第3話 なんてキレイな星空……そうだ、ダンジョンへ行こう

「ところでキミ、名前は?」


 歩き出してすぐ、ふと思い出したように金髪の少女が尋ねた。


「え? あ……っと、時杉ときすぎです。時杉蛍介けいすけ

「へぇ~。漢字は?」

「時間の《とき》に、普通に木の《すぎ》で。下は《けい》がホタルで、《すけ》はまあなんかよくあるアレです」


 時杉が指でススッと示す。


「ホタルか……。なんかイイね」

「そうですかね……? 自分じゃあんま思わないですけど……」

「え~、そう? なにゆえ?」

「なんかその、ちょっとショボいじゃないですか。ほたるの光って。どんだけ光ってもそんなもんか……っていうか」


 ――お前の才能もこの光みたいに小さいものだよ。


 まるでそんな風に誰かに言われているみたいで、時杉本人はあまりこの名前が好きではない。


 もちろん両親がそんな想いで名付けたわけでないことは理解している。

 けれど、自分自身の現状が勝手にそう思わせる。


「そうかなぁ? いいじゃん、かわいらしくて。アタシは好きだよ」

「!」


 思わず立ち止まってしまった。

 こんな風に誰かに名前を褒められたのは初めてだった。


「かわいいって……男としては喜びづらいんですけど」

「アハハ。それもそっか」


 誤魔化すようにそっぽを向いた時杉に、少女が申し訳なさそうに笑う。


「アタシは《デルタ》。よろしくね」

「デルタ……?」

「うん」

「……漢字は?」

「漢字じゃないよ。ギリシャ文字だから。ほら、あの三角みたいなマーク」


 これ、と少女は空中に《Δ》と描いた。


「え~っと……一応確認しますけど、本名……ですよね?」

「そうだよ」


(いやゼッテーウソ……!!!)


 どう考えても偽名だった。

 いくらキラキラネーム全盛ぜんせいとはいえさすがにそれはないだろう。よしんば外国人だとしても聞いたことがない。

 そもそもギリシャ文字の名前など役所で認められるのだろうか。


(……まあいいや。名乗りたくないなら無理に詮索せんさくしてもだしな……)


 時杉は気を取り直して話を戻した。


「それで、手伝うってなにを手伝えばいいんですか?」

「そりゃあもう、ダンジョンに行くんだから攻略でしょ。この先にちょっと深めのがあるんだってさ」

「この先?」

「うん。公園の奥。だからちょっと腕試しにちょうど良さそうだなって」


 デルタが前方に向かって指を差す。

 電灯はあるが、暗くて先は見えない。


(ああ、やっぱり……)


 適当に「へぇ~」とうなずきつつ、時杉は若干ゲンナリした。


 ――ダンジョン。


 デルタはハッキリとそう言った。

 正直聞き間違いであってほしかった。


「キミ、学生だよね? だったら授業でもちょいちょいでしょ? いっしょに行こーよ」

「い、今からですか……?」

「ダメ? もしかしてもう帰るとこだった?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……」


 そもそも時杉がここにいるのは現実逃避が理由だ。

 いつ帰るかすら決めていない。


 ちなみに「もぐる」というのは、ダンジョンへ挑戦することの隠語である。

 ダンジョンが地下に伸びることから生まれた。


「ならいいじゃん。ついでついで。せっかくいい天気だし、もぐりゃな損だよ」

「いい天気ならむしろ星でも眺めてればいいんじゃ……」


 なぜわざわざ進んで空も見えない穴ぐらに向かおうとするのか。

 だが、少女は「チッチッチッ」と人差し指を左右に振った。


「だからこそでしょ。せっかくダンジョンに潜って気分よく出てきたのに、外がジメジメしてたら台無しでしょ?」

「はぁ……」


 わかるようで全然わからない。


「てか、なんでそんなに嫌がるのさ~。こんなかわいい子といっしょに深夜のダンジョンデートだよ? もっと喜ぶべき案件では?」

「自分で言うんですか……」


(たしかにかわいいのは認めるけども……)


「というか、どういうつもりで誘ってくれてるのか知らないですけど、俺を少しでも役に立つと思って誘ったならオススメしないですよ?」

「どゆこと?」

「それは……」


(くっ、自分で振っといてなんだけど言いたくねぇ。でも言わないと帰してくれなそうだし……)


 さりげなく忠告したつもりが、きょとんと返されてしまい言葉に詰まる時杉。


(……仕方ない。どうせ金輪際こんりんざい会うこともないんだ。旅の恥はき捨て的なノリと思うしか……いやでも、露骨にガッカリされたらやっぱキツイし……)


 心の中で渦巻く葛藤かっとう

 思えば、この件を他人に話すときはいつも同じように迷っている。


(あ~くそっ! でも言うしかねぇ!)


 時杉は半ばヤケクソ気味に口を開いた。


「……んすよ、俺」

「なにが?」


 デルタが再びきょとんとする。


「……スキルです」

「まじ?」


 世にも奇妙なものを見るような顔のデルタ。

 時杉は少し胸が痛んだ。


(あーあ、だから言いたくなかったのに……)


 分かっていた。


 みんなそうだ。俺にスキルがないと知るや否や、未確認生命体を発見したみたいな目で見てくる。

 そして、その後の対応はほぼ2パターン。


 侮蔑か嘲笑。


 仕方のないことだ。

 高校生にもなって九九くくができないヤツがいたら誰だって笑うかドン引きするだろう。

 それぐらい、スキルがないというのは異端なのだ。


「アッハッハ! な~んだ心配して損した」

「………………え」


 しかし、デルタは笑った。

 さげすみもあざけりもなく、快活に。


「渋ってたのってそれが理由? いいよいいよ別に。アタシそーゆーの気にしないし。なんかもっとヤバいトラウマでもあるのかと思って身構えちゃったよ」

「いや……え? い、いいんですか? 俺スキルないんですよ……?」

「だから問題ないって。他にないなら行こ。ほらほら早く」


 デルタが時杉の手を取る。


「ちょっ――」


 久方ぶりに触れた女の子の手。

 たぶん小学校の学校行事のフォークダンス以来じゃなかろうか。


「フフッ。なんかワクワクしてきたね、


(トッキー……?)


 有無を言わさず引っ張って先へと進んでいくデルタ。


 だが、不思議と時杉に抵抗する気は起きなかった。


(……まあ、いいか。断ってもどうせダメそうだしな)


 そう心の中で呟いた時杉の口元は、微かに緩んでいた。

 思えば《なし》以外のあだ名で呼ばれたことなんてこれが初めてだった。

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