第9話 ボス戦――第二ラウンド①

 時杉ときすぎとデルタ。

 二人が再びダンジョンに潜り始めてしばらく――。



「いやぁ、なんかヨユーって感じだねぇ~」

「……そうですね」


 余裕そうな笑みを携えるデルタの横で、時杉が唖然とする。


 すぐかたわらでは、2メートルはゆうに超える巨体のモンスターがうつ伏せで転がっていた。


(マジかよ、LV.50の褐色の巨男アントラ・ハルク一太刀ひとたちって……。国立大の二次試験とかでやっと出てくる強さのモンスターだぞ……)


 ほんの数秒前のことを思い出し、時杉は震えた。


 フロアに入るや否や、脇から襲い掛かって来た褐色の巨男(アントラ・ハルク)。

 だが、チン――という金属音がさやから響いた刹那、気づけば赤黒い肌から緑の血飛沫が吹き上がっていた。


(ガチで規格外過ぎだろデルタさん(この人)……)


 絶命した褐色の巨男アントラ・ハルクが赤黒い魔石へと変わっていく。

 これほどまでに攻略者としての能力スペックの違いを見せつけられると、時杉としてはもはや一周回って笑うしかなかった。


「いやもうほんと……さすがです」

「えへへ~」


 時杉の素直な称賛に、デルタが照れくさそうに頭を掻く。


 道中の流れはだいたいこんな感じだった。

 ただの女子高生にしか見えないのに、デルタは遭遇する強力なモンスターたちをバッタバッタと刀一本でなぎ倒しまくっていた。


 まさしくデルタ無双。


 そうして、気づけば二人は第9階層の深部まで辿り着いていた。


「でもさ、半分はトッキーのおかげだよ」

「え?」


 デルタの思わぬひと言に、魔石を拾い上げる時杉の手が止まる。


「だってそうでしょ? さっきからどこからモンスターが出てくるかバシバシんだもん。しかも種類とかレベルまで。正直アタシの方がビックリしちゃってるんだから」

「!」


 それは道中の出来事。

 時杉はモンスターが出るたびに、その場所や種類、レベルまでをも事前に言い当てていた。


 さらに特筆すべきは、それが一度や二度ではなくなこと。


「いやまあ、それはただなんとなくというか……」

「またまたそんなこと言って~。『自分はノースキルです』とか言ってたけど、実は索敵系のスキル持ちとかじゃないの~? それか予知能力、みたいな?」

「いやいやまさか。マジでスキルなんてないですって」


 茶化ちゃかすように肘で小突くデルタに苦笑いで返しつつ、時杉は拾い上げた魔石をエコバッグに突っ込んでいく。


 そうとも。

 学年最下位の《スキルなし》。それが時杉蛍介けいすけという男。


 今も昔も時杉にとってスキルとは、喉から手が出るほど欲しい憧れの代物なのだ。

 だからこの未来視もどきは決してスキルなどではない。


 時杉は自分に言い聞かせた。


(でも、実際なにがどうなってんだ……?)


 自分自身、不思議と言う他なかった。

 いったいどういうわけか、時杉には先の未来が予測できた。


 いやむしろ、感覚としては「知っていた」の方が近いかもしれない。


「もしやあれかな? さっき言ってた夢うんぬんが関係してるのかなぁ?」

「そう……かもですね」


 デルタの言葉に曖昧に頷く。

 自信も確証もない。けれど、他に思い当たる節もない。


(夢か……。そもそも、どうして俺はあんな夢を……)


 と、そうして考え込んでいるうちに――。


「さてと、いよいよだね」

「!」


 そんなこんなで第10階層最下層へと至る階段の前。

 デルタの声に時杉がハッとする。


(今が……0時40分か。さっきよりもっと早いな……)


 もう一度スマホの時計を確認する。


 夢で見た一度目も早かったが、今回はさらに驚異的だった。

 前回はここまでで1時30分くらいだったことを考えると、凄まじいほどのハイペースであることが分かる。


 そしてそれは、時杉の的確な助言の影響が大きかった。


(マジでどうなってるんだ俺……。あれは本当に夢だったのか……? でも、こうやってまたダンジョンに入れてるわけだし……)


 記憶と現実のギャップに戸惑う時杉。

 だが、すぐに頭を切り替える。


(いや、いい。今はそれよりも……)


 残すは最下層。

 つまり、ボス戦。


「――ッ!」


 瞬間、時杉は甦った記憶に背筋がゾッとした。


(またあの化け物とるのか……)


 一度は手も足も出ずに負けた相手。

 ただでさえスキルのない無力な時杉にとって、象に蟻が挑む気分だった。


(本当に勝てるのか……? 負けたら今度こそ俺は……)


 敵の強さもさることながら、時杉が恐れたのは失敗後の人生のことだった。

 もし負けて《強制退場リタイア》したら、今度こそ二度とダンジョンに潜れなくなってしまう。


 それはつまり、生きながら死んでいるような人生もの


 しかし、そうして恐怖で震える時杉の背中がポンと叩かれる。


「だいじょーぶだよ」

「!?」

「トッキーのことはアタシが守ってあげるからさ。なんとかなるって」


 泣いてる子どもを安心させるように、デルタがニコリとほほ笑む。


「デルタさん……」


 だが、時杉の恐怖は拭えない。


 なぜならば、すでにから。


 これから起こる惨劇を。

 それも、自らのミスが原因で招いてしまうことを。


(……いや違う)


 時杉は拳を握った。


(なにを考えてるんだ俺は……。またデルタこの人の足を引っ張るのか……! せっかくここまで連れてきてくれたのに……!)


 考える。

 自分にできること。役に立てること。

 それを必死に。


 と言っても、今の時杉にできることなど一つしかない。


「……あの、一個だけいいですか? 聞き流してもらっても別に全然いいんですけど……」

「? なに?」

「俺に……指示を出させてくれませんか? まあ指示っていうか、攻撃パターンみたいなのを言うので、デルタさんにはそれをもとに対処してもらえればな……って」


 意を決して申し出る。

 けれど、言いながら時杉は「しまった」と思った。


(やべ、なに言ってんだ俺……。こんなんいきなり言われたって……)


 何かしないと……という想いが先行し、つい口走ってしまった。

 だが冷静に考えて、大事なボス戦に自分なんかがしゃしゃり出たところで邪魔なだけに決まっている。


 だが、そんな時杉の考えとは裏腹に……。


「オッケー! よろしくね」

「え」

「そんじゃそろそろ行くよ。後ろは任せたぜ、相棒」


 グッと親指を立てたデルタが階段を下りようとする。

 時杉は目をパチクリさせた。


「え、あの、いいんですか……?」

「なにが?」

「いや、まさかそんなにめちゃくちゃすんなり受け入れられるとは……。大事なボス戦ですよ? こんなスキルなし男の言うことなんて信じて負けちゃったら……」


 ――きっと後悔する。


 しかし、デルタはアハハと笑った。


「今更なに言ってんのさ。さっきからずっとそんな感じだったじゃん。キミが指示して、アタシが倒す……ってね」

「でも、まだなんで先が読めるのか理屈もわかってないのに――」

「それにさ」

「え?」


 尚も食い下がろうとする時杉を、デルタが遮る。


「スキルがないとか別に関係ないっしょ。いっしょにいて信じてみようと思えたから信じる。ただそれだけだよ」

「!!」


 その言葉は、スッと時杉の心に入り込んできた。


「どう? それじゃダメ?」

「…………いえ」


 デルタが微笑む。

 時杉の震えはもう止まっていた。


(そうだ。ここまで来たら四の五の言ってもしょうがない……やるしかない!)


「よぉし、そんじゃいっちょ行くよ! トッキー!」

「はい!」



 かくして、ボス戦――時杉にとってはその第二ラウンドの幕が開けた。

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