第8話 『廻り』始める世界②
「――というわけです」
かくかくしかじか。
あのあと……つまり、デルタによる衝撃の「はじめまして」の後のこと。
全く以って予想外の発言に「え!?」となった
そんな感じでしばらく「え?」の
状況を整理するためである。
両者の認識は完全に食い違っていた。
真逆と言い切ってもいい。
ダンジョンなぞ知らんと言わんばかりのデルタに、死闘の記憶が鮮明に残っている時杉。
必然、とりあえず時杉が先ほどの自身の体験を話す流れに。
自販機での出会いからのダンジョン攻略。
対峙したモンスターたち。
道中で交わした会話。
そして、ボス戦。
惜しくも敗れて《
で、それがようやく終わったのが冒頭。
「あの……どうです? なにか思い出しました……?」
おずおずと尋ねる時杉。
その隣で、デルタはうんうんと頷いて言った。
「いやもう全然わけわからん」
ドーンという効果音が聞こえてきそうだった。
「え~っと? つまりアタシとキミは初対面じゃなくて実はついさっきぶりで、しかもダンジョンの一番下まで二人で行ったくらいには親密な関係……キミはそう言いたいわけだね?」
「親密な関係って……。でもまあ、要約すればだいたいそんな感じ……ですかね?」
若干の語弊を感じつつも時杉が頷く。
が、改めて確認して尚、デルタにとっては信じられないようで……。
「う~ん、そう言われてもなぁ……ぶっちゃけなーんにも覚えてないんだよねぇ。ホントにキミとアタシで潜ったの? ダマそうとしてない? もしや新手のナンパ?」
「いやいやいや、それはこっちも同じですよ! 俺だって今めっちゃ混乱してるんですから!」
むぅー、と疑わしさ満点のジト目で覗き込むデルタ。
それを受け、このまま不審者扱いされてはかなわないと時杉が全力で首を振る。
「というか、そういうデルタさんこそマジで記憶喪失とかじゃないですよね? もしや《
「なにおう! 誰が脳みそメロンソーダ女か! そっちこそ夢でも見たんじゃないのっ?」
「夢って……にしてはいくらなんでも内容が具体的過ぎますよ。どんだけ想像力豊かなんですか俺」
「でも、キミってなんとなく妄想得意そうだよね」
「それは否定できない……!」
ここだけの話。
実は毎晩の就寝前、自分の秘められた才能が突如開花して有名大学進学→大企業のダンジョン攻略部門に就職してバラ色の人生を妄想……というのが時杉のライフワークだった。
というのはさておき、これは由々しき事態だった。
現状、どちらかの記憶に齟齬があるのは間違いない。
それなのに、どうしてこんな状況に陥っているのか、二人とも皆目見当がついていないのである。
というわけで――。
「よし、こうなったら試してみよう」
デルタが勢いよくベンチから立ち上がる。
「試す?」
「今から二人でダンジョンに潜ります。これで一発!」
「え……!?」
なんでそんな結論に、とギョッとした顔で見上げる時杉。
そんな彼に対し、デルタはこう理由を付け加えた。
「だって、キミの記憶通りなら一度攻略に失敗したわけでしょ? ならもう一回挑戦しようとしても弾かれるわけで。でも逆に、もしアタシが正しかったら……」
そこまで言われて、時杉はハッとした。
「すんなり入れるはず……と」
「そゆこと」
デルタがニコッと笑顔でウィンクする。
「ま、それにアタシからすればどっちみち初挑戦だしね。もともとダンジョン目当てで
「なるほど」
(一理あるかもしれない……)
デルタの意見に、時杉も納得する。
たしかにその方法なら白黒はっきりつくはず。
そうと決まれば善は急げ。
二人は早速ダンジョンへと向かった。
「さて、そんじゃ行くよ。覚悟はいい?」
入口である遊具の前に立ち、デルタが確認する。
「よくないって言ったら――」
「せーの」
(聞いちゃいねぇ!)
まさに問答無用。
意を決するとかそういう猶予もなく、時杉はデルタに引っ張られるまま一歩を踏み出した。
そして――。
「……入れた」
それも拍子抜けするほどあっさりと。
「ほらー。やっぱりじゃん。アタシの勝ちー」
「くっ……」
喜ぶデルタと悔しがる時杉。
なにがどう勝ちなんだという疑問はともかく、結果的にはデルタの言い分が正しかったことが証明された。
(なんてことだ……! てことはガチでさっきのは俺の妄想……!? しかしいったいなんでまた……もしかして学校が嫌すぎて
記憶力に自信があるわけではないが、さすがにあれほどまで盛大な記憶違いをするなんてまともではない。
時杉は己の精神の脆さに震えた。
(……まあでも、これってある意味ラッキーだよな? だってこれからもダンジョンに潜れるってことなわけだし……)
二度とダンジョンに挑めないという呪いが発動しなかった。
理屈はどうあれ、重要なのはその事実だ。
時杉はホッと胸を撫でおろした。
(あぁ、よかった。マジで人生詰んだかと思った。これぞまさに九死に一生……)
と、そこで気づいてしまう。
「……って、また入ったら意味ねーじゃん!!!」
時杉は叫んだ。そして泣いた。
(最悪だ……。つーか今更だけど、潜ったかどうかなんて時計でも確認すればよかったのでは……?)
実際にスマホで時刻を確認してみる。
『5月6日(日)23:30』
「……Oh」
案の定、時杉が公園を訪れた23時からわずかな時間しか経っていない。
この事実だけでも、間違っていたのは時杉の方だと判断するには十分だった。
(うおおぉっ! 馬鹿か俺はっ! なんでまたこんな
夢の中の出来事だったとはいえ、一度は失敗して絶望した身。
今度こそ「いのちを大事に」の精神で慎重に行動するべきだった。
だが、いくら後悔してももう遅い。
すでに歩き始めていたデルタが振り返る。
「なに一人で盛り上がってんの? 行くよー」
「…………はい」
(終わった……今度こそ完全に……)
(しかも何が嫌って……)
チラッとデルタの背中を見つめる。
(あーあ、せめて俺一人だったら諦めもつくのに……)
自分のせいでデルタまで巻き込んでしまう。
そのことが時杉の絶望を加速させていた。
無論、また同じ結果になるとは限らない。
けれど、時杉には自分が足を引っ張って失敗する未来しか想像できなかった。
蘇る先ほどのボス戦の記憶。
誰がどう見ても、あの敗北は100%時杉の存在が原因。
だからこそ、その想像は現実となる……………………はずだった。
「あ、その先
それは、なにげないひと言だった。
(あれ? なんで俺……)
「ん? あ、ほんとだ」
「え……」
立ち止まるデルタの後ろで、思わず固まってしまう時杉。
自分で言ったくせに驚いてしまった。
通路を抜けた先にいたのは、棍棒を手に岩山の陰に佇む一匹の
その姿はまさしく、時杉の脳裏をよぎったイメージそのもの。
「へぇ~、すごいじゃん。なんでわかったの?」
「いや…………なんででしょうね?」
そう答えるしかなかった。
時杉自身、予想が当たったことにただただ困惑した。
(……さすがに偶然だよな? べつに
だが、そう自分に言い聞かせつつも。
(まさか……な)
恐る恐るスマホを取り出し、《レベルチェッカー》を起動する。
「え」
出てきた結果は――『LV.3』。
時杉の世界が、今まさに変わろうとしていた。
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