京子の家

 屋敷の中に入ると、時代が撒き戻ったみたいな感覚を感じた。


「すごいな。この家は何年前から存在しているんだ?」


 まるで、時代劇に出て来るような武家屋敷みたいな感じだ。


「和田。確か、私が小さい時に、建て直しているわよね?」


「はい。十年前ぐらいに、老朽化が激しく建て直していますが、建物の外観や内装自体は変わっていません」


「てことは、下手したら、この家にある外観や内装は何百年以上前の姿である可能性もあるのか?」


「そうですな」


 なんていうか、壮大だ。


 自然の景色を見て、壮大だなって思う事はあるが、家の内装や外観を見て、壮大だと思ったのは初めてかもしれない。


 由衣は、目を輝かせた表情で家の中を見ていた。


「靴脱いで、中に上がって」


「お邪魔します」


 俺は、そう言うと靴を脱いで家の中に入った。


「お邪魔します!」


 由衣も続いて靴を脱ぎ中に入る。


 京子の後について行くと、障子で仕切られた部屋の前まで来た。


「ここが、今日の勉強で使う部屋よ」


 京子がそう言って、障子を開けると部屋の真ん中に、長方形の机が置かれた和室になっていた。三人分の座布団も敷かれている。


「和田。飲み物を人数分用意できるかしら?」


「かしこまりました」


 和田は、そう言うと部屋を出て行った。


「好きなとこに、座っていいわよ」


「私、京子ちゃんの隣―!」


 由衣は、京子の隣に座ったので、俺は二人の向かいに座る形にした。


「京子の両親は、家にいないのか?」


 家の中に入った時、静かすぎた気がした。


「父は会社の経営者なの。いろんな会社の取引しに行って家には中々帰って来ないわ。母は、父の秘書をしているから、父について行ってなかなか帰って来ない」


 てことは、この大きな屋敷で京子が一人の時もあるのか。


「京子ちゃんは、兄弟いるの?」


「兄と姉がいるわ」


「兄と姉も家にいなそうだな」


「えぇ。兄は、自由奔放な人でね。今は、バイクで日本一周している頃よ。姉は、海外に留学しているわ」


 すごいパワフルな兄と姉であるとことが、容易に想像がついた。


「そういえば、空太と由衣に兄弟いるか知らないわ」


「私、一人っ子!」


「俺は、妹がいるけど野球部のマネージャーで、朝早く家出て夜帰りが遅いから、ここ最近顔を合わせてない」


 そういえば、妹と最後に会話をしたのはいつだ?


 文化祭の前の日だった気がする。


「なるほどね」


「京子お嬢様、飲み物をお持ち致しました」


 京子達と話していると、和田がガラスのコップにお茶だと思われる飲み物を入れて、三人分持って来た。


「ありがとうございます!」


 由衣は、嬉しそうにお茶を貰う。


 和田は、俺と京子の前にも、お茶を置いた。


「では、私は庭の手入れをしてきます。ごゆっくり楽しんでください」


 和田は、そう言うと部屋を出て、障子を静かに閉めた。


「早速、由衣。教材を出してくれるかしら?」


 和田が出て行くと、京子は早速、由衣に勉強を教えようとした。


「わ、わかった」


 由衣は、慌ててカバンの中から英語の教材を取り出す。


 俺も英語の教材を取り出した。京子が由衣に教えている言葉を聞いて、自分の勉強に役立てようとする作戦だ。


「じゃあ、まずはここからね」


 由衣に教えている京子の声を聞いて、自分も勉強を始める。


 所々、由衣は脳内がショートし、『ワタシ、二ホンゴモ、アブナイノネ』と片言になっていたが、頑張って京子の言っている内容を理解しようとしていた。




「一回休憩にしましょうか」


「やったー! 休憩大好きー!」


 勉強を始めて四十分経った頃、京子は由衣の状況を見てか、休憩を入れた。


 由衣は、それを聞いて万歳して喜んだ。


「お菓子でも食べる?」


「お菓子あるの!?」


「ええ、あるわよ」


 京子は立ち上がると、部屋にあった戸棚の扉を開いた。


「和菓子しかないけど、良いかしら?」


「大丈夫だよ! 和菓子大好き!」


「俺も大丈夫だ」


 京子は、由衣と俺の返事を聞いて、和菓子を俺達の前に出した。


 一口サイズのどら焼きや最中などが入っている、和菓子の詰め合わせだ。


「美味しそうー!」


 由衣は、目を輝かせながら、最中もなかが入っている一つの袋を取り出した。


「俺は、これにしようかな」


 俺が手に取ったのは、白い大福だ。


 俺達は、和菓子を食べながら、お茶を飲む一時の休憩を楽しんだ。


「そろそろ、続きをしましょうか」


「うん!」


「このまま英語をやるか、気分転換に他の教科の勉強をするか、どっちがいいかしら?」


「へへへ、他の教科の方が良いかも」


 由衣は、苦笑いをしながら言った。


「わかったわ。空太と教える人交代ね」


「わかった。由衣、どの教科をやりたい?」


「まずは、もえ先生と約束した社会をやりたい!」


「わかった。まずは、社会だな」


 由衣は、英語の教材をしまって社会の教材を出した。


「今回のテスト範囲は、日本史だな。ざっくりとした流れをやるみたいだから、大きな出来事だけ覚えて行こう」


「空太先生。お願いします!」


 由衣は、俺のことを先生と呼び始めた。


「ふふ、期待しているわ。空太先生」


 京子は、そのやり取りを見て、笑みを浮かべて言った。


 教えてみると、由衣は、そこまで何もわからないって感じじゃなかった。多分、本人が勉強のやる気がないだけで、やる気になれば赤点は簡単に回避できそうだ。


 英語の時とは違い。特に躓くことなく、教えて行くことができた。


「そろそろ、休憩にするか?」


「大丈夫だよ。もうちょっと頑張りたい!」


 由衣に教え始めて、三十分が経った。一度、休憩を入れるか聞いてみたが、由衣のやるきは十分みたいだ。


「……よし、続きをやるか」


「うん!」


 そこから数十分、由衣に日本史を教えた。


「キリが良いから、一旦ここまでだな」


「疲れたー!」


 由衣は、畳の上に仰向けになって倒れた。


「お疲れ様」


 京子は、由衣に優しく語り掛ける。


「ねぇ、京子ちゃん。トイレ借りて良い?」


「ええ、良いわよ。私も行こうと思っていたとこだし、場所を案内するわ」


 由衣と京子は、立ち上がった。


「空太は、この部屋で待っていてくれるかしら?」


「あぁ、元からそのつもりだ。俺のことは、気にしないでくれ」


 京子と由衣は、部屋を出て行った。


 俺は、仰向けになって天井を眺める。


「不思議な気分だ」


 好きだった女の子の家に、彼女と家に上がり込んでいる。


 これが、神のいたずらと言うなら、相当いたずら心を持った神様なんだろうな。


 やることはなく、ぼーっと天井を眺めて行く。


「お待たせ!」


 しばらくすると、由衣と京子が戻って来た。


「あぁ、おかえり」


「ねぇ、ねぇ。和田さんが、屋敷の敷地内を案内してくれるんだって!」


 由衣が、目を輝かしながら、俺の体をゆする。


「そうなのか?」


「せっかくだから、お言葉に甘えて案内させて貰おう!」


「空太も、ここにいると暇でしょう?」


 俺は、京子と由衣を交互に見る。


「わかった。行こう」


「うん! 行こう!」


 俺は、由衣に手を引っ張られる形で部屋を出た。

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