由衣のオフ日
「さ、寒いよー」
寒さで目が覚めてしまった。
「今何時?」
携帯を開いてみると、時刻は午前六時をさしている。
「休みの日なのに。早く起きちゃった……」
軽い絶望感に襲われる。
休みの日は、いつもより遅く起きるのが、私にとって幸せだった。
携帯の通知音が鳴る。
『由衣、おはよう』
空太くんからのメッセージだった。
「空太くん早起きー」
重力に目が負けて、視界が暗くなった。
「午前八時」
二度寝してしまっていた。
寒くなってくると、布団から離れたくない症候群が発症してしまう。
その症例の一つが、二度寝だ。
「そんなこと、考えないで起きるのよ私」
自分に言い聞かせるように、体を起き上がらせる。
『空太くん。おはよう』
二時間前に、空太くんが送ってくれたメッセージに返信する。
「まずは、顔を洗って行こう」
私は、洗面台に向かった。
顔を洗い、ついでに髪を流した私は、部屋に戻り、携帯を確認してみる。
『おはよう。今日は、華族の予定があって、デートに行けなくてごめんな』
『ううん。大丈夫だよ! 私は、休みを満喫するから!』
今日は、何も予定がないオフ日だった。
「何しようかなー?」
ドライヤーで髪を乾かしながら、今日する予定を考える。
「服も着替えておこう」
いつでも外に出られるように、着替えておく。
「由衣―? ご飯できたわよー」
下の階から、お母さんが呼んでくる声が聞こえた。
「今行くー」
私は、下の階に降りて行く。
「あら? 由衣、今日お出かけ?」
トースターで焼いた食パンを皿に乗せて、私の前に出したママが、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「ううん。お出かけじゃないけど、いつでも外に出られるようにしておこうかなって思って着替えておいたの」
「そうなのね。何も聞いてなかったから、びっくりしたわ」
ママは、笑顔で言った。
「寒くなって来たね」
「そうねー。温かい食べ物が食べたくなるわね」
「私、鍋が食べたい!」
ママの言葉を聞いて、ピンと来た私は、ママに夕飯のリクエストをした。
「わかったわ。今日は、鍋にしましょうか」
「やったー!」
私は、手を上げて喜んだ。
「材料は、あるかしら」
ママは、そう言うと冷蔵庫の中身を確認し始める。
「あら、しらたきとネギがないわ」
しらたきとネギ。鍋の具材で、必要な二つじゃん!
「ママ。私買って来ようか?」
「由衣。いいの?」
「うん! 準備は終わっているから、後は出るだけだよ」
「じゃあ。おつかい頼もうかしら」
「まっかせてー!」
「少し多めに、お金渡すけど、何か美味しそうなやつ見つけたら追加で買っていいわよ」
「わかった!」
私は、ママから千円もらうと財布に入れて、スーパーに出かけた。
「わぁ。いろんな物いっぱいあるー」
去年改装した近所のスーパー。高校生になってから親と出かけることが少なくなって、来ていなかったけど、前より品物の種類が増えた気がする。
「ドラゴンフルーツ?」
赤い果実に、緑色の突起物のあるフルーツを見つけた。
「初めて見るフルーツだ。空太くんに聞いてみよう」
ドラゴンフルーツの写真を撮り、空太に送った。
『空太くん。ドラゴンフルーツって果物見つけたんだけど、食べた事あるー?』
「これで、良しと」
写真を送り終わった後、ママに頼まれたネギとしらたきが置かれている売り場に行く。
「ネギは一束と、しらたきは二つね」
ネギとしらたきをカゴに入れる。
入れ終わった後で、携帯の通知音が鳴る。
『一時期テレビで見たことはあったけど、食べたことないなー』
『そうなんだ』
『買うつもりだったのか?』
『ちょっと気になってね』
『今調べてみたけど、値段見てみな』
値段?
ドラゴンフルーツが置かれている場所に戻り、値段を見てみる。
「七百五十円……」
顎が外れるかと思った。一個の値段が、こんなにするフルーツなんて初めて見たよ。
『すごいね……』
『高級フルーツだよな』
これは、買わないでおこう。
『空太くん』
『なんだ?』
『鍋に入れるとしたら、どんな具材入れる?』
一回、ドラゴンフルーツに心奪われかけたけど、鍋の材料を少し買い足す事にしよう。
ママからもらった、おつかい代は千円。余裕みて、後五百円分は買えると思う。
「ママの鍋は、野菜と豆腐が主体だから、何か違ったものを入れたいな」
鍋に入れる具材は、家庭によっても違うと思う。空太くんの思う鍋を聞いて、参考にしてみよう!
『んー。鍋に入れるとなると、いろんな具材が思いつくな。何か、絞り込めるような条件を出してほしい』
『えっとね。野菜と豆腐以外!』
『そうだな。ソーセージとか?』
『おぉ、いいね! 他には?』
『後は、肉かな』
『なるほどー』
『由衣は、今日の夕飯鍋なんか?』
『うん。そうだよ! 私の家、野菜と豆腐しか入れてないから、ちょっと一工夫で、具材を入れたいなって考えているの』
『なるほどな。そしたら、つくねとか、美味しいと思うぞ』
つくねという単語を聞いて、私はこれだと確信した。
『空太くん。それだよ! つくねにする!』
『おぉ、そうか』
私は、携帯を閉じて肉類が売られているコーナーに行った。
「あれ? つくねがない」
探してみるけど、つくねの姿が見当たらなかった。
「もしかして、売り切れちゃった……?」
絶望感に叩きつけられる。
つくねって、こんなに人気だったんだ。
『空太くん。つくね売り切れていたよ……』
せっかく空太くんに教えてもらったのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『冷凍コーナーに置いてなかったか?』
『え? 冷凍コーナー? 肉類コーナーじゃないの?』
『つくねは、冷凍コーナーに成形されてあるやつが、スーパーに置いてあるぞ』
『待って、今見に行って来る』
慌てて冷凍コーナーを探してみる。
「あった!」
すると、冷凍コーナーにつくねと書かれた、まるまった肉が何十個も入っている袋を見つけた。
『空太くん! あったよ!』
『あって良かった』
値段も五百円以内に収まりそうだ。
『教えてくれてありがとう! 助かったよ!』
『おう』
私は、カゴにつくねが入った袋を入れた。
「よし、買い物は終わり。帰ろう」
レジで会計を済ませて、私は家に向かった。
「ただいまー」
「由衣おかえりー」
家の中に入ると、ママが玄関まで出迎えてくれた。
「ネギとしらたき買って来たよ」
あえて、つくねのことは言わず、ママに買い物袋を渡してみる。
「ありがとねー。あら、何か入っているわね。これは、つくねかしら?」
「うん! つくねだよ」
「いいわね。お父さんも喜ぶわ」
ママは、そう言うと笑顔になった。
「由衣。夕方になったら、作り始めるけど一緒に作る?」
「うん! 作るよ!」
「じゃあ、それまで、ゆっくり休んでらっしゃい」
「わかった!」
私は、夕方まで自分の部屋で休憩することにした。
「そろそろ。作り始めるかな?」
ドラマが見終わって、携帯を確認してみると午後の四時を指していた。
「台所に行ってみよう」
部屋から出て、台所に向かってみる。
「ママー。そろそろ鍋作りする?」
「ちょうど、作り始めようと思っていたとこよ。由衣には、野菜を切ってもらおうかしら」
「うん!」
手を洗って、まな板を取り出す。
「まず、何から切り始める?」
「そうね。ほうれん草から、お願いしようかしら」
ママから、ほうれん草を渡されて、切り始める。
「ねぇ、由衣」
「なに、ママ?」
「学校生活は楽しい?」
「うん! 楽しいよ!」
笑顔で答えると、ママも笑顔になった。
「そう。それは、良かったわ」
「ママも高校生の時、学校生活楽しかった?」
「えぇ、楽しかったよ。パパと出会ったのも、高校生の時だったわ」
「前に聞いたことがある。隣の席で、いつも寝ていたんでしょ?」
前にそんな話を食事しながら、聞いたのを覚えていた。
「そうなのよ、いくら起こしても、『まだ寝ても大丈夫』って言って、寝ていてね」
「ははは。そうなんだ」
今のパパと変わらない気がする。
前にリビングで、パパが寝ていた時も、ママが『寝るなら、自分の部屋にあるベッドで寝なさい』って注意したら、『体が丈夫になる』って言い訳していた。
昔のままなんだな。
「ちゃんと起きないと、成績に響くのにね。由衣は、学校でちゃんと起きている?」
「へ?」
ほうれん草を切っていた手が止まってしまった。
「う、うん。まぁね!」
私の表情を見て、察したのか、ママは苦笑いをした。
「親子で、そんなとこ似なくてもいいのよ」
「へへへ」
笑って返事をするしかなかった。
「あ、ほうれん草を切り終わったよ」
「綺麗に切れているねー。次は、由衣が買ってきてくれた、ネギを切ってもらおうかしら」
「任せて!」
ママにネギを渡されて、切り始めた。
「由衣」
「なにー?」
「いつ、彼氏さんママに紹介してくれるの?」
「ひゃい!?」
不意に言われたことで、声が裏返ってしまった。
私は、このことをまだママに話していないはずなのに。
「な、なんで、私に彼氏ができたってわかるの?」
「知っているわよー。知らないと思っていた?」
「いつから?」
「んーとね。三週間ぐらい前かな」
「へー。そうなんだ」
空太くんと付き合って、一週間経ったぐらいの時だ。
ママは、私が彼氏できて、初期の頃には、もう気づいていたってことになる。
「どんな人なの?」
「えっとね。自分の中に価値観をしっかり持っていて、芯が強いかな」
「あら、良い人ね。周りに流されない人は、大切な個性の一つよ。他には、なにかある?」
「んー。優しいとこ」
「いいじゃない。手放しちゃダメだよ」
「もちろんだよ。絶対に手放さない」
「その男の子は、同じクラスの子?」
「うん。隣の席だよ」
ママは、それを聞いて笑顔になった。
「ママとパパと一緒だね」
「うん」
その後、ママから空太くんのことをいろいろ聞かされながら、鍋作りをした。
「お腹いっぱいー」
鍋を食べ終えて、風呂に入った私は、ベッドの上に転がった。
「あ、空太くんにお礼を言わないと」
私は、携帯を取り出す。
『鍋美味しかったよー』
空太くんが勧めてくれた、つくねを入れて見たら、ママとパパから好評だった。
パパから、『次の鍋にも、つくねを入れてほしい』とリクエストがあった。
「また、鍋食べたいなー」
そう考えていると、携帯の通知音が鳴った。
『お、良かった』
『ねね。空太くん聞いて』
『なんだ?』
『私のママね。私が空太くんと付き合っているの、三週間前から知っていたんだよ』
『三週間前って、付き合ってから最初の方じゃないか?』
『そうなんだよ。私のママ観察眼凄くて、びっくりしたー』
『俺の母さんも、この前、いつ彼女連れて来るの? って聞かれたな』
『空太くんのママも知っていたんだ』
『別に隠していた訳じゃなくて、言う機会がなかっただけなんだけど、親って何でもお見通しなんだってこと知ることになったよ』
私のママだけじゃなくて、空太くんのママまで、知っていたなんて、びっくりした。
『ねぇ、空太くん』
『ん?』
『今度、空太くん家に行って、ママに挨拶していきたいな』
『俺の母さんにか?』
『うん。空太くんのママに』
『今度、俺ん家に遊びに来るか?』
『うん! 行く!』
『わかった。その次は、由衣の母さんに挨拶しようかな』
『いいよ。良かったら来て』
『約束な』
『うん。約束』
『もう、こんな時間か』
空太くんのメッセージを見て時計を確認すると、午後の十一時になっていた。
『本当だ。もうこんな時間だね』
『俺は、そろそろ寝る』
『私も、寝ようかな』
『お休み』
『うん。お休み』
空太くんとの、メッセージのやり取りを終えた。
「次、空太くんのママに会うかもしれないんだ」
しばらく、白い天井を眺める。
「え、空太くんのママに会うの?」
心臓の鼓動が高まったのを感じた。
話の流れだったとはいえ、私いきなり話、踏み込みすぎたじゃない?
「どうしよう緊張してきた」
自分から、言いだして緊張感が増してきた。
「なにしているんだろ私」
その後、思うように寝られず、次の日の授業は遅刻してしまった。
隣の席に座る女の子にラブレターを間違えて送った るい @ikurasyake
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