6-5 あなたが好き
わたしは何処かよく分らないところにふんわりと浮かんでいた。
ボンヤリとした自分自身に「どうしたのか」と訊ねてみても返事なんて出来る訳がなく、「どうしたんだろうな」と答えにもなっていない返事をするのが精一杯だった。
そもそも納得できる答えを期待していた訳じゃなくって、黙ったままだったらこのままふっと消えてしまいそうだったので、独り言でも呟いてみようかなと思ったダケの話だ。
本当、記憶も思惑も濃い霧の中に溶け込んでいて、自分が何者なのかも分らないのだ。
わたしの名前はなんだったっけ。
わたしは誰だったっけ。
名前どころか自分の性別すら思い出せない。男の子だったような気もするし、女の子だったような気もする。誰かが何時も側に居たような気もするし、ずっと独りぼっちだったような気もしていた。
でも何故だかよく分らないけれど、一人の男の子の顔だけは憶えていた。名前は、名前はなんと言ったろう。憶えていた気はするのに思い出せない。そもそも自分が何者かも判って居ないのに自分以外の名前を憶えている筈もない。
あ、でも待って待って。でも何か思い出しそう。そうだ、卯月という名前には心当たりがある。
えーと、えーと誰だったかな。
きみの名前だった?
そんな気がすると囁く声が有るのと同時に、自分の名前だったような気もすると小首を傾げる声もあった。いったいどっちなんだよ、とわたしは憤慨した。
でも何だかとても眠い。すごく眠い。このまま目を瞑ってしまえば静かな眠りに落ちていけそうな気がした。
その一方で何かとても大事なことを伝えなければならないという気持ちもあった。それだけが強く残っていた。きみの名前も思い出せないけれど、それだけはどうしても口にしなければならないコトなのだ。
その言葉、その言葉は・・・・何だったっけ、何だったっけ。
ああ、そうだ。そうだよ、ソレ。
あなたが好き。
良かった、思い出すことが出来た。伝わったかどうかは判らないけれど、ずっと気がかりだったんだ。
ほっとすると、わたしはゆっくりと目を閉じた。
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