再び図書当番の日

「はぁー、疲れた」


 帰り道、由衣と帰っていたら大きな欠伸が出てしまう。


「お疲れ様」


 由衣は、笑顔で俺に話してくれた。


「まさか木葉が、あそこまで饒舌じょうぜつに話せる人だったとはな」


 今日のポスター作りが終わる頃、木葉に『さん付けは、他人感があります』と指摘されてしまった。まぁ、さん付けを止めたほど、俺達とも仲良くなったって考えられるか。


「話してみると、面白くて、仲良くなれて嬉しかった!」


 由衣も、新しい友達ができて満足そうだ。


「ポスター作りも、何とか終わりそうだしな」


「うん」


 京子と木葉に気を取られて作業に集中できない時は、あったけど俺と由衣もポスター作りは順調そのものだった。


 ポスター作りが終わって、提出したら十一月か。


 十一月、何かがあった気がする。


「ねぇ、空太」


「どうした?」


「十一月、中間試験が始まるね」


 俺は、稲妻を受けたような衝撃を受けた。


 そうだ。十一月には中間試験が待っていたんだ。


「全く勉強してないや」


 すっかりというか、由衣に言われるまで気づかなかった。


「私も勉強してないよ。今回こそは、赤点を阻止して補習を回避しないと」


 由衣は、ガッツポーズを見せて、中間試験に対する心構えを見せる。


「待て、今『今回こそ』って言わなかったか?」


「うん、言ったよ」


 何食わない顔で言っている由衣に、俺は頭痛が起きる。


「ちなみに、前回あった夏休み前の期末試験は、何教科赤点とった?」


「五教科中、三教科かな」


 半分、越えているじゃねぇか。


「ちなみに教科は?」


「英語と理科、社会」


 一難去ってまた一難。


 京子の問題が解決したかと思えば、次は由衣に危機が訪れていた。


 由衣は、可愛い笑顔で『ん?』って、俺の顔を覗き込んでいる。


 今回の問題は、前回より手ごわそうだ。危機が訪れている本人が、危機だということに、自覚していない。


「由衣。図書委員の仕事が終わったら、由衣に勉強を教えるからな」


「わざわざ、そこまでしなくてもいいよー。赤点回避できれば、ばっちりおっけー」


「いや、ダメだ。中間試験とはいえ、由衣の将来に関わることだからな」


 俺は、由衣の手を両手で掴んだ。


「え!? 空太くん!? 私達には、まだそれは早い!?」


 由衣は、突然だったのか顔を赤面させる。


『この前、由衣から俺のことを背後から抱き着いといて、手を掴むことに早いとか関係あるのか?』


 そう聞こうと思ったが、今は、そこが問題じゃない。


「由衣。俺は、由衣のことを大切に思っている。だから、今回の中間テスト。由衣の未来を、より良くすためだと思って、一緒に頑張ろう」


 由衣は、顔を赤くさせながら、口を魚みたいにぱくぱく動かすが、声は出ていなかった。


 その後、喋れるようになった由衣からは、『私の心臓を殺す気だったの?』って、顔を赤くしながら、なぜか怒られた。




 由衣に中間テストの勉強を教えると言った、次の日。昼休みになると、俺は図書当番をしに図書室に入った。


「よお」


「空太、遅かったわね」


 図書室の受付には京子が座っている。


 時計を見てみると、昼休みから五分経ったところだ。


「まだ、五分しか経ってないぞ」


 なんなら、移動時間を考えれば早めに、出た方だ。


「ふふ。早く弁当を食べなさい。生徒が来るわよ」


 京子は、俺の行動を見て笑ったんだろう。


 人の困った表情を見て、そんなに楽しいか?


「隣の席、座るぞ」


「えぇ、どうぞ」


 俺は、席に座ると、弁当と水筒を受付台の後ろにある机に置いた。


「私も、食べるわ」


 京子も、弁当と水筒を取り出して机の上に置いた。


「先に食べなかったんか」


「先に、やることがあったのよ」


「そうか」


 俺は、返事をしたら両手を合わせた。


「いただきます」


 京子も続けて、『いただきます』と言う。


 相変わらず京子の弁当は豪華そうだ。


 よく見てみると、細長くて白い物体が入っている。


「京子」


「なにかしら?」


「その弁当に入っている細長い物体はなんだ?」


 京子は、自分の弁当を見る。


「これのこと?」


「そう、それだ」


 京子は、俺の指摘した食べ物を、食べてみる。


「カニね」


「カニ」


 京子の言葉を聞いた瞬間、心の中に大仏が現れた。


「神様。どうして、こんなに人生不平等なんだ」


「馬鹿を言ってないで、さっさと弁当を食べなさい」


「はい」


 俺と京子は、無言で弁当を食べ始める。


「ねぇ、空太」


 数分は、無言だったろうか。京子が口を開く。


「どうした?」


 まさか、また高級食材が入っていたとか言わないだろうな?


「由衣と付き合っているの?」


「げほっ! げほっ! はい!?」


 今、由衣と付き合っているかって聞いたのか?


「付き合っているのね」


 京子は、ぼそっと呟く。


「隠しているつもりではなかったが、どうしてわかった?」


 京子には、付き合っているって言ってなかった気がする。


 そもそも、俺と由衣は、あまり周りに言いふらさない性格だ。俺は、別に言う必要がないから言ってない。由衣は聞いたことないが、恐らく周りから自慢だと思われたら嫌だから、自分からは言ってないんだろう。


「あれで、隠しているつもりだったら、私をなめているわ」


「そんな、ばればれだったか?」


「ばればれよ。特に、由衣が空太に対する振る舞いとかね」


 そうだったのか。


「由衣と付き合っているの、言わなくて悪かった」


「謝らなくてもいいわ。怒っている訳じゃない。事実確認のために聞いたのよ」


「そうか」


 謎の罪悪感が心の中で生まれた。


 この罪悪感はなんだ?


 特に俺が悪いことをしている訳じゃないのに、根っこ首を掴まれるような苦しさは。


「ただ」


 京子が、俺の方向を見て何か言いたげな表情をした。


「ただ?」


「なんでもないわ。気にしないで」


 京子が、俺の顔から顔を逸らして、弁当を食べ始めた。


 京子が何を言おうとしたのかは、わからない。


 こういうのは、深く聞かない方がいいだろう。気にしないでおこう。


 弁当を食べ終わった後、由衣がやって来て、京子に俺と付き合っているかを聞かれた瞬間、顔を真っ赤にして『はい』と答えていた。


 京子は、由衣の反応を見て、クスクスと笑っていた。


 俺は、そのやり取りを何も言わず、眺める。


『なんでもないわ。気にしないで』


 頭の片隅に京子が残した、言葉の引っかかりが残っていた。

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