帰り道

 外に出ると、もう空は夕焼けの色に染まっていた。


「今日は楽しかったわ」


 俺達は、最初に待ち合わせした喫茶店の前にいる。


 京子の向かえがここに来るらしい。


「京子ちゃん、月曜日ね!」


「えぇ」


 俺達の前に一台の車が止まった。黒い車で、白いナンバープレートの高級車。京子が乗っていた車だ。


「なぁ、京子。最後に一つだけ聞きたいことがある」


「なに?」


「その車に乗っている、人は誰だ?」


 京子と合流した時、この車に乗っていた人は、京子のことを『お嬢様』と呼んでいた。


 その真相が気になったのだ。


「あぁ、この人は私の家に仕えている、お手伝いさんよ」


 京子が、車の窓を軽く叩くと、窓が開いていく。


「私の友達に、自己紹介してくれる?」


 京子は、そう言うと車の窓から離れた。


「京子お嬢様の、お手伝いをしております。和田と申します」


 いかにも、おじいちゃんって感じの人だ。すごく和やかなオーラを感じる。


「空太です」


「由衣です」


 俺達は、自分の名前を言っていく。


「空太、由衣。また、月曜日に会えるのを楽しみにしているわ」


 京子は、そう言うと車の中に入って行った。


「またね」


 車の窓が開き、京子は俺達に向けて手を振る。


「またな」


 俺達は、手を振り返した。


 京子を乗せた車は、そのまま真っ直ぐに進み、都会の町並みの中へ消えて行った。


「お手伝いさんだって」


 由衣は、驚いた様子で言う。


「由衣の家には、お手伝いさんいるか?」


「いない。ドラマや漫画の世界にしか存在しない職業かと思った」


「俺もだ」


 俺が考えているより、京子の家族はすごいかもしれない。


 しばらく、京子の乗せた車が向かった方向を眺める。


「俺達も帰るか」


「うん」


 俺は、由衣と共に駅へ向かった。




「由衣、今日ありがとな」


 駅に向かっている途中、俺は由衣にお礼を言った。


「お礼を言われるようなことしていないよ」


 由衣は、笑顔で答える。


「由衣が、いなければ京子が、元気になることなかった」


「大げさだよー!」


 由衣は、俺の肩を叩いて笑う。


 実際、俺が出来る事と言えば相談に乗れることぐらいだった。由衣みたいに楽しめることができたかと言うと、不安なところだ。


「今度、何かお礼をする」


「じゃあ、今立ち止まってよ」


「え?」


 今、『立ち止まって』って言ったか?


「もう一回言うね、立ち止まって」


 由衣は、笑顔で言った。


 由衣に言われた通り、立ち止まる。


「今日、空太くんに会った時から、ずっとやりたかったんだ」


 由衣は、そう言うと俺の視界からいなくなった。


 後ろに行ったのか?


 なんで、後ろに言った? っと聞く前に、その疑問は解消される。


「大好き」


 由衣は、そう言うと俺の背中から手を回して抱き着いた。


 今日は、肌寒くて、厚着をしている。しかし、厚着の服越しでも、わかるぐらい由衣の体は温かった。


「由衣、ここは外だぞ」


 人に、この現場を見られたら恥ずかしい。


「大丈夫。暗くなって、遠くからだとわかんないし、今は人がいないよ」


 周りを見ると、確かに人がいない。大通りから、外れた所を歩いているからか。


 由衣は、さらに腕に力を入れて、俺のことを強く抱きしめた。そして、俺の背中に顔を埋める。


「空太くん。良い匂い」


「由衣」


 恐らく由衣は、今日一日、自分の欲望を我慢してきたのだろう。


 俺は、由衣の行動に何も言うことができなかった。


「私ね、今日悔しかったんだ」


「悔しかった?」


 そんな悔しがる場面あったか?


「京子ちゃんの方が、空太くんの好物を知っていた」


 好物……チーズケーキのことか。


 確か、あの時の京子は、俺が注文する物を言う前に、『チーズケーキね』って注文する物を言い当てた。


「そんな、気にしなくていいよ」


 俺は、京子に自分の好物を話していた。知らなくても、気にすることじゃない。


「ダメだよ。私、空太くんの彼女になれて浮かれていた」


 由衣の言葉に力がこもる。


「由衣、そこまで」


「私、空太くんのこと、もっと知りたい」


 由衣は、俺の言葉に被せて、自分の想いを俺に言った。


「だから、京子ちゃんの問題が解決したら、この前約束した映画を見に行ったり、いろんなとこにデートしたり、二人だけの時間を作って行こう?」


 これが、由衣の本音。


 俺は、由衣の気持ちに答えることができるのだろうか。


 京子のことが、好きな気持ちを捨てることもできないでいる俺に。


「空太くんは、それだといや?」


「嫌じゃない」


 俺は、後ろから抱きしめてきている由衣の手に手を重ねた。


 なにを迷っているんだ。ラブレターを送り間違えた過去は、変えられないと覚悟して由衣と付き合うと決めたのは、俺自身じゃないか。


「俺も、由衣のことをたくさん知りたい」


 前に進んで行くしかないんだ。


 過去を振り返っちゃいけない。


「空太くん」


 由衣は、そう言うと甘える猫のように、俺の背中に顔をこすり付けた。


「なぁ、由衣」


 大切な話が終わったところで、俺は一つ疑問に思っていたことを聞こうと思った。


「なに?」


「なんで、背中から抱き着いたんだ?」


「私の顔を見られたくないから。今、誰にも見られてほしくないぐらい、顔赤いと思うよ」


「落ち着くまで、このままでいるか」


「うん」


 俺は、由衣が大丈夫だと言うまで、そのままの状態でいた。




 家に帰り、夕飯と風呂を済ませ、自分の部屋に戻る。


 一息ついたとこで、携帯の通知が鳴った。


『由衣:今日楽しかったね!』


 由衣が、俺と由衣、京子のグループに、メッセージを送って来ていた。


『京子:私も楽しかったわ』


『由衣:ポスター作り終わったら、お疲れ様会をしよ!』


『京子:えぇ、いいわよ』


 由衣は、よっぽど京子と遊べたのが楽しかったんだろう。ずっと、声をかけたいって言っていたからな。


 返事を見る限り、京子も楽しかったみたいだ。


 俺は、なんて送ろうか。


『空太:俺も、楽しかった』


 これぐらいしか、思いつかなかった。


 すると、由衣は今日撮った写真を、アプリの機能でアルバムとしてグループに投稿した。


『由衣:京子ちゃんと空太君も、このアルバムに写真を追加して!』


 俺、今日撮った写真あるか?


 携帯の写真フォルダを見てみるが、今日の日付に写真が一枚も見当たらなかった。


『空太:悪い。今日、俺写真を撮っていない』


『由衣:え、まじ?』


 そんな、驚く事か?


 え、もしかして、今の高校生って写真撮るの流行っている?


『京子:私、数枚撮っていたわ』


 京子も写真を撮っていたのか。


 どんな、写真を撮ったのか気になり、アルバムを開いて見てみる。


 三枚追加されていた。


「アライグマのぬいぐるみ……」


 三枚ともアライグマのぬいぐるみを撮った写真だった。


 京子、どんだけアライグマのぬいぐるみ、好きなんだよ。


『由衣:可愛いぬいぐるみだね!』


 由衣、良い人すぎる。


 なんか俺、泣けてきたよ。


『京子:親に呼ばれたから、返信できなくなるわ』


『由衣:りょうかい! また月曜日ね!』


『京子:えぇ、また月曜日に会いましょ』


『空太:またな』


 俺は、そうメッセージを送って、ベッドの上で横になった。


「先週までの俺だったら、考えられない日だったな」


 冷静に考えれば女子二人と街に出かけていた。


 先週の俺に、来週こんなことになるぞって教えても信じてもらえないだろう。


「今日は、もう寝よう」


 俺は、部屋の電気を消そうと、ベッドから立ち上がる。


 すると、携帯の通知音が部屋に鳴り響いた。


「なんだ?」


 グループでの、やり取りはさっき終わった。


 てことは、由衣からか。


「まだ、テンション舞い上がっているのか」


 俺は携帯を取り、メッセージを開いた。


『今日、その、一緒に遊んでくれてありがとね』


 俺は、一瞬呼吸をするのが忘れていたと思う。


 メッセージの送り主は、京子からだった。

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