第5話 《未攻略》……?いやいやそんな馬鹿な……
☆――東京都北区第13ダンジョン:第9階層――☆
「なんかすごいことになっちゃったね」
「そうですね……」
(エコバッグ持っててよかった……)
パンパンに膨らんだ袋を見つめる。
今や
(こんなにもらっていいんだろうか……俺なんにもしてないのに)
これだけあればいったいいくらに換金できるだろう?
そんな浮ついた思考が脳みそを占める。
(それにしても……)
攻略開始からここまでの道のりを思い出す時杉。
デルタの実力はやはり圧倒的だった。
決してこのダンジョンの難易度が低いわけではない。
むしろかなり高い方。少なくとも時杉一人であれば絶対に攻略は不可能だった。
最初の1、2階層こそ
けれど、デルタはそれらすべてをバッタバッタとなぎ倒していった。
どんな相手だろうと、刀を抜けばもう終わっていた。
まさに鬼神のごとき強さだった。
「むしろ
「ん? なんか言った?」
「いえ、なんでもないっす」
そんなこんなで、時杉は完全に荷物持ちと化していた。
「たぶん、この下が
階段を見下ろしながらデルタが呟く。
現在二人がいるのは第9階層。
一般的に、最下層へと続く階段は造りが豪華だ。
このダンジョンも例に漏れずそうだった。
どこかの王宮にでもありそうな、金の装飾があしらわれている。
セオリー通りなら、この下にはダンジョンの
つまり、そいつを倒せば
「うわ、もう1時半か」
スマホを見て時杉が驚く。
時刻は1時35分。いつの間にかGWが終わっていた。
いくらペースが早いと言っても、どうやらそれなりに時間は経過していたようだ。
「そういえばデルタさん。ここのボスのステータスってどうでした?」
「ん? 知らないけど」
「えぇ……」
もう何度目かわからない驚きと呆れ。
(この人、ただ「ぶった切ればいいんでしょ?」とか思ってそうだな……)
実力はものすごいのに、デルタの無知っぷりは相変わらずだった。
普通はボスの戦闘スタイルなどに応じて装備を整えるなど、なにかしら対策を練って来るものだ。
「仕方ない……。ちょっと待っててください。今調べますんで」
そう言って、そのままスマホを操作しだす時杉。
その手元をデルタが横から覗き込む。
「マジで? わかんの?」
「そりゃまあ。探せば攻略動画とかYouTubeにアップされてますし。それか少なくともダンマス見れば、外見の特徴やらどんな攻撃してくるやら載ってるはずですよ」
「……だんます?」
「え……もしかしてデルタさん、ダンマスも知りません……?」
「うん」
(マジかこの人……!)
《ダンジョンマスター》。略してダンマス。
政府公認のダンジョン攻略に関する総合支援アプリで、ダンジョンに関する様々な情報やお役立ち機能が提供されている。
あえてインストールするまでもなく、スマホを買えば勝手に最初からインストールされているくらい国民的なアプリだ。
レベルチェッカーに乗っているモンスター情報の一部もここから引用していたりする。
「ほえ~。便利な世の中になったもんだね~」
「むしろ知らない方が驚きですよ……」
ちなみに今年でリリース20周年である。
「あ、でもたぶんここのボスの情報はないんじゃないかな?」
「? なんでです?」
「だってこのダンジョン、誰も攻略したことないはずだし」
「ああ、なるほど………………え?」
なんとはなしにデルタが言ったひとこと。
だが、時杉はギョッとした。
「ちょっ、今なんて言いました!? 攻略したことがないっ!? 誰もっ!?!?」
「うん、そうだよ」
「なっ……!?」
信じられない……。
当たり前のように頷くデルタに、時杉は心底戦慄した。
慌ててスマホを操作する。
開いたのはダンマスに備わる機能の一つであるマップ。
「うわ、マジだ……」
時杉の顔が引きつる。
自分の現在地がダンジョンを示す洞窟のようなアイコンに重なっている。
そして、その色はまさしく《未攻略》を示す“赤”だった。
当然、ボス情報の項目も詳細不明を示す“NO DATA”。
「……うへへ」
「うわっ! びっくりした!」
「終わった……なにもかも……」
不気味な笑いを浮かべる時杉に、今度はデルタがギョッとする。
時杉の口からは今にも魂が飛び出しかけていた。
ダンジョンには大きく分けて二種類ある。
《
意味としてはそのまんま。
文字通り誰かが一度でも攻略したか、まだ誰も攻略したことがないかの違いでしかない。
しかし、そこには天と地ほどの差がある。
通常、ダンジョンにおいては体力が尽きたり深い傷を負ったりして進行不能状態となると、所持品をすべて
「あ、知ってるよ。《
「よかった、それはさすがに知ってるんですね……」
「不思議だよねぇ。いつの間にか地上に放り出されてるなんてさ。ある意味
(呑気か……)
アハハと笑うデルタに、時杉が心中でツッコむ。
が、《未攻略ダンジョン》においては、そこにさらにあるペナルティが加えられる。
そして、それこそが全攻略者にとって大問題。
「ズバリ――ダンジョンへの挑戦権の喪失です」
時杉が言った。
それはダンジョンの意思――あるいは神とでも呼ぶべきか。
仮に入り口を通ろうとしても、見えない壁に阻まれて中に入れなくなってしまうのだ――しかも未来永劫、全世界のダンジョンにおいて。
ダンジョン攻略が義務教育になるほど生活に根差した社会において、それはその後の人生を左右するほど重大なマイナスである。
進学の推薦は取り消し、就職の履歴書に書いていれば即
場合によっては、絶望して自ら命を絶つ者までいるとかいないとか……。
「すいません、ちょっと胃と腸と肝臓が痛いので帰ります」
「ちょいちょい!」
逃げようとした時杉の肩を、デルタがガッと掴む。
「やめてくださいっ! 離してくださいっ!」
「ここまで来てなに言うのさ! それに、どうせクリアするまで出られないんだから帰るなんて無理でしょ!」
「う……」
ジタバタ暴れていた時杉の動きがピタリと止まる。
「さ、というわけで諦めて腹をくくろう。ダンジョン攻略に一番必要なのは度胸。違う?」
「聞いたことないんですが……」
「アタシも初めて言った」
「…………」
(この人……)
しかし、デルタの言うこともあながち間違いではなかった。
一度足を踏み入れたダンジョンから出るには、《
自分の意思で脱出などできない。
そして未攻略ダンジョンにおいて、《
ならば、進むしかない。
「ま、大丈夫だって。要は失敗しなきゃいいんでしょ? ボスだろうとなんだろうと、アタシが絶対倒してあげるから」
「……失敗したら恨みますよ?」
「まかせんしゃい!」
デルタがドーンと小さくない胸を張る。
もしかしたら健全な男子高校生なら興奮すべき場面だったかもしれない。
だが生憎、今の時杉にそんな心の余裕はなかった。
「……」
チラリと最下層へ続く階段に視線を落とす。
(もしや俺の人生……ここで終わるんか……?)
それはまさしく、深淵なる奈落の底から悪魔が手招きしているように見えた。
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