第2話 お姉さん、それ僕のジュースですよ?

 ふと我に返ると、時杉ときすぎ蛍介けいすけは公園にある自販機の前に立っていた。


 スマホの時計を見る。時刻は23時10分。

 一般的には高校2年生が出歩いていい時間ではない。


 しかし、彼にはこうして外に出る理由があった。


「ああ、学校行きたくねぇ……」


 現実逃避。


 今日は5月6日。すなわちGWの最終日。


 明日からまた学校が始まる。

 そう考えると憂鬱で仕方なかった。


 なぜなら、休み明けには実力テストがある。


「テストなんて期末だけでいいだろ……。わざわざGW明けにまでやるなよ……。なぜ世の中はそんなに優劣をつけたがるんだ……」


 時杉の成績は学年のちょうど平均ほど。

 差し当たり絶望するほどではない。


 たった一つの教科を除いては。


「《ダンジョン》なんて全部滅んでしまえばいい……」


 そう、《ダンジョン攻略》。

 この教科においてのみ、時杉は学年のぶっちぎり最下位だった。


「ふざけんなよ。なにが《スキルなし》だよ……」


 忌々しげに己のあだ名を口にする。


 高2でスキルが目覚めていない人間なんてこの世にどれほどいるだろう。

 それほど希少な存在である。もちろん悪い意味で。


「あ~あ、もういっそ今この時間をできないかな……。そんで一生ロードしまくって『永遠にGWだぜヒャッホー』って言いながら時空を彷徨さまよい続ける感じになればいいのに……。そしたら二度とテストなんてやらなくて済む……」


 あり得もしない妄言を呟きつつ、自販機にスマホをタッチする。


 電子マネーの残額は740円。

 奇しくも740なしおと読めた。ぶん殴ってやろうかと思った。


 猛る心を落ち着けながら、どれにしようかとボタンを選ぶ。

 だが、考えてしまうのはやはり学校生活のこと。


 ノースキルの肩身は狭い。


 その狭さは昨今の喫煙者をも余裕で凌ぐ。彼らにはスモーキングエリアが設置されているが、ノースキルにそんな憩いの場はない。

 毎日が朝8時台の満員電車のような息苦しさである。


 学校という限られた社会においてはさらにひどい。

 街中を歩いていても誰がどんなスキルを持っているかなどそう簡単に分かるものではないが、学校は違う。


 すごいスキルを持っていればすぐに噂になるし、バディやチームを組もうと勧誘されるだろう。

 最近はSNSもあるから、同じスキル同士でグループを作って情報共有とかもザラだ。


 逆に言えば、スキルなしの無能なんて即仲間外れハブである。

 どれだけ顔が良かろうが、性格が良かろうが、その情報一つで「あ、キミ。もう誰かとチーム組んで――」「やめなよ、たしかあの人……」「あ、そっか。ごめん、今の忘れて!」……状態である。


 生まれながらの落伍者らくごしゃ

 人生のが約束された男。


 それがスキルなし男――もとい時杉啓介という人間である。


(あ~あ、マジでどうしよ……。ワンチャン実力テストの日にインフルエンザとかならないかな……。でもそうなったらそうなったで、「アイツ日和ひよって逃げやがったw」とかたぶん言われるんだろうなぁ……)


 あと1時間足らずでGWも終わり、現実が押し寄せてくる。


 いよいよ年貢の納め時か。そう思った。




 ――そのときだった。




「買わないの? じゃあアタシがもらってあげる」


 ピッ――ガコンッ。


「……………………え?」


 何者かが横からボタンを押し、落ちてきたジュースを自販機から取り出す。


「ゴクッ……ゴクッ……プハッ。おいし~」


 そこにいたのは、ブロンドヘアーの美少女だった。


 髪型は肩にかかる程度のミディアムボブで、右側にだけ四つ葉のクローバーの髪留めが付いている。

 日本人離れした青い瞳は、薄暗い夜道でもはっきりと分かるほど澄んでいた。

 身長は恐らく160cmちょい。170ある時杉より目線が一段低いくらいだ。女子にしては高い方じゃなかろうか。年齢も同学年くらいのように見える。

 全身を白い制服に包んでおり、スカートの丈はやや短め。


 そしてそんな彼女の左腰には、瞳と同じ色をした青い刀が差されていた。


(が、外国人……? いやちょっと違うような。ハーフ……とか? てか知らない制服だな。どこの学校のだ……?)


 突如現れた謎の美少女に時杉が困惑する。


 別に刀自体は珍しくない。

 ダンジョン攻略に武器は付き物。銃刀法違反の対象にもならない。


 問題は……。


「いやぁ、やっぱりメロンソーダが一番だよね。キミもそう思うでしょ?」

「え? ああ、まぁ……って、ちょっと待ってください! それ俺のカネでは!? なにしてんすかっ!?」

「え。だってさっきから後ろで待ってたのに地蔵みたいに固まってるから買わないのかなって」

「ああ、それはどうもすいません……――いやいや! だとしてもせめて他人ひとのカネで買わないで声とか掛けてくださいよっ!」

「まあまあ。じゃあさ、一口あげるよ」

「なっ!?!?!?」


 ふいに差し出されたペットボトルにドキッとする。


 飲み口を見つめる。

 そこはつい数秒前まで少女の唇が触れていた場所。


「どうしたの? 飲まないの?」

「いや、その……」

「あ、もしかしてメロンソーダ嫌いだった?」

「いえ、好きですけど……」

「じゃあほら」


 少女がさらにズイッと差し出す。


「…………」


 数秒、数十秒、数分。

 もっと掛かったようにも、もっと短かったようにも思える。

 時杉は葛藤した。


(い、いいのか? だってこれって……いやでも、元は俺のカネだし飲む権利は当然あるわけで。でもそういうことでもないような……)


 悩んだ挙句、時杉はペットボトルを受け取るとグイッと傾けた。


「どう?」

「……オイシイです」

「だよね~」


 正直味など分からなかったが、これまで飲んだ液体の中で一番美味しかった気がした。


 一方の少女は再びペットボトルを受け取ると、躊躇うこともなく口をつけ、そのまま残った分をすべて飲み干した。

 一瞬時杉が「あ」と反応するがお構いなし。


「んっ……んっ……プハァー。ごちそーさま」


(こ、これが陽キャか……)


 ドキドキが収まらない。

 ただ現実から逃れたくてなんとなく散歩に出ただけだったのに、とんでもない経験をしてしまった。


 少女が空になったペットボトルを自販機の横にあったゴミ箱に突っ込む。

 そして、おもむろに公園の中へと歩き出す。


「さ、それじゃ行こっか」

「は?」


 どこに?

 思わず尋ねた時杉に、振り返った少女はニコッと笑いながら答えた。


「そんなの、に決まってるじゃん」

「え……」


 ふいに、夜風が二人の間を吹き抜けた。


「これも何かの縁ってことでさ。せっかくだしキミも手伝ってよ」




 今にして思う。

 ここがすべての分岐点だった――と。

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