第4話 ダンジョンでは背後と上下左右、あと正面に気をつけろ

 東京都の北区にある《飛鳥山あすかやま公園》。

 園内に無料のモノレールが走っているという珍しい公園である。


 明治6年(1873年)に上野・芝・浅草・深川ふかがわとともに日本最初の公園に指定された。

 つまり、日本最初の公園のひとつ。


 《東京都北区第13じゅうさんダンジョン》


 看板にはそう書かれていた。

 ダンジョンは基本的に自治体単位で番号付けナンバリングされている。


 入り口は展示されていたお城をモチーフとした遊具だった。


 かつては多くの子どもたちの遊び場だった場所。

 今や近づくとダンジョンに引きずり込まれてしまうため、『これより先ダンジョン。近寄るな』の注意書きとともにテープで封鎖されている。


「さて、準備はオッケー?」

「できてないって言えば帰っていいんですかね?」

「よし、行くよ」

「…………」


(もうどうにでもなれ)


 そうして、時杉ときすぎとデルタの二人はダンジョンへと足を踏み入れた。





 ☆――東京都北区第13ダンジョン:第いち階層――☆



「うわぁ、いかにもって感じだね」

「どうやら古典クラシックタイプみたいですね」


 ダンジョンには構造や雰囲気、属性から様々な種類がある。


 デコボコした地面。剥き出しの地層。

 奥からコウモリでも飛んできそうな雰囲気。


 この北区第13ダンジョンは、まさしく古くからゲームなどで伝わるダンジョンのイメージそのものだった。


「ところで、訊いてもいいですか?」

「なぁに?」


 背後から声を掛けた時杉に、デルタが振り返らずに答える。

 ダンジョン内は小部屋が連続しているような構造なので横並びでも問題ないほどの広さがあるが、実力に自信のない時杉は自然に後ろを歩いていた。


 ちなみにダンジョンの中は基本的に明かりが要らない。

 壁や床、天井自体が淡く発光しているため、歩く分には問題ないほどの光量がある。


「もしあそこで俺に会ってなかったら、一人で攻略するつもりだったんですか?」

「うん。そうだよ」

「そうだよって……。さすがに無茶すぎませんか……?」

「え、そう?」

「そうですよ。ダンジョン攻略はチームで役割分担しながら進むのが基本。むしろそこが一番重要なんですから。単独ソロで挑戦とか、一人で海にダイビングに行くようなもんですからね。普通は誰もやりませんよ」


 ダンジョンにおいては、最低でも二人以上で挑むのが基本だ。


 前衛と後衛。

 近接と遠距離。

 攻撃アタッカータンク回復ヒーラー斥候レンジャーなどなど。


 いろいろ呼び名はあれど、二人組バディ、もしくは三人以上チームを組み、役割分担をしてお互いの得意不得意を補いながら攻略を進めていく。


 というのも、スキルの多くは一芸特化。

 一人でなんでもこなせるスキルはそうそうないからだ。


 そうでなくとも、前後左右、それに上下。いつどんな危機が迫るか予測不能なのがダンジョンという場所。


 単独で挑むのはあまりに危険。無謀とも言える。


「ま、でもそういう人もいるにはいるじゃん?」

「たしかに、いるはいるでしょうけど……」


 そんな人は一握り。

 いたとしても、よっぽどの無知か危険リスク中毒者ジャンキーだろう。


 あるいは、それが許されるだけの正真正銘の特別スペシャルか。


「一応もう一回言っときますけど、俺をアテにしてもらっても無駄ですよ」

「わ~かってますって」


(本当かなあ……?)


 不安を覚えながら時杉がデルタの後ろ姿を見つめる。



 ――と、そんなときだった。



「あ」

「ん?」


 先に気づいたデルタに続き、時杉も立ち止まる。


 地面が盛り上がってできた岩山。

 その陰に佇む、人ならざる生物モノの影。


「あれは……小鬼ゴブリン?」

「へぇ、アレが」


 小鬼ゴブリン

 様々な性質のダンジョンに広く棲息する低級モンスターの代表格。


 子どもほどの体躯。ややとんがった耳をした醜悪な顔面。

 大抵の場合、手に何かしらの武器を持っていることが多い。

 今現れた個体は右手に棍棒を握っていた。


「まだこっちに気づいてないみたいだね。今のうちに――」

「ちょっと待ってください」


 前へ出ようとしたデルタを、時杉が小声で引き留める。

 気づかれていないのならば、用心に越したことはない。


 ポケットからスマホを取り出した時杉が、レンズを正面に向ける。

 そのまま無音に設定されたカメラで小鬼をパシャリ。


 画面に出たのは、『Lv.3』という文字列。


「なにしてんの?」

「レベルチェックです。念のため。同じモンスターでも強さが違ったりしますから。まあゴブリン程度ならあんまり差がないんで、やらなくてもよかったかもでしたけど。案の定3でしたし」

「へぇ~。そんなんできるんだ。めっちゃ便利じゃん」

「え。もしかしてデルタさん、《レベルチェッカー》知らない?」

「れべるちぇっかー?」


 レベルチェッカーとは、撮影するとモンスターの実力を即座に測定してレベルとして表示してくれるアプリである。

 強さだけでなくモンスターの生態などの各種情報も確認できるため、ダンジョン攻略に赴く上でインストールしていない者はいないほどの必須ツールだ。


「なるほど。知らんかった」

「マジっすか……」


(大丈夫かなこの人……これでよく一人でダンジョンに行こうと思ったな。さっきからずっと外国人観光客かって感じだし。てゆーかちゃんと義務教育受けてるんだろうか……?)


 若干の心配を覚えながら、時杉は気を取り直して腰の後ろに装着マウントしていたナイフを抜き取る。

 学校から全生徒に支給される、ダンジョンでの護身用携帯武器だ。


(ただの散歩のつもりだったからナイフこれしかないけど、ないよりはマシか……。むしろちゃんと持ってきててよかった)


 自分の用心深さを自賛しつつ、戦闘態勢を取る時杉。


(さて、じゃあどう倒すかだけど……)


 隣に並ぶデルタをチラッと窺う。


 一人で来るくらいだから実力に自信はあるのだろうが、実際のところは知らない。

 ここはやはり慎重に協力して対処するべきだろう。


 時杉はそう判断した。


「どうします? 気づいてないなら二人で挟む感じでそっと近寄るのが無難――」

「じゃ、いってきまーす」

「え」


 止める間もなかった。

 すぐ真横にいたはずなのに、デルタは風が吹いたように消えていた。


(ちょっ、いきなり……! つーかはやっ……!?)


 目にもとまらぬ速さでデルタが駆ける。

 そして瞬く間に小鬼ゴブリンとの間合いを詰めると、そのまま腰に差した刀のつかに手を掛け――。


「――【蒼天そうてん神楽かぐら】」


 キンッ――という金属音がダンジョンに鳴り響いた。


「GYA――!?」

「なっ……!?」


 一閃。


 見えたのは太刀筋の残像だけ。

 それはまるで、青白く輝く小さな三日月のよう。


 断末魔を上げることすら叶わず、小鬼ゴブリンの首は宙を舞っていた。


「はい、一丁上がり」


 デルタが刀を鞘に納める。


 それと同時、肉塊となった小鬼ゴブリンがシュワシュワと光の泡となって溶けるように消えていく。

 後にのこったのは、キラキラと輝く赤い小石だった。


「おぉ~、これが《魔石ませき》かあ。キレイだね~」


 小石を拾い上げたデルタが感嘆する。

 指でつまみつつ、いろんな角度からしげしげと眺める。


「加工品なら見たことあるけど、何気にシミュレーションばっかだったから原石を見るのは初めてかも。へぇ~、こんな感じなんだ~」


《魔石》とは、ダンジョン内にのみ存在する特殊な鉱物である。


 モンスターを倒したり、壁を掘り起こしたりすることで入手でき、見た目の美しさから宝石のように加工されたり、もしくはその性質に合わせて日々の生活に活用されたりしている。

 ちなみにダンジョン内に一定の明るさがあるのも、この魔石と同じ成分が壁や床に含まれているからとされている。


 だが、デルタが手に入れた戦利品に興味津々な一方、時杉は呆然としていた。


(マジかよ、一瞬って……。スキル……だよな? アレがデルタさんの……。身体能力向上? 瞬間移動? それとも斬撃自体の強化系? 分かんねぇ。分かんねぇけど……)


 一目見ただけでは、どんなスキルなのか判別はできなかった。

 けれどこれだけは言えた。


(カッケェ……)


 とにもかくにも凄まじかった。

 一連の動作の速さと美しさに、時杉は脳裏に焼き付いた残像を思い出しながら感動してしまった。


(……いいなあ。あんなのが俺にも使えたらもっと……)


 と、時杉がそんな風に羨ましそうに眺めていると……。


「うおっ……とっと!」


 突然ひょいと飛んできた魔石をかろうじてキャッチする。

 いきなりのことに「え?」と顔を上げると、デルタが振り返っていた。


魔石それ、キミにあげる」

「え……いいんですか?」

「うん。べつにアタシが持っててもしょうがないし」

「しょうがない? でもこれ、売ったらかねになりますよ」

「いーよいーよ。さっきのジュースのお礼ってことで」

「ああ……じゃあその、ありがとうございます」


 そういうことなら、と時杉はポケットに魔石を収めた。


「さ、どんどん次行ってみよー」

「あ、ちょ、待ってくださいよ」


 時杉の想像を何倍も上回るデルタの戦闘力。

 ある意味で嬉しい誤算。


 ゆえに、つい気が緩んでそう考えてしまうのも無理ない話だったかもしれない。


(ひょっとすると、案外サクッと終わって帰れるかもしんない……のか?)


 どこか呑気とも取れる考えが時杉の頭に浮かぶ。





 結論から言うと、それは誤りだった。

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