京子と姉①

 空太と由衣に、食事でのマナーを教えてから数日経った。


「和田。ありがとう」


 いつものように、和田が車で家まで送ってくれて、お礼を言った。


「京子お嬢様。私は、車を置いていきます」


「わかったわ」


 私が、そう言うと和田は、車を走らせて駐車場に向かった。


 私は、カバンから玄関の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んで回す。


「あれ? 開かない」


 扉を開こうとしたら開かなかった。


 もう一度、力を込めて扉を開けようとしたが開かなかった。


「え?」


 まさかと思い、もう一度鍵を扉の鍵穴に差し込んで回してみた。


「開いた」


 玄関の扉が開いた。


 二回目の施錠で玄関の扉が開いたってことは、最初に私が来た時は、扉が開いていたってことになる。


「和田が、鍵を閉め忘れた?」


 いや、几帳面な和田は、しっかりと鍵の施錠を確認する。


「和田が外に出ている間、誰かが入って来たの?」


 冷や汗が流れたのを感じた。


 誰かが不法侵入してきた。いえ、そう決めつけるのは、まだ早いわ。


「すぐに連絡できるように、準備はしておきましょ」


 携帯の電話番号入力画面で、ワンタッチで警察に電話できるようにしておく。


「大丈夫よ私」


 自分に『大丈夫』って言い聞かせてから、玄関の扉を開けて家の中に入る。


「ただいま」


 誰からも返事がない。


「和田が、本当に鍵をかけ忘れたのかしら?」


 心の中で、安心感に包まれた。


 バン!


「え」


 家の奥から、扉が勢いよく閉められた音が聞こえた。


 誰かいる。


 家の奥から、こちらに向かって走ってくる音が聞こえてきた。


 足音が、どんどん近づいてくる。


「はぁ。はぁ」


 自分の呼吸が浅くなっているのを感じた。


 警察に電話をかけようと思ったが、手が震えて上手く通話ボタンが押せない。


「早く連絡……いえ、逃げないと」


 足音は、もうすぐそばに来ている。


 震えている足をなんとか動かし、外に出ようとした。


「京ちゃん―!」


 自分の名前を呼ばれて、びくっと反応をしてしまう。


「え、この声って……」


 私には、この声に聞き覚えがあった。


 だけど、この声の主は、今ここにいないはず。そもそも、日本自体にいないはずの人だ。


「ね、姉さん!?」


 振り向いたのと同時に抱き着かれた。


 香水の匂いが首から香ってくる。


「元気にしていたかー!? 私の可愛い妹よー!」


 その人物は、私の姉である相良美咲だった。




「和田。姉さんが帰って来ているの把握していなかったの?」


 私と姉さん、そして和田は、屋敷内にある和室で座っていた。


「申し訳ございません。私も、全く把握できていませんでした」


 和田の様子を見る限り、本当に知らなかったようだ。


 私は、姉さんの方を見る。


「姉さん」


 姉さんは、ショートボブの黒髪を耳にかけて、お気に入りである花型の銀のピアスを強調させている。格好も黒のシャツに、細身のズボンを履いていた。


 最後に会った時と何も変わってないわ。姉さんは、自分の体形に自信があるのか、体のラインが強調される服を良く着る。


「お姉ちゃんって呼んで?」


 可愛い素振りで、姉さんは首を傾げるが、その言葉にはどこか圧を感じる。


「お姉ちゃん」


「なーに? 京ちゃん?」


 姉さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「なんで、イギリスに留学しているはずなのに、日本にいるの?」


「それはねー。日本が恋しくなったからー!」


 姉さんは、両手を上に上げて言った。


「美咲お嬢様。授業の方は、大丈夫なのでしょうか?」


 和田は、心配になったのか美咲に、留学先での授業について聞いた。


「大丈夫―。今回の学期で取っている授業は、一回も休んでいないから、一週間休んでも余裕あるから!」


 姉さんは、昔からこんな調子だ。


 気分屋で自由を愛して、規則や常識に捕らわれずに生きている。兄さんも、姉さんと同じような生活をしている。


 それに対して、私は……。


「京ちゃん。どうしたの? そんな暗い顔して?」


「なんでもないわ」


「そ。和田、私が日本にいない間なにかあった?」


「特に暗い話題はないですな」


「明るい話題はあるの?」


 和田の言葉を聞いて、姉さんは和田の方を見た。


「先月辺りから、京子お嬢様は良く友達と週末遊ぶようになりました」


 和田は、嬉しそうな顔をして言う。


「へー京ちゃん。友達と遊ぶようになったんだ」


 姉さんは、私の方を見て、軽く笑みをこぼす。


 なにか、いたずら心を感じるような笑みだ。


「お姉ちゃん。なにか悪い事を考えていない?」


「ううん。考えていないよー。今度京ちゃんの友達が遊びに来たら、会ってみようかなって思っただけよ。京ちゃんの姉として挨拶しないとねー」


 姉さんの挨拶だけって言葉は、どこか信用できない気がした。


「お姉ちゃん。挨拶だけで済ませる気ないわね」


「にしし。実は、私も仲良くなってみたいかもって思っていた。ねぇ、和田、その友達はどんな人なの?」


「とても良い人達ですぞ。一人は、とても人当りが良い女の子で、好奇心が旺盛な女性です」


「ふーん。明るい女の子って感じね」


「もう一人は、どこにでもいそうな普通の男性ですが、心に芯があると言いますか、自分の中での価値観を持っていて、しっかりされている男の子です」


「へぇー。もう一人は男の子なんだ」


 姉さんは、そう言うと不敵な笑みでこっちを見た。


「な、なによ」


「なんにもないわよ。ただ私は、京ちゃんが兄さん以外の男性と休日に遊んでいる所を、見たことなかったから、珍しいなって思っただけ」


「良く、この屋敷にも遊びに来ていますよ」


 和田が、笑顔で言った。


 和田が、こんなに嬉しそうに話すって事は、私が友達と遊ぶのを見て、嬉しいと感じていることなのかしら?


「あ、もしかして、遊んでいる男の子って、前に京ちゃんが話していた男の子のこと?」


 姉さんは、思い出したかのように言う。


「え、えぇ」


 なんだか嫌な予感がした。


 気づかれてはいけない何かに、気づかれてしまったような感覚だわ。


「へぇー、あの男の子かー」


「美咲お嬢様。空太さんのことをご存じなのですか?」


「知っているよー。この前、私と京ちゃん二人っきりで話した時、話してくれたもんね」


「あの時は、半分尋問だったわよ。『高校二年生になってから、明るくなった』って、私のことを質問攻めにしていたじゃない」


 なんなら、話すまで寝させないって、ただをこね始める始末だった。


 酔っ払った姉さんは、面倒くさすぎるのよ。


「にしし。あの時は、どうしても気になったのよ。『学校なんて、ただ勉強をしに行くとこ』って割り切っていた、京ちゃんが楽しそうに学校のことを話しいたからね」


 心の中で、昔のことを思い出して、うんざりしている私とは対照的に、姉さん笑顔で話す。


「ねぇ、その男の子とは進展あったの?」


 姉さんは、前のめりになって私に聞いてくる。


「あの人には、彼女がいるわよ。進展なんか、あるわけないわ」


「え、話していた男の子、彼女がいるの!?」


 姉さんは、驚いたような顔をして言った。


「えぇ、いるわ」


「それなら、最初に言ってよー。私、イギリスで勉強している間。京ちゃんのことを思い出しては、『彼氏ができたのかな?』って気にかけていたのにー」


 姉さんは、自分のことじゃないのに、勝手に落ち込んでいる。


 姉さんが前に来た時は、空太に彼女がいなかったからね。


「お姉ちゃんが、気に書けるまでもないわ。私は、彼氏なんか作らないから」


 その言葉を言った瞬間、姉さんの体が少し動いたのがわかった。


「私、京ちゃんの、そういうとこ嫌いだな」


 姉さんの雰囲気が、変わったように感じた。

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