第6話 ボス戦……そして初めての

 ☆――東京都北区第9ダンジョン:最終第10階層――☆



 曲がりくねった通路と小部屋の連続だったこれまでと打って変わって、最下層は一つの大部屋と呼ぶべき空間だった。


 障害物のない殺風景なドーム状の広い空洞。

 まるで何者かに「どうぞ思う存分暴れてください」と忖度しているかのような造り。


 その中心に、はいた。


「GRRRRRR……!!!」


 低く重い唸り声を上げる、鎧を纏った二足歩行の白い虎。


 身長は3メートルほどあるだろうか。腕も足もその分丸太のように太い。

 真っ赤に血走った瞳は、まるでおのが領域に踏み込んだ不届き者を射殺そうかという鋭さ。


 そして何と言っても特徴的だったのは、右手に持った獲物。

 身の丈と同じほどの長さを誇る戦斧せんぷ


(あれが、このダンジョンのボス……!)


 その圧倒的なまでの迫力に、時杉は背筋が凍った。


「大丈夫? トッキー?」

「……え? あ、はいっ」


 ボスから視線を外さずに問いかけたデルタに、時杉がハッとしながら返事をする。


 ――と。


「GAAAAAAAッ!!!」

「ッ!?」


 咆哮。


 ビリビリと震える空気に、時杉の心臓がドクンと跳ね上がる。


「あ……」


(そうだ、レベルを計らないと……)


 威圧感に耐え兼ね、恐怖から逃げるようにスマホに手を掛ける。


 思えば……それが最初のだった。


 個体としての基本情報がなければレベルチェッカーは作動しない。

 ボスは各ダンジョンで千差万別。この世に同一種が存在しないのだから、ここが《未攻略ダンジョン》である時点でボスの測定は不可能。


 そんな当たり前のことも忘れてしまうほど、時杉は浮足立っていたのだ。


「来るよ! けて!」

「!」


 デルタの声が耳に届く。

 だが、時杉は反応できなかった。


 カメラに映るボスがグンと両脚を曲げ、一気に飛び上がる。

 その高さはあっという間に天井に届きそうなほどへ。


「え……」


 常識外れの動き。

 加えてレンズ越しだったことが、余計に現実感のなさを加速させた。


 時杉が顔を上げたときには、すでにボスの足の裏が眼前に迫っていた。


 踏み潰される――。

 身体が直感した。


 助かったのはデルタのおかげだった。


「くっ……!」


 反応できていないと見るや、時杉を横から突き飛ばすデルタ。

 その直後、二人がいた地点にボスが着地する。


 ドガンッッ――!!!!!


 落下の勢いを利用した戦斧の振り下ろしの一撃。


「うわっ……!!」


 砕かれた床と地面の揺れで大きくバランスを崩す時杉。

 その拍子に持っていた袋が手から離れ、魔石が散乱する。


 だが、かろうじて避けることはできた。

 あと一瞬でも遅れていたら、きっとこの時点で《強制退場リタイア》だったであろう。


 しかしながら、決して無事というわけでもなかった。


「すいません、デルタさ――……ッ!?」


 起き上がった時杉の目に飛び込んできたのは、額と前髪を真っ赤に染めたデルタだった。


「デルタさん、それ……!?」

「……だいじょーぶ。掠っただけだから」


 強がりなのは明白だった。

 砕けた床の破片の直撃。それによりできた額の傷からは、尚もダラダラと血が流れている。


「それよりキミこそ立てる? 次、来るよ!!」

「GAUッ!!」


 デルタが叫ぶや否や、ボスが戦斧を振り回す。


「うわぁぁ!」


 迫力と風圧で時杉が尻もちをつく時杉。

 目の前を斧の図太い刃が通り抜ける。


(し、死ぬ……!!!)


 逃げなければならない。それは解っている。

 だが、完全に腰が抜けてしまった。


 無防備な姿を晒す時杉に、ボスがさらに切り返しの追撃を放とうとする。

 重たいはずの戦斧が軽々と振り上げられる。


 だが、それを防いだのはまたしてもデルタだった。


「このっ!」

「GA!?」


 斧を持つボスの腕をデルタが横から蹴り飛ばす。

 刃は時杉に触れることなく空を切り、地面を穿うがった。


「キミの相手はアタシ!」


 立ちふさがるようにデルタがボスの前に着地する。


 二度も攻撃を邪魔された怒りか、はたまた単に近い目標に狙いを定めただけか。

 ボスの標的がデルタへと切り替わる。


「GAAAA!!!!」

「……!」


 雄叫びを上げながら戦斧を振り上げるボス。

 腰を落とし、おもむろに刀の柄に手を掛けるデルタ。


 そのまま二人だけの戦闘が始まった。


「GUU……!」

「……ッ!」


 実力は拮抗していた。


 荒々しく戦斧を振り回すボスに対し、デルタは刀でまともに受け止めるのは分が悪いと判断したのか、巧みにいなすことで対応していた。

 迫りくる斧の刃を見切り、刀に触れるや角度を変えて軌道を逸らす。これほどの高速の中でそれを行うのはまさに神業と言えよう。


 このまましばらくは決着がつかないかもしれない。

 そう思わせるほどの攻防だった。


 ……もしも、この場にいたのがデルタであれば。


っ……!」


 徐々にデルタが押され始める。

 受け流しの精度が落ち、ボスの攻撃が肌を掠める。


 本来であれば距離を取って立て直しを図りたいところ。

 だが、それはできなかった。


(デルタさん……)


 背後にいる時杉の存在。

 自分が退けば今度はまた標的が戻って時杉が狙われてしまうという懸念が、デルタの行動を制限していた。


(くそっ、俺のせいでデルタさんが……!)


 無論、時杉自身足を引っ張っている状況は理解している。


 さっきからタイミングを見計らってボスの脇をすり抜けようと試みている。

 しかし、かといって下手に動けば逆に戦斧の餌食になりかねない。


 結果、時杉はデルタの背後にくぎ付けにされてしまっていた。


「うっ……!」


 反撃しようとボスの懐に潜り込もうとしたデルタの脚がふらつく。


 最初の一撃で受けた傷の影響。

 流れ続ける血が感覚を鈍らせるだけでなく、意識さえ刈り取ろうとしてくる。


 さらに劣勢が深まる。


(マズいっ……どうする? どうするっ……!?)


 このままでは自分を庇ったままデルタが負けてしまう。

 焦るように必死に思考を巡らせた時杉が決断する。


(こうなったら、一か八かでも飛び出して……!)


 そのときだった。


「!?」


 おもむろに戦斧を水平に構えたボスが、こちらに背中を晒すように身をよじった。


 チャンスだ――!!!


 瞬間、時杉はそう思った。


 恐らくボスの動きは力を溜めた上での大技、その呼び動作であろう。

 だがそれと同時に、背を向けているということは大きな隙でもある。


(ここだ! ここしかないっ!)


 立ち上がる時杉。

 そのまま壁際に沿って全力で駆け出す。


「トッキー!?」

「今のうちに距離を取ります! 俺のことは構わずデルタさんは――」



 ――その決断こそ、まさしく今夜彼が犯した最大のミス。



「GYAOOOOO!!!!!!!」


 これまでで一番の咆哮。

 直後、繰り出される必殺の一撃。


「え……?」


 振り抜かれた戦斧から生まれたのは、空気を極限まで圧縮したような飛ぶ斬撃。

 放たれた真空の刃は、瞬く間にのようにフロア全体へ広がってゆき――。


「あ――――」


 時杉の五感が感じ取ったもの。


 それは必死の形相で自分を庇おうとするデルタの姿と……。




 ――――ドシュッ。


 己の胸元から聞こえた、不快な切断音だった。








 



 🌀



「……あれ?」


 そして、気づけば彼はまた自販機の前に立っていた。




//////////////////////


というわけでこんな感じの作品です!

まだ序盤ですが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!!


そしてここから彼の運命は……。


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