第7話 『廻り』始める世界①

 ふと我に返ると、時杉ときすぎ蛍介けいすけは公園にある自販機の前に立っていた。



 ――それだけで、時杉は自分の身に起こったことを理解した。


「《強制退場リタイア》した……のか?」


 《強制退場リタイア》――致命傷や体力の限界など、これ以上の続行は不可能と判断された攻略者をダンジョン外へと強制的に排除する現象。


 そして、時杉の現在地は地上……つまり、紛れもなくダンジョンの外。


「マジか……」


 月明かりと電灯の光に照らされながら、時杉はガックリと項垂うなだれた。


(最悪だ……。拾った魔石も全部パーだし。あれ売り捌いてたらいったいいくらになってたんだろ……)


 手元には何も残っていない。

 せっかくモンスターを倒して得た魔石はすべて消えていた。


 失敗した者は何も得られない。それどころか、持ち込んだ物品ものさえすべて奪われる。

 武器も、アイテムも、スマホも。せめてもの情けか、残るとすれば衣服くらい。


 ダンジョンの鉄則である。


(いや、そんなことよりも……)


「終わった……俺の人生……」


 《未攻略ダンジョン》の攻略失敗。


 それはつまり、今後一切のダンジョンへの挑戦権の剥奪はくだつを意味する。

 これではもう進学も就職もお先真っ暗である。


(くそっ、せっかくいいとこまで行ったのに……)


 あと少しだった。最下層ボスまでは行けたのだ。

 もし勝てていれば、逆に《未攻略ダンジョン》の攻略という全人類が夢見る偉業達成だった。


 しかし、その夢はあと一歩のところで儚くついえた。


(……それにしても最後のボスの必殺技っぽい攻撃やつ。いきなりあんな戦斧えもので遠距離攻撃されてビビってどうにもならんかったけど、今思えば下に潜ればいけた可能性もあったんだよな……)


 撃たれた瞬間は回避不能にしか見えなかった。

 けれど、冷静に振り返ればかわす道はわずかだが存在した。


(振りも大振りだったし、もしけてたら脇ががら空きだったのに。そうなれば、その隙を突くことだって……)


 考えれば考えるほど押し寄せてくる後悔の波。


(もう一回……。せめてもう一回だけ挑戦させてくれれば……!)


 すべてにおいて足を引っ張っておいてなんだが、自分の判断次第でもしかしたら違う結果を得られていたかもしれないと思うと悔しくてしょうがなかった。


「……なんて、後の祭りなんですけどね」


 が、そこでふと熱が冷める。


 こんなことはこれまで散っていった数多の攻略者が考えたことだ。


 あのとき無理に攻めず守りに徹していれば……。

 出し惜しみせずあのアイテムを使っていれば……。


 挙げたらキリがない。


 所詮は終わったこと。

 もはや戻らぬ時間。


「やめよう……ありえもしない妄想をするのは……。そもそも俺が足引っ張りまくったせいで負けたくせに何言ってんだってハナシだし……」


 途端に肩が重くなる。

 どうやら気が抜けたことでドッと疲れが噴き出てしまったらしい。


 まずは一旦ジュースでも買って落ち着こう。

 今後の人生の身の振り方を考えるのはそれからだ。


 そう思って時杉は自販機にスマホをタッチした。


「ん?」


『740円』


 液晶に電子マネーの残高が表示される。

 が、時杉はその数字に違和感を覚えた。


(あれ? たしかさっき一本買ったよな……? まあ買ったというよりは買わされた感じだったけど……いやじゃなくて! だとしたらなんで残高カネが減ってないんだ……?)


 ダンジョン突入前に買ったはずのジュースの金額が引かれていない。

 たかが150円程度ではあるが、ちょっとしたホラーにゾッとする。


(勘違い? いやでも、たしか数字見て「なにが740(なしお)だ」とかキレた記憶が……。というかちょっと待て。そもそも《強制退場(リタイア)》したはずなのに、なんで俺はスマホを――)


 と、時杉が何かに気づきかけたところで――。


「ねぇ、買わないの? だったらアタシが買ってもいい?」

「…………」


 全く同じシチュエーション。

 もはや振り向くまでもなかった。


(出たよ。まただよ)


 別に驚きはしなかった。

 同じダンジョンに挑んだのだ。同じような位置に吐き出されても不思議ではない。


「あの……なんでそんなに人のカネで買いたがるんですか? 自分ので買ってくださいよ……」


 呆れ気味に振り返る時杉。

 案の定、そこにいたのは金髪の美少女だった。


「え~、いいんじゃんかさ~。別に150円くらいケチケチすんなよ~」

「いやいや。150じゃないでしょ。さっきとあわせて300です。まったく、300あったら小学生の遠足一回分ですよ?」


 デルタのテンションは相変わらずだった。

 攻略失敗の落ち込みなど微塵も感じさせず、いつも通りの軽いノリ。


 だからだろう。時杉にはこの後の返答も容易に想像できた。

 きっと「じゃあこのまま遠足でも行こっか?」とか、あっけらかんと適当なことを言ってくるのだろう。


「? どゆこと?」

「は?」


 しかし、返ってきたのは思いもよらぬ真顔だった。


(うわぁ、この人トボけようとしてるよ……)


 セコい。あまりにもセコい。


「……ハァ。もういいですよ。わかりましたよ、買えばいいんでしょ買えば」


 諦めて自販機のボタンを押す。


「はい、どうぞ」

「え……」

「? どうかしました?」


 時杉の差し出したペットボトルを、デルタがじっと見つめる。


「いやぁ、なんでアタシが買うつもりだったのわかったのかなぁ……って」

「そんなのさっきも飲んでたからに決まってるじゃないですか。自分で好きだって言ってたし。さっきからなんなんすか。記憶喪失にでもなったんですか?」


 忘れるはずがない。

 さっきは二人で一本のメロンソーダを回し飲みしたのだ。

 あんな刺激的な体験を忘れることなどできない。


 なのに――。


「いやいやいや。え、なんのこと? さっきってなにさ」

「さっきはさっきですよ。ダンジョンに入る前」

「……ダンジョン?」


 キョトンと首を傾げるデルタ。

 これにはさすがの時杉も少し声が大きくなってしまった。


「そっから!? この先にあるダンジョンやつですよ! 二人で入ったばっかでしょ! ……まあ残念ながら負けちゃいましたけど」

「負けた……」

「せっかく最下層まで行けたんですけどね。まあほとんど全部デルタさんのおかげでしたけど。というかすいません。ラストのボスも俺がもうちょい役に立ててたならきっと……」

「ちょちょちょ! ちょい待って!」

「はい?」

「いやさ、いろいろ気になるポイントしかないけど、とりあえずこれだけ確認させてもらっていいかな!?」

「? なんでしょう?」


 残念がる時杉の言葉を、デルタが慌てて止める。

 一方、今度は時杉が首を捻る。


「アタシたち――」


 そしてついに、デルタは衝撃のひと言を放った。




……だよね?」

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