仲直り

 次の日の放課後になると俺は、すぐに靴箱へ向かった。


「由衣のクラスでの番号は十三番」


 俺の手には、由衣と付き合った日と同じように、手紙を持っていた。


 由衣の靴箱を開けて、持っている手紙を入れる。


 手紙を入れたのを確認したら、手紙に書いておいた場所に向かうため急いで外に出る。


「ここで、待っていれば来るか?」


 俺が待っていたのは、帰る時に由衣とよく使っていた帰り道だった。


「そろそろ、由衣が気づいた頃だろう」


 ここに来るのには、高校の玄関から五分ぐらいかかる。


 それまでに、心を落ち着かせて、冷静に話せるようにしないと。


 大きく深呼吸して、心を落ち着かせる。


「よし、大丈夫だ。いつ来ても大丈夫」


「空太くん」


 体がビクッと反応する。


 数日しか俺の名前は、呼ばれていなかったが、とても懐かしく感じた。


「由衣」


 振り返ると、由衣の姿があった。


 由衣の右手には、俺が渡した手紙が握られている。


「そのすまない」


「なんで、謝るの?」


 由衣は、突き放したかのような声で話した。


 怒っていると、感じられる言葉使いだ。


「俺は、由衣が好きだ。その気持ちに、嘘はない」


 俺は、真っ直ぐ由衣の方を見ながら言った。


 初めて由衣と付き合った日は、緊張して地面を向いていたが、今回はしっかりと由衣の方を見て言うと覚悟した。


「じゃあ、なんで私より違う女性のことを見ていたの?」


 由衣は、あえて京子の名前を出さなかったと思う。


 それは、京子と仲良くなっていきたいという、由衣の心が現れた結果なのだろうと考えた。


「高校入学した頃、その人の姿を見て、一目ぼれをしたんだ」


 俺も、あえて京子の名前を出さなかった。


「じゃあ、なんで私と付き合うことにしたの?」


「それは……」


 ラブレターを送り間違えたと、正直に言うべきだろうか。でも、今の状況で、それを言ったら由衣との関係はこじれるのがわかる。


「由衣と一緒にいるのが、心地よかったのだと思う」


 これは、本心だ。高校二年生になって、何度も由衣の明るさに元気づけられた。


 由衣と付き合った日も、由衣は気にせず俺に話しかけてくれた。


「そうなんだ」


 今日、初めて由衣の言葉に暖かさを感じられた。


「付き合ってから、由衣のことが、どんどん好きになった。付き合うまで、わからなかった由衣の良さを知れた」


「私も、空太くんの良い所が、たくさんわかったよ」


 由衣の言葉には、いつも以上に優しさがこもった言葉だった。


「由衣と付き合ってから、由衣のことを大切にするって決めていたのに、不安にさせてしまってごめんな」


「ううん。気にしないで、私も空太くんが、私のことを大切にしてくれているってわかっていた。なのに、自分一人で勝手に不安になって、その不安に押しつぶされそうになって、空太くんに当たっていた」


 由衣の目から、涙が流れる。


「俺も悪いよ。由衣の優しさに甘えていた」


 俺は、由衣の元へ一歩近づく。


「情けなくて、頼りない俺だけど、これからも付き合ってくれますか?」


「はい。私からも、よろしくお願いします」


 俺と由衣は、手を繋いだ。




 家に帰ると、由衣からメッセージが届いていた。


『空太くん』


『なに?』


『ただ呼んだだけ』


 由衣の口調が、いつも通りになっていた。


 なんだか、心の重荷が落ちた気がする。


「一時期は、どうなるかと思った」


 もう二度と、こんな経験はしたくない。


 自分の部屋に入るなり、ベッドの上に倒れた。


『空太、明日勉強教えて!』


『わかった』


 俺は、メッセージを打って返信した。




 次の日、いつも通りに学校へ行く。


 自分のクラスを見渡すと、みんないつもと変わらない様子だ。


「いつも通りだ」


 昨日は、人生の危機と言われても、おかしくないぐらい岐路に立たされた日だ。


 そんな日が過ぎても、毎日の日常はいつも通りやってくる。


「今日の一限は数学か」


 自分の席に座り、荷物を整理する。


「空太くん。おはよー!」


 前を向くと、由衣が笑顔で俺に手を振っていた。


「由衣。おはよう」


 付き合ってから、毎日交わしていた挨拶。喧嘩してから、二日間だけ挨拶を交わしていなかっただけなのに、とても懐かしく感じた。


 喧嘩してからの二日間、とても長かった。


「空太くん」


「どうした?」


「顔にやけているよ」


「見ないでくれ」


 俺は、慌てて顔を隠す。


「ねぇ、なんでにやけていたの?」


 由衣は、笑顔になりながら俺に聞いてくる。


 由衣も勘づいているくせに、いじわるなことを聞いてくる。


「聞きたいのか?」


「うん。とっても、聞きたい」


 さすがに正面を向いて、話すのは恥ずかしいから、少し顔を背ける。


「由衣と、いつもみたいに挨拶ができて嬉しかった」


「……」


 俺が言った後、由衣から全く返事がなかった。


 横目で由衣の方を見る。


 顔を真っ赤にして、俺の方を見ていた。


「自分から聞いといて、なんで顔を真っ赤にしている?」


「あ、朝から大胆なことを言うんだね……」


 由衣はその一言を言うと、その後ホームルームが始まるまで、黙ってしまった。




 放課後になり、俺と由衣は掃除を済ませると、自習のため図書室に向かった。


「なんか、久々に来た気がする」


 由衣は、図書室を前にして感想を、ぼそっと言う。


「由衣は、休みも入れると四日間、図書室に来ていなかったからな」


「空太くんは、図書室に来ていたの?」


「俺は、昨日来ていないけど、一昨日来たから二日ぶりだな」


「そうなんだ」


「最近、廊下も寒くなってきた。図書室の中に入ろう」


「うん」


 由衣の返事を聞き、図書室の扉を開く。


 図書室の扉を開くと、入口から近い席で、京子が座っていた。


「あ、京子ちゃん」


 由衣は、一言そう言うと俺の後ろに隠れた。


「由衣、お久しぶりね」


 京子は、由衣に返事をすると、俺の方を見た。


「ちゃんと、仲直りできたみたいね」


「あぁ、約束したからな」


 京子は、俺に優しく笑いかけた。


「京子ちゃん。隣に座って良い?」


 由衣は、俺の陰に隠れながら、京子に話しかける。


 なんで、俺の陰に隠れながら会話をする?


「由衣。怖いのか?」


 由衣は、俺の制服の生地を力強く握る。


「だって、京子ちゃんとの約束守れなかったもん」


 京子との約束?


 俺は、過去の出来事を振り返って見る。


『みんな。休み明けに会いましょう』


 あぁ、京子が言っていた、この言葉か。


 京子も、黙っていたが、何を言っているか分かったみたいだ。


「由衣。聞こえているかしら?」


 京子は、優しく由衣に語りかけた。


「う、うん」


 由衣は、びくびくしながら、返事をした。


 俺の制服を掴んでいるから、由衣が震えているのがわかる。


「このまま、来なかったら怒っていたかもだけど、ちゃんと来てくれた。怒ってないわよ」


「本当?」


「本当よ。この前教えていた、英語の続きからやろうと思うけど、いいかしら」


「うん!」


 由衣の返事は元気よくなり、俺の陰から出て京子の元に向かった。


「空太君も来て」


「わかった」


 俺も、京子と由衣が座っている席の向かいに座った。


「由衣。一つ聞いてもいいかしら?」


「ん? なに?」


「昨日と一昨日は、もちろん勉強したわよね?」


 京子の問いに、由衣は顔を背けた。


「えーと……してないかも」


 京子は、しばらく沈黙する。


 京子。その沈黙怖すぎるぞ。


「わかったわ。由衣。こっち向いてくれる?」


「な、なに?」


「私は、由衣をテスト当日までに、問題でたら答えられるようになっているマシーンに仕立てあげるわ」


「マシーン……」


 由衣は、京子の言葉を聞いて青ざめて行った。


「もちろん、英語だけではないわ。空太にも、協力してもらって三教科に関しては、マシーン化してもらうわよ」


 京子のスパルタスイッチが、オンになってしまったらしい。


「ね、ねぇ。空太くん」


 由衣が助けるような顔つきで、俺の方を見る。


「由衣。諦めろ。大人しくマシーン化されてもらうんだ」


「うそー」


 由衣の悲痛な声が、漏れて聞こえてしまった。




「あ、頭パンクしそう……」


 由衣の頭から湯気が出ているように感じた。


「大丈夫か?」


「うん……まぁね」


 しばらく、ゆっくり歩いて休ませよう。


「ね、ねぇ。空太くん」


「どうした?」


「手を繋ぎたいな」


 由衣は、そう言うと俺の腕に手を回してきた。


「わかった」


 俺は、由衣と手を繋ぐ。


 由衣の手は暖かくて、心が安らいでいるように感じた。


「空太君の手、暖かい」


「そうか?」


「うん。そうだよ」


 俺は、そのままの歩くスピードで由衣と帰った。




 中間テスト前日。俺と京子、由衣の三人は図書室に集まっていた。


「由衣。江戸幕府最後の将軍は?」


「徳川慶喜」


「なんで、葉っぱは緑に見える?」


「葉っぱの細胞内にある、葉緑体の色が緑だから」


 約三週間による、俺と京子(主に京子)のスパルタ教育のため、由衣は問題を答えるマシーンとなっていた。


「完成したわね」


 京子は、何か物を完成させたかのような感想を言った。


「へへへ、京子ちゃん、空太くん。私頑張ったよ」


 図書室に集まって間もないが、由衣は既にへろへろだ。


 やはり、最後の一週間、京子による追い込みが相当効いているみたいだ。


「由衣。安心するのは、まだ早いわ」


「え?」


「空太」


 俺は、京子に名前を呼ばれると、一枚のプリントを取り出した。


「そ、それは?」


「これは、由衣を機械化……いえ、問題を教えている時に躓いた所をリストアップした所よ」


 京子。いまさらっと、由衣のことを機械化させようと本音が出ていたぞ。


「へ、へぇー!?」


 由衣は、驚いたような声を出す。


「ここからは、仕上げの工程よ。不具合がないかをチェックするわ」


 京子。由衣への扱いが俺と一緒だ。


 それだけ、京子が由衣に対して心を開いたのと考えるべきか。


「わ、私。もう仕上がっているよ!?」


 由衣は、優しいな。京子のノリについて行ってくれている。


 だけど、表情はガチめな顔をしているな。プリントに書かれている問題の数を見て、やばいと感じているのだろう。


「空太くんー」


 由衣は、助けを求めるような顔で、俺を見る。


「由衣。頑張れ、後一日だ。終わったら、テストの点数関係なくご褒美を用意しておくから」


「そ、そんなー」


 由衣は、図書室の机に顔を埋めた。


「由衣、まずはプリントの一問目からいくわよ」


「は、はいー」


 京子による、スパルタ教育が始まった。


 由衣。頑張ってくれ、後一日だ。


 俺は、京子によるスパルタ教育を行っている所を横目に、自分の勉強を始めた。

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