第三章〜中間試験〜

京子と木葉

 ずっと好きだった人と連絡先が交換できなかった。


 しかし、恋人ができてから、好きだった人に連絡が来ると男子はどうなるか、俺は今その心中を顔で表現できると思う。


「空太くん、おはよ……って体調悪いの?」


 答えは、無心になりぼーっとする。


「由衣おはよう。ただ、睡眠不足なだけだと思う。思うように寝付けなかった」


 由衣と京子の三人で遊んだのは土曜日。次の日は、日曜で休みだったが、俺は頭の中で自問自答を繰り返していた。


 なんで、彼女ができてから、好きだった人から連絡が来る。


 いけないとはわかっていても、気づくと俺は京子からのメッセージを開いて眺めていた。


 寝ようとしても、ずっと『何で今頃』って言葉が頭の中から思い浮かび、反復し睡眠を妨げられた。


「そういう日あるよね。私も、京子ちゃんと空太くんの三人で遊んだ土曜日、寝られなくて日付が変わってから、やっと寝られたもん」


「今日は俺が、由衣みたいになりそうだな」


「どういうこと?」


「授業中寝る」


 脇に衝撃が走る。


「ぐおっ!?」


 由衣の方を見ると、頬を膨らませていた。


「私だって、好きで寝ている訳じゃないんだらね?」


「なんで、授業中寝ているんだ?」


「気づいたら、まぶたが重力に負けているの」


「ははは」


 俺は、苦笑いしかできなかった。




 放課後になり、俺達は図書室に向かった。


 土曜日の話では、京子が同じクラスの木葉さんを連れてきているとこだ。


「ねぇ、空太くんが、先に中入ってよ」


 由衣は、緊張からか自分が先に、図書室の中へ行くのが嫌なようだ。


「わかった」


 俺は、ゆっくりと図書室の扉を開けて中を確かめる。


「いたぞ」


 京子の姿と、木葉さんの姿を見つける。


 どうやら、ポスター作りに誘うのは成功したみたいだ。


「本当!? 私にも見せて!」


 俺は由衣に場所を譲る。


「本当だ。京子ちゃん大丈夫かな?」


「ここからだと、わからないな」


 土曜日に立てた計画では、俺達が木葉を三人の輪に入れて、京子の誤解を解く計画だった。


「由衣、行ってみよう」


「うん」


 俺と由衣は、図書室の中へ入り、京子が座っている席に向かう。


「京子ちゃん、こんばんは」


「あ、由衣。空太もいるのね」


 京子の表情には、何も変わりがない。


「木葉ちゃんも、こんばんは」


「こ、こんばんは」


 木葉さんは相変わらず、たどたどしい返事をしていた。


「俺達も隣に座っていいか?」


「いいわよ」


 俺と由衣は、京子と木葉さんが座っている隣の席にカバンを置く。


「私、ポスター取ってくるね」


 由衣は、そう言うとポスターを取りに席から離れる。


 俺含め、三人供無言になる。


 おい、雰囲気やばくないか?


「お待たせー」


 由衣がポスターを持って、帰って来た。


「あ、あの……」


 木葉さんが、京子に話しかける。


「なに?」


 少し、ピリッとした感じで、京子は返事をした。


 京子、もうちょっと愛想よく返事をしてくれ。


「私、『織田信長、天下統一物語』が一番面白いと思うんです!」


「え?」


「へ?」


 由衣と俺は、思わず声を出してしまった。


 木葉さん、今『織田信長、天下統一物語』とか言ってなかったか?


「いいえ私は、『幕末の暗殺事件簿』が面白いと思うわ」


 俺と由衣は、言葉を失った。


「なんで、ですか! 戦国時代は学生時代みんなが通る、あこがれの歴史ですよ!」


 戦国時代、みんな憧れていたか?


「いいえ、幕末こそ女性が大好きな新選組とかが、登場するのよ。女子の方が少し多い、北川高校なら幕末受けの方が多いわ!」


 幕末受けって単語自体、初めて聞くんだが?


 俺と由衣は、京子と木葉さんが行う論戦を、ただただ見守っていた。


 しばらくすると、二人共落ち着いたのか、静かになった。


「な、なぁ。京子」


「何かしら?」


 論戦を繰り広げた後なのか、京子は俺のことを鋭い眼差しで見る。


「木葉さんと仲良くなったのか」


「仲良くなる? いいえ、ライバルよ」


「私も、あなたのことをライバルだと思っています!」


 二人の間で火花が散っているのが、想像つく。


「ねぇ、ねぇ。二人とも落ち着いてよ。何があったの?」


 由衣は、加熱しそうな二人が、再び論戦を行う前に仲裁に入った。


「あ、はい。すみません」


 木葉さんが、由衣に話しかけられて、元の状態に戻る。


「少し、疲れたわ」


 京子は、そう言うとカバンから水筒を取り出して、一口飲んだ。


「木葉さん。ポスター作り参加してくれたのか?」


 俺は、一度深呼吸をして、木葉さんに話しかける。


「は、はい。私、京子さんのことを……す、少し誤解していました」


 京子と論戦を繰り広げていた、木葉さんの姿は見る影もなかった。


「今日の昼休み、京子さんに呼ばれたんです。『ポスター作りを手伝ってほしい』と、頭を下げて頼まれました」


 京子が頭を下げた?


 京子の方を見ると、少し顔を赤くして、俺から顔を逸らす。


「わ、私。京子さんの熱意に負けたんです。こんなにも、本を愛している人なんて、世界中を探しても京子さんしかいません!」


 世界中ってのは、大げさなきがするが、この際は気にしない。


「木葉さんこそ、こんなに本を熱く語れる人なんだって、思わなかったわ」


 京子は、木葉さんの方を見て言う。


 どうやら、俺達が助け舟を出す必要はなかったみたいだ。


 俺達が助けることもなく、木葉さんは、京子に対する誤解は解けていた。


「そこまで、話せる仲になったのに、なんで言い合いになっているんだ?」


「わ、私。歴史物の本が大好きで、ポスターに載せるなら、歴史関係の本がいいって言ったのです」


「木葉さんが、ポスターに書くなら戦国時代が良いって言うのよ。明らかに、幕末の方が人気高いわよ」


「いいえ! 戦国時代こそ、日本を象徴する時代。数多の英雄が、この百年という短い時代の中で、活躍していた時代なんです!」


 京子と木葉は、再び論戦を繰り広げ始めた。


「由衣」


「なに?」


 由衣は、歴史が好きなのか分からないが、参考がてら何時代が好きかを聞いてみよう。


「由衣は、何時代が好きだ?」


「何時代が好き? えーと……平安時代? 源氏物語面白いよね!」


 全然違う時代が出て来た。


 結局、京子と木葉は落としどころを見つけることができなくて、膠着状態に入った。


 仕方なく俺は、日本史の英雄が一つの時代に生まれる小説である『ラグナロク』という小説をオススメしたら、それにするって話で決まった。


「俺が、紹介した本で良かったのだろうか」


 俺は、ぼそっと呟いたが、京子と木葉はポスター作りに専念していて、俺の声は届かなかった。

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