京子のひとりごと

「ありがとう。気を付ける事にする」


 空太は、私に向かって頷いた。


「気を付けなさい」


 私が、そう言うと空太は文芸部の部室から出て行く。


「私は、何を言っているのかしら」


 私が、空太に言おうとしていたのは、そんなことじゃない。


 まぁ、確かに空太の鼻の下が伸びていたのは事実だけど、私が言いたかったのは、空太の鼻の下が、伸びていることじゃなかった。


「私が言いたかったのは……」


 言葉にしようとしたら、羞恥心が出て来る。


 大丈夫。この部屋には私しかいない。


「空太は……由衣と付き合ってから輝いて見えるようになったわ」


 少し体が熱くなるような感じがした。


「これだけの言葉が言えなくなるなんて、私ってどうしたのかしら?」


 考え過ぎても、答えがわからないから意味はない。


 外の景色を眺める。この部室から見える景色は、田んぼの風景だ。稲刈りも終わっているから、土と刈り取られた稲しか見えなかった。


「姉さんに相談したら、また笑われるわね」


 姉さんと空太は、面識ない。だけど何度か姉さんには、海外から一時帰国してきた時に、空太のことを話していた。


 私は、ただ空太の出来事を姉さんに話していただけなのに、姉さんは口元をニヤニヤさせながら、私の話を聞いていた。


『ふふっ。京子も大人になったわね』


『どういうことなのかしら?』


『だって、京子が自分以外の人について話す日が来るなんて思わなかったわ』


『私って、そんなに人の話をしていなかったかしら?』


『そうよ。いつも、親のためにしっかりしようとか、成績は上位の成績を取らないといけないって言っていたわね。家のことしか考えていなかったじゃない』


『姉さんと兄さんは、何も考えていないじゃない』


『ふふ、確かに言われてみればそうね。私なんて、英語が話せればいいって考えしかなかったから、高校時代は英語以外、赤点ギリギリだったし』


『姉さんは、極端よ。そして兄さんは。自由に生きすぎているわ』


『兄ちゃんは、昔から自由に生きる人だったからね。バイクで日本一周する時も、俺は令和の伊能忠敬になる! って宣言してから家を出て行ったからね』


『歩いていないじゃない』


『ははは! 確かにそうだ。今度兄ちゃんと連絡取る時、そうツッコミを入れてよ』




「私、なに思い出を振り返っているの」


 気づいたら、昔の記憶を振り返っていた。


 私、姉さんの会話を思い出しすぎよ。


「姉さんは、深読みしすぎよ」


 私は、恋人を作らないつもりよ。


 恋人なんて、別れたら今までに費やした時間が無駄になるじゃない。


 この言葉を前に姉さんにも言ったことがある。


『あなたって子は、末っ子なら甘えん坊になるでしょう普通』


 姉さんが、ため息まじりに言った気がする。


「私は、人のことを好きにならないわ」


 自分に言い聞かせるように言う。


 心のどこかが、針で刺されたような感覚がした。


「何もない場所にいると、あれこれ考えてしまうわ」


 今日は、いろいろと考え過ぎたような気がする。


「私も、そろそろこの部室から出た方がいいわね」


 空けた窓を閉めて、廊下に出る。


「そういえば、文芸部の元顧問であった、先生はいなかった。どこに行ったのかしら?」


 この鍵は、もえ先生に渡しておこう。


 後日渡してくれると思うわ。


 私は、鍵をスカートのポケットにしまい図書室へ向かった。

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