ある日の夜

 携帯の通知音で目が覚める。


「ん? 寝ていたのか」


 確か、今日は図書委員で京子に彼女がいるのを告白と言うか、見抜かれたというか、寝起きで頭がはっきりしない。


 この出来事を除けば、いつもと変わらない日だった。


「ふわぁー、寝たりないなこりゃ」


 ん、待て。携帯の通知音で、俺は起きたのか。


「誰からだ?」


 携帯の光が眩しい、画面を暗くさせて、メッセージの内容を確認する。


『今あなたの家の近くにある公園にいるの』


 そのメッセージを見て、飛び起きる。


「今は、夜の十一時だぞ? なんで、こんな時間に京子が?」


 そのメッセージの送り主は、京子からだった。


『なんで、そんな所にいる!?』


 慌ててメッセージを送る。


『今日話していた時に、言いたかった本当のことを言おうと思うの』


 言いたかった本当のこと。


 図書室で話していたことか!


 俺は、上着を着て、慌てて外に出る。


「俺の家から近い公園は、あそこしかない!」


 家から出て、真っ直ぐ走ると、曲がり角にぶつかる。その曲がり角に、公園があるのだ。


「はぁ、はぁ」


 息切れがする。


「京子!」


 公園に辿り着くと、電灯の下で京子が一人立っていた。


 紺色のスカートに灰色のブレザー、そして赤いネクタイ。北川高校の制服だ。


「なんで、こんな時間に制服でいる?」


 情報の処理に頭が追いつかなかった。なんで、十一時に京子が制服を着て、公園にいる?


「メッセージでも言ったでしょ。伝えたいことがあったの」


 京子は、何も気にしない様子で淡々と話し始める。


「こんな時間に読んどいて、伝えたいことってなんだ?」


 なぜか、鼓動が高まる。


 これは、危機感?


 俺は、聞いてはいけない話を聞こうとしている様な気がした。


「前、私に好きな人がいるか聞いたことあるでしょ?」


「あ、あぁ」


 何週間か前に、俺が京子に聞いたことだ。


「その人はね。最初、私に会った時、何も恐れないで、私に話しかけて来たわ」


「その人は、知らないが、なんで話しかけることに恐れなんかいる?」


「口が悪くて、皮肉屋。心が変に歪んでしまった人だと最初は思っていた」


 京子が、俺の質問を聞く様子もなく続きを話し始める。


 なんで、俺の質問を無視するんだ?


「一体、なに言っているんだ?」


「だけどね、話していく内に、その人は自分なりの信念がある人だってわかったの」


 京子は、俺の質問を再び無視した。


「なんで、無視を」


「気づいたら私は、好きになっていた。自分の価値観を持って、それに生きている姿を近くで見て惚れていた」


 冷たい何かに、背筋をなぞられる感覚に陥る。


 これ以上は聞いていけない。


 直感か何かが俺に警告を送っている。


「これ以上なにも言うな」


「だけど、その人に彼女ができてしまったわ」


 京子は、俺の声が聞こえていないように、話し続ける。


「京子!」


 俺は、京子の名前を呼んで、近づいて行く、京子を止めないといけない。


「私、空太のことが好きだったのよ」


 心の中にある何かが割れたような気がした。


「な、なんで今更、そんなことを言うんだよ」


 どん底に落ちたような気分だった。


「だから、私は考えたの」


 京子は、そう言うと俺の前まで歩いてくる。


「な、なにをしようとしている?」


 俺の質問に京子は、答える気配がない。


「あなたを私の元に奪い返す」


 京子に抱き着かれた。


「お、おい」


 慌てて離れようとしたが、京子の力が強くて離れる気配がない。


「空太に、お願いがあるの」


「や、やめ」


 京子。本当に、お願いだ。これ以上何も言うな。


「由衣と」


 京子は、言葉を詰まらせた。


 京子を止める、最後のチャンスだ。しかし、喉を見えない何かに掴まれたようで、言葉が出ない。


 やめろ。やめろ。やめろ!


 必死に心の中で、訴える。


「由衣と別れて、私と付き合って」


「やめろー!」


 俺の叫び声が、暗闇の中で響き渡った。




「やめろ!」


 慌てて飛び上がる。


「はぁ、はぁ」


 全身が熱くなっているのを感じる。


 汗のせいか、服の生地が俺の肌に張り付いていた。


「ゆ、夢?」


 辺りを見渡すと、公園じゃなくて、自分の部屋だった。


 俺が、見ていたのは夢だったのか。


「夢で良かった」


 ベッドに倒れ込む。


「考えてみれば、矛盾だらけだ」


 夜の十一時なのに、制服姿の京子。その京子は、いくら俺が話しかけても返事をする様子がなかった。冷静に見れば、現実で考えられない出来事だ。


「それに、京子は俺の家が、どこにあるかわからない」


 夢なのは、確定だ。


 一応携帯のメッセージも確認してみる。


「何もメッセージが送られていない」


 京子からのメッセージは来ていなかった。


「汗かいたな」


 俺は、シャワーを浴びに下の階に降りた。




「空太くん。おはよ!」


 自分の席について、荷物の整理をしていると、由衣が後から教室に入って来た。


「おはよ」


 由衣は、隣の席に座ると、俺の方を見る。


「由衣、どうした?」


「空太くんから、良い匂いがする」


 由衣の鼻をくんくんさせてみせる。


「朝起きた時、汗かいていたから、シャワー浴びたんだ」


 よく匂いわかったな。由衣の嗅覚は鋭いのか、気づかなかった。


「そうなんだ! なるほどね。ママのシャンプーを使っているの?」


 由衣は、首を傾げて俺の方を見た。


「よくわかるな。お母さんの使っているんだ。お父さんのシャンプーは、すうすうしているから、あんまり好きじゃないんだよな」


「男性用のシャンプー、そういうのがあるよね。私のパパも、そういうやつ使っていて、間違って使った時、冷水かけられたかと思ったよ」


 由衣は、笑いながら言った。


「あ、そういえば、ポスター作り、今日で終わらせる予定だからな」


「そうか、もう仕上げまで来ているもんね」


 昨日で、下書きは終わった。後は、上からマジックでなぞって見やすくし、強調したいとこなどを色で塗るだけだ。


「京子のとこも、今週中で終わるだろうな」


「京子ちゃん、期限中に間に合って良かったね。最初は、どうなるかと思ったよ」


 由衣は、安心した様な顔をする。


「由衣が安心するのは、まだ早いぞ。中間テストの復習があるからな」


「そうだった……」


 由衣は机に、頭を埋めた。


「教科は、なんだっけ?」


「えーとね。英語、理科、社会かな」


 理科と社会は、一応教えられるな。問題は、英語か。俺も、英語は赤点まではいかないが、教えることができるほど得意って訳ではない。


「由衣の友達で、英語が得意なやつはいるのか?」


「私の友達? んー、みんな、赤点とるか取らないかの境目かも」


 由衣の友達は、全滅らしい。


 てことは、俺の知っている人で、英語が得意な人か……。


「京子に頼んでみるか」


 俺の知っている人で、頭が良いのは京子しか思いつかなかった。

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