由衣の告白
「皆さん。揃いましたか」
部屋を出て、庭だと思われる場所まで歩くと、和田が立っていた。
「では、旧華族である相良家の屋敷を、案内させてあげましょう」
「お願いします!」
由衣は、元気よく返事をした。
「ではまず、今目の前に広がっている池や松の木は、相良家が先祖代々受け継いできた庭園になります」
「すっごい綺麗!」
由衣は、文化的な物に触れることも好きそうだ。好奇心の塊だな。
辺りを見渡してみると、三カ所ぐらい小さな池があった。灯篭も何個かある。
個人の庭に灯篭があるなんて、初めて見たな。
「ほほほ。では、お次はこちらを」
和田は、由衣のリアクションを見て嬉しそうな表情をした。
その後も、和田は屋敷の敷地内にあるものを案内していった。
「和田さん。嬉しそうだったな」
「えぇ、由衣が良いリアクションをするから、楽しいんでしょう」
俺と京子は、先に自習した部屋へ戻っていた。
『私。もうちょっと京子ちゃんの家、探検したい!』
由衣は、そう言って、和田さんの案内の元、京子の家をツアー感覚で楽しんでいた。
「俺達は、少しゆっくりするか」
「えぇ」
会話が終わり静まり返る。
俺は、ふと前に京子が話そうとして、話さなかった会話の内容を思い出した。
何も脳のリソースを割くことがない。無音の空間。俺は、その疑問が頭の中を反復して、大きくなっていくのを感じた。
「なぁ、京子」
わからないままにするのができなかった。
「何?」
「前に、俺の顔を見て、途中で言うのを、辞めたことがあったよな」
京子は、その言葉の意味を理解したようで、目を丸めた。
「どうして、そんなことを聞こうと思うの?」
「好奇心って言うか、気になった」
京子は、しばらく黙り込む。
「聞いても後悔しない?」
心臓が締め付けられる気持ちになった。
心のどこかで、聞いてはいけないと囁く声が聞こえる。
あの時、見た夢で言っていたことは現実になるのか?
いや、うぬぼれるな俺。慢心にしても良いとこだ。こういう思いが生まれた時は、過信してはならない。
「俺は、後悔しない」
覚悟を決めた。
「そう、ならいいわ」
京子の頬が赤くなっていくのがわかった。
「私はね、実は」
「お待たせー!」
京子の言葉が発しようとした瞬間。由衣が、部屋の中に入って来た。
「屋敷内見て回ったのか?」
「うん! 楽しかったよ!」
もう少しで聞けた。だけど、ここのどこかでほっとしている自分がいる。
「由衣が戻って来たから。そろそろ、勉強の続きを始めましょうか」
京子を見ると、いつも通りの表情をしていた。
その後、俺達は交代しながら由衣に勉強を教える。
「もう、五時になるわね」
京子が、壁にかけられている時計を見ながら言った。
「もう、そんな時間か」
時間の経過は、あっという間だ。
京子の家に着いたのが、午後一時過ぎ。それから、四時間以上も時間が経ったのか。
「遅くに帰らせて、空太と由衣の両親に心配をかけさせたくないわ。今日の所は、ここまでにしましょう」
そうだな。母さんも夕飯を作っているころだ。あまり、遅くに帰ると心配をかける。
「由衣も、続きは休み明けで良いか?」
「うん。大丈夫だよ」
由衣も疲れたんだろう。いつもみたいに、はきはきと喋っていなかった。
「話は、まとまったわね。和田、近くにいる?」
「はい、京子お嬢様」
障子が開き、和田が入ってくる。
「玄関前まで、車を回してほしいわ。友達を駅まで送るわよ」
「かしこまりました」
和田は、頭を下げると部屋を出て行った。
「私達は荷物をまとめて、玄関前で待ちましょう」
「うん!」
由衣は、笑顔で返事をする。
俺達は、荷物をまとめて玄関前で、車が来るのを待った。
「くー! いっぱい勉強した!」
由衣は満足げに両手を上に上げて、体を伸ばしている。
「頑張ったな」
「今年で、一番勉強したかもー。横になったら良く寝れそう」
「ふふ、それは良かったわね」
眠そうな顔で言う由衣を見て、京子は笑顔になった。
話している内に一台の車が俺達の前に止まった。
「皆さん、お待たせ致しました」
運転手側の窓が開くと、和田がお辞儀をしながら言った。
「私は、助手席に乗るわ。由衣と空太は、後ろの席に乗って」
「わかった!」
由衣と俺は、車の後部座席に座る。
和田は、俺達がシートベルトをしたのを確認すると車を走らせた。
「京子ちゃん。今日はありがとうね!」
西川駅に向かっている際中、由衣は助手席に座る京子に話しかける。
「私も復習になったから、良い機会だったわ」
京子の表情は見えないが、笑顔で言っているのだろう。
「空太くんも、ありがとうね!」
「あ、あぁ。人に教える経験がなかったから、上手く伝えられたかどうかは不安だが、少しでも身に付いていたら良かった」
「すごく上手だったよ! とても、分かりやすかった!」
「そうか」
そう言われると嬉しい。
「友達と遊ぶ、お嬢様の姿を見られて、私は涙が出ました」
「わ、和田」
京子は、恥ずかしそうに和田の発言を止めようとした。
「あはは!」
由衣は、そのやり取りを見て笑顔で笑った。
その後車内では、和田も含めた四人で笑いに包まれた。
「空太さん、由衣さん。西川駅に到着されました」
話していると、気づけば西川駅に到着していた。
「和田さん! 京子ちゃん! 今日は、ありがとう!」
由衣は、和田と京子にお礼を言う。
「いえいえ、ぜひまた京子お嬢様と、お遊びしてください」
「今度は、勉強じゃなく遊びに来てほしいわ」
和田と京子の言葉に由衣は目を輝かせた。
「うん! 絶対行く!」
「俺も、お世話になった」
「空太も、また来てね」
俺と由衣は、車を降りる。
「みんな。休み明けに会いましょう」
京子は、助手席の窓を開けて手を振った。
「うん! またね!」
由衣は、笑顔で京子に手を振る。
「またな」
俺も片手で、京子に手を振った。
京子も、笑顔で手を振ると、車は出発し住宅街の中へ消えて行った。
「よし、俺達も帰るか」
「うん」
俺と由衣は、駅の構内に入る。
「次の電車は、二十分後だ」
俺達が乗るのは、下りの電車だ。登りの電車とは違い、一時間あたりに出ている本数自体が少ない。
しばらく、待つ事になりそうだ。
「少し待つ事になるけど、大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ」
改札口を通ると、待合室が見えた。
「あそこの中で待つか」
俺と由衣は、待合室の中に入って、次の電車が来るまで待つ事にする。
待合室の中には、俺達しかいなかった。西川駅周辺は住宅街だ。夜の時間帯は、この駅を利用する人が少ないのだろう。
「由衣。疲れたか?」
いつもより、由衣が大人しくなっている気がした。
「うん。疲れたかも」
由衣の口調が、疲れた口調で話すとこを聞いたのは、初めてかもしれない。
午前中から出かけていたんだ。疲れていても仕方ない。
無言の時間が過ぎる。
「ねぇ、空太」
由衣が、俺に話しかけて来た。
「どうした?」
「……」
由衣から、話しかけて来たのに、由衣は無言になってしまった。
「由衣?」
なんだか、様子がおかしい。
そう感じた俺は、由衣の方を見る。
すると、由衣は今にも泣きだしそうな顔で、俺のことを見ていた。
「由衣? どこか痛むのか?」
俺の問いに、由衣は首を横に振る。
さっきまで、元気だったのに、なんで泣きそうになっているんだ?
「一つ聞いても良い?」
緊張感に襲われる。
由衣は、何か重要なことを俺に伝えようとしているのを感じた。
「なんだ?」
「空太君は」
由衣は、そこまで言うと、顔を下に向けた。
「由衣?」
すると、由衣は俺の服を両手で掴んで、俺の方を見る。
その表情は、涙が頬をつたって流れており、由衣がこれから言う言葉の重さが、伝わってきていた。
「空太君は……誰が好きなの?」
その一言を言われた後、辺りの音が一切聞こえなくなったように感じた。
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