京子と姉②

「美咲お嬢様」


「和田は、黙っていて」


 和田も、姉さんの雰囲気が変わったのを察してか、話しかけようとするが、姉さんは和田を止めた。


「私、何か悪い事を言ったかしら?」


「言ったよー。私が知っている言葉の中で、トップに入りそうなぐらい嫌いな言葉を言った」


 姉さんの目は、怒っている目つきをしていた。


 この目をしている時の姉さんは、相手が自分の親だろうと喧嘩をする時の目だ。


 和田も、止められないと悟り、黙り込んでしまった。


「京ちゃんは、自由に生きる私と兄の対照的で、家の家訓とか伝統を引き継ごうとしている利口な妹だよ。だけどね、周りの目を気にしているせいで、自分の気持ちに蓋をしている時があるの、わかっている?」


「それは……」


 私には、姉さんが言っていることに思い当たることがあった。


 姉さんの言っていることは、本当だ。


 だけど、世の中自分のわがままだけでは、過ごせない。


「京ちゃんは、周りが勝手に決めている常識に囚われ過ぎている。自分で選択して、選んだ人生を生きている?」


「美咲お嬢様。言い過ぎ」


「和田は、黙ってって言ったよね? 私は、京ちゃんと話しているの」


 和田は、止めようとするが、再び姉さんは和田に圧をかけて、和田を黙らせた。


「京ちゃんは、なんで『彼氏なんか作らないから』って言ったの?」


「それは、私の選んだ道で……」


「嘘だね。それって、空太くんが他の人と付き合ったから、自分の心を守るために嘘ついている? それとも、空太くんが付き合っている、彼女さんのために自分を後回しにしている?」


 自分の手に力が入ってしまう。


「姉さん。なんで、話に空太のことが出て来るのよ」


「さぁ、なんででしょう?」


 この状態の姉さんと話すのは嫌いだ。


 私の言葉をあげ足を取りに来ようとする。


 部屋の中は、静寂に包まれる。


「兄さん何しているかなー?」


 姉さんは、話の話題を変えて、携帯をいじり始めた。


「和田。飲み物取って来てくれる?」


「わかりました」


 和田は、頭を下げると部屋の外に出て行く。


「姉さん。話は終わったの?」


「京ちゃん。この雰囲気になると一言も喋らなくなるじゃんー。それと、お姉ちゃんね」


 姉さんは、何かを諦めたかのような口ぶりで言う。


「そうね。多分このまま膠着状態が続いていたと思うわ」


「でしょ? それに、ここまで言ったから、京ちゃん自身も、何がいけなかったかわかったはずでしょ?」


「まぁ、そうね。私が、勝手に諦めていたのが悪かったわ」


 今回は、私の言葉遣いというか、心構えが悪かった。


「わかっているなら良し!」


 十数年間、姉さんと過ごして来てわかった。こういう時は、どちらかが折れないと永遠とあの状態が続くということ。


 姉さんは、私以上に負けず嫌いだ。


 今回は、私に非があるから私が折れた。だけど、姉さんに非がある時、私は絶対に折れないと心に決めている。


「美咲お嬢様。お茶を持って来ました」


「えー。お茶―? ワインは、置いてないの?」


「今、一日で屋敷に住んでいる時間が長いのは、京子お嬢様です。京子お嬢様は、未成年お酒など、アルコール類は、置いておりません」


「えー、つまんないー」


「お姉ちゃんは、お酒強くないでしょ? 飲み会の時は、いつも泥酔状態で帰って来ている気がするわ」


「良いのよ。この家で、私が泥酔しても気にならないでしょ?」


 私と和田は、お互いの顔を見合わせる。


「私達が気になるわ」


「えー」


 姉さんは、退屈そうな表情をした。


 その後も、ただをこねる姉さんの会話を適当に相槌を打つ。和田は、それを見て苦笑いを浮かべていた。




 和田は、夕飯を作り終えると自分の家に帰って行った。


 和田の家には、娘夫婦が来ているらしい。孫が生まれると言っていた。


「和田は、おじいちゃんになるのね」


 夕飯を食べ終わり、風呂に入り終わった私は、部屋の天井を見て考えていた。


 自分に孫が出来るのは、どんな感覚なのだろう。


 そもそも、子供ができると、どんな気持ちになる?


「考えていても意味ないわ」


 時計を見ると、午後の九時過ぎをさしている。


「少し早いけど、横になろう。久々に姉さんと話して疲れたわ」


 空太と由衣と遊ぶようになってから、話すことも増えた。だけど私は、元は話しかけられない限り話さない子供だった。


 普段人と話す機会がないと、話した時に疲れるのよね。


「京ちゃんー! 一緒に寝よう!」


 私の部屋の扉が勢い良く開いた。


「ね、姉さん?」


「お姉ちゃんだぞ。この、このー!」


 姉さんは、横になっていた私に勢いよく後ろから抱き着いた。


 姉さんから、お酒の匂いがした。


「姉さん。お酒飲んだの?」


 屋敷の中には、アルコールなんてなかったのに、どこから酒が出て来たの?


「ふふふ。こういうこともあろうかと、ここに来る前にコンビニで、酒のストックを確保していたのだ。風呂上がりの京ちゃん良い匂いー」


 姉さんは、完璧に酔っぱらっていた。


 家族に相談して、姉さんに対して、禁酒令を発令させた方が良いかもしれない。


 このままじゃ、将来警察のお世話になるかもしれないし、お酒に飲まれる生涯を過ごすかもしれないわ。


「禁酒令なんか出したら、わたし京ちゃんのこと恨むかも」


 私の心が読まれていた。


「ちゃんと、自分で酒を飲む量を、コントロールできたら文句は言わないわ」


「努力する」


 姉さんは、背中に顔を埋める。


 私は、何も言わずに。姉さんの行動を受け入れた。


「京ちゃん」


「ね……お姉ちゃんどうしたの?」


「私ね。京ちゃんが、幸せになってほしいと思うの」


 私は、いきなりのことで何も返事が出来なかった。


「本当よ。別に結婚しろとか、彼氏を作れとかの意味じゃないよ。それは、選択肢の一つにしか過ぎないから」


「お姉ちゃん」


 酔っているからだろうか、さっき和田と三人でいた時の怒った言い方ではなく、優しく語りかける、もう一人の姉さんの姿を見ている気がした。


「私はね、京ちゃんに自分が選べるはずだった選択肢を、周りの意見に合わせて潰してほしくないの。たった一度きりの人生なんだから」


 姉さんは、私のために言ってくれている。


 こんな私のことを心配してくれているんだろう。


「姉さんは、彼氏はできたの?」


「それ、聞いちゃう?」


 私達は、笑いあった。


 顔を見合わせてないけど、姉さんの感情が手に取るようにわかった。


「イギリスに留学して、わかったけど、私はとことん男運がないって、思い知らされたわ」


「そんなひどい男と、デートでもしたの?」


 姉さんが付き合う男性は、ひどい性格をしている男性が多かった。


 姉さんの優しさに、集まってしまうんだと思う。前に、『性格が良い人は、性格が悪い異性を引き寄せる。ソースは、私!』と熱弁していたのを思い出した。


 性格が良いって、自分で言うのはどうなんだろう?


「デートに、誘われて食事をしに行ったらね。支払い前、トイレに行って来るって言って行方不明になったんだよ。結局食事代は、私だけが払うはめになったの」


「そんな、ひどい男がいたのね」


「そうなのよ。それで、それで」


「まだ、他にもエピソードがあるのね」


 姉さんの男に対する愚痴が止まらなかった。


 姉さんには、良い男と知り合ってほしいと心から思う。


「その後、飲み会でね」


「うん」


 私が返事をすると、部屋は静まり返った。


 姉さんが、話の続きをしてこない。


「姉さん?」


 気になった私は、姉さんの寝ている方を振り返る。


「すー、すー」


 姉さんは、寝息を立てて寝ていた。


 これは、朝まで私の部屋にいる感じだ。


「お休み、姉さん」


 私は、姉さんにそう言って、目を閉じた。

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