アフターストーリー

京子のパーフェクトマナー教室

 中間テストが終わり、冬の足音が聞こえて来た頃、俺と由衣は西川駅にいた。


「空太くん。寒いね」


 由衣は、寒そうに自分の両手を口に近づけて、息を吐きかけていた。


「あぁ。寒い」


 今は、昼になっているから、肌寒さで済んでいるが、朝ゴミ捨てに外出たら、白い息が口から出ていた。


「空太くんは、お昼何食べた?」


「俺は、カップラーメンだな」


 カップラーメンの大盛しょうゆ味。体が、すごく温まった。


「温かそうな食べ物を食べているね」


「由衣は、何を食べたんだ?」


「ホットケーキと卵スープ!」


 由衣は、嬉しそうにピースをして言う。


「おしゃれだな」


「えへへ。ありがとう」


 由衣は、照れた表情をする。


「もうすぐ、約束の時間だな」


「本当だ! 私、京子ちゃんから、誘って来るなんて思わなかった!」


 由衣は、嬉しそうにしながら言う。


 今日は、京子の家で遊ぶ約束だ。前は、テストの打ち上げだったから、学校の出来事と関係なく遊ぶのは初めてかもしれない。


「毎週末になると、三人で集まっている気がするな」


「そうだね! 私、週末が楽しみになっているよ!」


 由衣は、嬉しそうな顔をして言った。


「由衣が嬉しいなら、これで良いのか」


「空太くん。なんて言った?」


 俺が小声で話したのを由衣は、聞き直してくる。


「いや、なんでもない気にするな」


「ん?」


 由衣は、首を傾げる。


 由衣と話していると、目の前に黒い車が止まる。この車は、何度も見た記憶がある。


「空太、由衣。こんにちは」


 助手席側の窓を開けて顔を出してきたのは、京子だった。


「京子ちゃん!」


 由衣は、笑顔で京子に手を振る。


「由衣さん。空太さん。こんにちは」


 京子の家でお手伝いをして働いている和田が、車から出て挨拶をしてきた。


「和田さん。こんにちは!」


 由衣は、京子の時と同じぐらいの笑顔で、和田に手を振る。


「由衣さん。元気そうでなにより」


「和田さんも元気そうだね!」


「ほほほ。皆さんから若さのオーラを貰っています。ささ、車の後部座席に乗ってください。お体を冷やしてしまいます」


 俺と由衣は、京子が乗っている車に乗った。




 屋敷の中に入ると、京子が俺達の方を振り向く。


「私、着替えて来るから、しばらく案内する部屋で待っていてくれない?」


「京子ちゃん着替えるの?」


 由衣は、首を傾げた。


 俺も由衣と同意見だ。京子の服装は白のパーカーに、黒のズボンという違和感がない服装だった。


「京子、服装おかしくないぞ」


「いいえ。今日やる事は、この服装じゃダメなの。由衣と空太を脅かしたいから、着替えて来るわ。少し待つ事になるけど、許してね」


 俺と由衣は、目を合わせて、お互いに首を傾げた。


 京子が案内した部屋は、いつも俺達が遊んでいる部屋だ。


「待っていてね。着替えて来るわ」


 京子は、そう言うと、部屋を出て行った。


「ねぇ、空太くん」


 由衣は、俺の隣に来て、服を引っ張る。


「どうした?」


「京子ちゃん、なんで着替えに行ったと思う?」


 由衣は、不思議そうな顔をした。


「どうしてだろうな。俺にも、想像がつかない」


 思い当たることがなかった。


「和田さんなら、知っているかな?」


 由衣は、そう言うと部屋の障子を開けて、部屋の外を見てみる。


「いたか?」


「ううん。いない」


 由衣は、諦めたかのように首を横に振る。


「しばらく、待ってみるか」


「うん。そうする!」


 俺と由衣は、京子が来るまで話すことにした。


「待たせたわね」


 しばらくすると、京子が、そう言って部屋の中に入って来た。


「京子。遅かった……」


 俺は、京子の姿を見て、言葉を失ってしまう。


「改めて由衣、空太。よくきてくれたわね」


 京子が、白のワイシャツに黒いスーツ生地のズボンを着て、立っていた。


 まるで、家庭教師みたいだな。


「京子ちゃん。何その服装?」


 由衣は、戸惑いながら聞く。


 由衣の服装を見てみると、白いタートルネックのセーターに黒のスカートと黒いタイツを着ていた。京子の家庭教師的な服装とは、真反対の服装をしている。


 ちなみに俺は、黒のパーカーに黒のズボンという黒一色の服装をしていた。


「今日は、由衣の約束を果たす日なのよ」


「約束?」


 由衣は、その言葉を聞いて、首を傾げた。


「前に言ったでしょ。マナー講座を受けてみたいって」


 俺は、その言葉を聞いて、頭に記憶がフラッシュバックした。


「あの約束か……」


 つい、自分の眉間を抑えてしまう。


「空太君。なんの約束だか、わかったの?」


「由衣。初めて京子と遊んだ日のことは覚えているか?」


「うん! 喫茶店で合流した日のことでしょう?」


「そうだ。あの時の会話を思い出してくれ」


「あの時の会話?」


 由衣は、しばらく黙り込む。


「確か、あの時は喫茶店で、一緒に飲み物と食べ物を頼んで……」


 由衣の言葉が止まってしまった。


 そして、何かを思い出したかような顔をした。


「私、あの時。京子ちゃんに、マナーを教えてって頼んだ!」


 どうやら、思い出したようだ。


「そうよ。なので、今日はマナー講習をするわ!」


 俺と由衣は、目を合わせた。


「そ、そんな。大変なことしなくて大丈夫だよ」


 由衣は、遠慮をする。


「いいえ、やるって決めたらやるわ」


 どうやら、京子はマナー講座をやる気らしい。


「由衣。京子が、ここまでやる気なんだ。大人しく受けるぞ」


「う、うん」


 いつもなら積極的に参加する由衣が、参加しようとしないのはわかる。


 なぜなら、京子の目がガチなのだから。




「服装も教えたいけど、今回は主にテーブルマナーについて教えるわ」


 京子は、そう言うと立ち上がる。


「京子ちゃん。どこ行くの?」


「場所を変えるわよ。そろそろ、和田が準備を終えている頃だわ」


 そういえば、ここに来る時、和田が運転してくれていたけど、屋敷に着いてから姿を見ていなかった。由衣も、さっき廊下を見たけど、いなかったって言っていた。


 俺達が話している間に、準備をしていたのか。


「私についてきて」


 俺と由衣は、京子について行く。


「待たせたわね。ここよ」


 京子について行くと、豪華な装飾をされた部屋に案内された。


 床にはワックスで磨かれた綺麗な木材で作られた床で、壁は白を基調にしている。天井のライトを見ると、シャンデリアになっていた。


 部屋の中央を見てみると、白いクロステーブルが敷かれた長方形の机と、椅子が三つ設置されている。机の横には、和田が立っていた。


「ここ、京子ちゃん家?」


 由衣は、部屋の装飾に圧倒されている。


「そうよ。父と母が、私と兄、姉の三兄弟にマナーを教育するために作った部屋よ」


 自分の家の一部屋を、マナーの教育をするために作ったなんて、初めて聞いたぞ。


「ほほほ。今日は、由衣さんと空太さんが、マナーを学びたいと聞いて、セッティングの方を頑張らせて頂きました」


「あ、ありがとう」


 由衣は、少し苦笑いしながら返事をした。


 まさか、ノリで言ったことが、こんなにも本格的なことになるなんて、思わなかったんだろう。


「では、まず席についてみてくれる?」


「う、うん」


 由衣は、緊張した顔つきになった。


 俺と由衣は、席に座る。


「一つアドバイスを、席に座る際は深くに腰をかけてください。背もたれとの距離感は、こぶし一つ分がベストです」


 和田が丁寧にアドバイスをしてきてくれた。


「ありがとうございます」


 由衣が、片手を後ろに回している。確認しているのだろう。


 俺も、一応確認してみた。


「私も座るわ」


 京子は、そう言うと由衣の隣に置かれていた椅子に座った。


「ねぇ、ねぇ。京子ちゃん」


「何かしら?」


「私の前に、何本もナイフとフォークがあるんだけど」


 由衣の言う通り、俺と由衣の目の前には、ナイフとフォークが三本ずつ左右に置かれていた。スプーンは上に置かれている。真ん中にあるのはナプキンか?


「カトラリーのことね」


「キャトラリー?」


 由衣は、首を傾げる。


「カトラリーな」


 由衣の発言を修正したが、俺も良くわかってない。


「ナイフ、フォーク、スプーンの総称のことよ」


「そうなんだ」


 由衣は、感心したかのように言った。


「何本も置かれている理由は、後で説明するわ。和田、水を持ってきて」


「わかりました」


 和田は、そう言うと部屋の隅にある机の上に、置かれた水をグラスに入れ始めた。


「空太くん。私、ドキドキしてきたよ」


「俺もだ」


 普段行かないような店に来た気分だ。体がそわそわしてきた。


「お待たせ致しました」


 和田が、グラスに水を入れて、持って来た。


「ありがとうございます!」


 由衣は、お礼を言って、グラスを受け取ろうとした。


「待って」


 しかし、京子の一声で由衣の手は止まる。


「ナプキンを膝の上に広げるのを忘れているわ」


 俺と由衣は、自分達の前に置いてあるナプキンを見る。


「これを使うの?」


「そうよ。これは、膝の上にかけるものなの。料理を食べている時に、落としてしまったら服が汚れるでしょ? それを防ぐものなのよ」


 由衣は、それを聞いて納得したように頷く。


「なるほど、そんな役割があるんだね」


「ちなみにナプキンは、折ってから膝の上に乗せるんだけど、折り目は自分の方に向けると、落ちる心配はなくなるわ」


「そうなんだ」


 これは、勉強になるな。知っといて、良かったかもしれない。


 俺と由衣は、ナプキンを折って、膝の上に乗せた。


「では、お水を置かせていただきます」


 和田は、そう言うと、スプーンが置かれている上の空いたスペースにグラスを置いた。


「各料理によって食べ方のマナーもあるけど、今回はスルーさせて貰うわ。みんな、お昼食べたでしょう?」


「うん! 食べて来た!」


 俺は京子に向かって頷いて、『お昼を食べた』と合図を送った。


「まずは、由衣が言っていた、カトラリーのマナーについて説明するわ。由衣、左右にフォークとナイフが三本ずつあるけど、どれから使えば良いと思う?」


「えーと、間を取って真ん中かな」


 由衣は、三本並んでいるナイフの中から、真ん中にあるナイフを指さす。


「なんの間を取ったの?」


 京子は、眉間に手を当てながら聞く。


「えーと、なんだろう」


 由衣は、笑ってごまかした。


 由衣の頭の中は、パニック状態なんだろう。


「正解は、外側にある物から使って行くのよ」


「そ、そうなんだ」


 由衣は、真ん中のナイフに伸ばしていた手を、外側に置いてあるナイフを手に取った。


「ナイフとフォークは、どっちの手で持つとかは知っている?」


「それは、知っているぞ。左手にフォークを持って、右手にナイフなんだよな」


 これは、お父さんに教えてもらった気がする。ありがとう、父さん。


「正解よ。ちなみにこれは、日本人に合わせた作法で、ヨーロッパだと、左手にナイフ、右手にフォークなのよ」


「へーそうなんだ」


 由衣は、感心したような声で言う。


 この後も、京子によるマナー指導が行われた。


「私のマナー講座は、どうだったかしら?」


「とっても、ためになりました!」


 由衣は、手を上げてお礼を言った。


「俺もタメになった。知ることができて、良かったわ」


 俺は、京子にお礼を言った。


「そう言ってくれると嬉しいわ」


「皆さん。お疲れさまでした。これは、私からささやかなご褒美です」


 和田は、そう言うと俺達の前にチョコレートが入っているお菓子を出した。


「やったー!」


 由衣は、喜んで一つお菓子を取り出す。


「和田さんって前も思ったけど、ご褒美をあげるタイミング上手だよな」


「ほほほ。お手伝いを長年勤めていますと、こういうタイミングも自然とわかってくるものなのです。主の機嫌を損なわないように、サポートするのが、仕事の一つでもあります」


 なかなか、説得力がある言葉だ。


「父が言っていたわ。会社の経営が危なくなって、人員を減らしたりしないといけなくなった時、和田だけは絶対に残すように考えていたって」


 京子は、そう言うと、チョコレートを一つ食べた。


 京子の父さんが、そう言うなんて和田は優秀な人材なのだな。


「京子のお父様には、頭が上がりません」


 和田は、謙遜したように言う。


「この後、どうするかしら?」


「私、トランプがしたい!」


 由衣は、手を上げて言う。


「トランプね。空太も、それでいい?」


「俺もトランプで構わないぞ」


「じゃあ。トランプで決定ね。和田、トランプはあるかしら?」


「もちろんです。取ってきますので、少々お待ちください」


 その後、和田がトランプを持ってきて、俺達は四人でトランプをして楽しんだ。

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