1-5 卯月という名のボク

「平たく言えば繁殖です」


 家に戻りしな彼女はそう宣った。


 目的は、と問うた答えがソレで惑いも躊躇も無かった。身も蓋もないな、と思った。


 もうちょっとオブラートに包んでも良かろうに。仮にもきみは女の子なのだから。それともこの子にそんな感想を抱くボクの方がオカシイのだろうか。そんなボクのげんなり感も余所に、花子は嬉々として話し続けていた。


「わたしはずっと一人だったんですよ。連れ合いというか仲間というか、そういう相手もなくて、この町の路地を空しく行ったり来たりを繰り返すばかり。素敵な出会いが待っていないかしら。そう願いながら暮して来ました。ところが!」


 唐突に「ちゃかちゃ~ん」と軽い音楽が鳴った。見てみれば彼女が触手で懐から取り出したスマホより、軽快なSEサウンド・エフェクトが奏でられている。自分の感情を演出しているつもりらしい。


 余計な小技を、と思った。


「今やこんな素敵なお方がわたしの目の前に。これぞ天がわたしにお与え下さった好機に違いありません。運命の出会いです。素敵です、スペシャルなサプライズです。さあ、わたしと手に手を取り合い、めくるめくシアワセでラブラブな歓びの日々を過ごそうではありませんか・・・・と、いった感じですね」


 花子は「てへ」と照れたように笑った後にまた、ずびぃと洟をかんだ。傍らのゴミ箱にはすでにティッシュがてんこ盛りになっている。


「えーと、要約すればボクと付き合って欲しいと、そういう訳だね」


「そうですぅ」


 頬を染めて上目遣いに見上げる仕草は可愛らしいが、既にそれは触手だのハサミだのが造り上げた擬態だというコトを知っている。

 哀しいことに。


「随分と手の込んだことするね。あ、いや、こうして復活させてくれたのは有り難いんだけどさ、本当に」


 死んだままだったら何も出来やしない。喜んだり驚いたりは勿論、この収まりの付かない感情に頭を痛めるコトもなかったのだし。


「でも何でボクなの」


「え、だって、普通のヒトはみんなわたしの正体知ったら悲鳴上げて倒れるか、恐れ戦くか、走って逃げるか、もしくは警察か猟友会の人呼んで退治しようとするか何れかなので」


「・・・・苦労してんだね。ボクが同じような反応するとは思わなかった?」


「だってわたしは造物主ですし、造り上げたモノへの絶対的な権力を手にしてますから。思うがままですよ、エヘンぷい」


「・・・・」


「あ、ごめんなさい、嘘です冗談です。そうですね、造物主は被造物に反逆されるものですからね。ナマ言ってすみませんでした。怒らないで下さい、お願いします」


 椅子に腰掛けたままペコペコと必死になって頭を下げている。随分と腰の低い造物主である。ボクはちょっとだけ考えて、「無理強いしなければ怒らないよ」と答えた。


 途端、ぱぁと花が綻んだような笑顔になった。そんな表情を見ると見かけよりもずっと幼く見える。人懐っこいニュアンス全開で、じつに屈託の無い微笑みだった。一〇人が一〇人つられて笑いかけてしまいそうな貌だった。アイドルと勘違いする者が居たとしても驚かないだろう。


 でもボクは素直に可愛いとは思えなかった。どんなに自然に見えようと、どれだけ可愛らしい仕草であろうと、その実体は先程のアレなのである。びちびちとのたうち跳ね回るグロテクスな海洋生物の集大成なのである。


 バレたその時点で既に詰んでいるような気がするんだけれども、その辺りは頓着してないんだろうか。それとも考えないようにしているのか。


「あの、ソレでですね、貴文静子さんは行くところがありませんよね。ソコで、ひとつご提案があるのですけれども、その、わたしと一緒に此処で暮しませんか?

 あ、あ、無理にというお話ではありませんよ。他に当てがあるとか『一緒になんてやってられっかー』とかそんな気分というかご都合もあるでしょうし、別のお住まいを探したいとおっしゃるのでしたら、お手伝いとかも致しますです、はい」


 ぱたぱたと手を動かして必死にアピールする様は愛嬌があるな、と思った。まぁ世の中にはカエルだのトカゲだのヘビだのを可愛いと宣う女性も居るらしい。以前インスタで、綺麗な女性が自慢げにペットのヘビを首に巻いている動画を見たときには目を疑った。

 まぁ、自分に決して危害を及ぼさないのなら、そういう余地もあるかもだった。ボクは絶対イヤだけど。


 そもそも今のボクに行く当てなんて無かった。

 仮に此処を出て部屋探しをするにしても家賃だの保証人だのと、世のしがらみから逃れることは出来ないのである。自分を証明する術も無ければお金も無い。社会経験も無ければこれから先の展望すらも無い。無い無い尽くしも良いところだからだ。


「きみがそう言ってくれるなら有り難い話だよ。むしろ渡りに船って感じかな」


 そんな冷静な自分が不思議だった。もしかすると自分でも気付いていない心の何処に、捨て鉢な気分が在るのかも知れない。


 或いは、ただ現実味が無いだけなのかも。


「ほ、ホントに?後でやーめたとか、嘘だよ~んとか言うのはナシですよ。マジにマジですか?やっふ~い!言ってみるもんです。やっぱり人生はチャレンジですよね。直ぐにお部屋の準備をします。しばしお待ち下さい」


「あ、ちょっと待って」


「え、な、何でしょうか。ナニか気にさわることを言ってしまいましたか」


「いや、そうじゃなくてさ。貴文静子って呼び方もどーかなーと思ってさ」


「では、何とお呼びすれば良いでしょう」


「う、うーん・・・・」


 腕組みして考えたのだが今ひとつ思い浮かばなかった。以前の呼び名で呼ばれてもドレも今のボクには違和感があった。じゃあボクは何なのだと、途方に暮れてしまったのである。


「あ、あの、それでしたら僭越ですけれども、仮の名というコトで卯月さんというのはどうでしょう」


「卯月?」


「はい。貴文さんと静子さんが出会ったのが昨年の今頃なのでしょう?なので出会った月日にちなんでみました。ちょうどぴったしっていう名前が思い浮かぶまでの、つなぎというかニックネームというか、そんな感じです」


「卯月、ウヅキ、うづき・・・・うん、悪くないかな」


 俺とわたしが出会った季節の名というのもちょっと洒落ている。むしろその呼ばれ方でずっと通してもいいかなと、妙にストンと腑に落ちるモノがあった。


 こうして卯月と云う名のボクが生まれ、ツングースカ・花子などという得体の知れない少女との同居生活が始まったのである。

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