルバイトをしているだとか。


 あとは単純にスポーツ万能で性格もよくて女子にめちゃくちゃモテる……とか。

 今だって話しかけた一年生の女子生徒は頬を赤らめながら空閑と会話している。


 要するに、完璧超人みたいな人間である。


「…………」


(まあ……いいんですけどね。チヤホヤされたいわけじゃないし……。あ~振り返んなくてよかったぁ。首は捻ったけど身体はまだ正面だったからセーフだわぁ。いやぁもうちょいで恥かくとこだったぁ……あぶね~)


 などとしょうもない言い訳をしつつ、時杉はひっそりと前を向いた。

 その耳は赤かった。


(いやいや、今回はたまたまだから。たぶんあの女子が気づかなかっただけ。どうせこの後教室に入れば、俺だってすぐにああなるはず……)


 なんせ自分は《開拓者》。

 国民的ヒーローのひとり。


 であれば、あっという間に注目の的となるはず。

 それこそ、空閑なんて目じゃないほど。


 そう思い、気を取り直して時杉は学校に向かったのだが……。







「はい。それじゃあ教科者の32ページを開いてください」


 気づけば、何事もなく一時間目が始まっていた。



「………………………………おや?」

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