喫茶店内にて

 喫茶店の中は、若い人が多いせいか賑やかな雰囲気だった。


 内装は、喫茶店らしく木をメインにした作りだな。


 鼻から呼吸すると、コーヒーの匂いもする。


「京子ちゃん! こっちに座ろ!」


 由衣は、窓際から少し離れた壁側の席を指さした。


「わかったわ」


 由衣の誘いに、京子は頷いてついていく。


 京子、この数日で由衣の距離感に慣れている。


 さすがの対応力だ。


「空太くんは、向かいの椅子に座ってね」


「あぁ」


 由衣と京子は、隣同士に座って、俺は由衣と向かい合う形に座った。


「お客様、ご注文は決まっておりますか?」


 喫茶店のスタッフが、俺達の座っている席に来た。


 白髭を整えた、初老の男性。紳士って言葉が似合う身だしなみをしている。


「京子ちゃん! 空太くん! 学生証出して!」


 由衣に言われるがまま、学生証を取り出す。


「私達、学生です!」


「かしこまりました」


 カフェのスタッフは、お辞儀すると何やら紙に書く。


「食べ物は、いかが致しますか?」


「決めてから頼みます」


「かしこまりました。コーヒーをお持ちするタイミングは、注文時に改めてお伺いさせて頂きます」


 スタッフは、お辞儀して下がって行った。


「由衣、何したんだ?」


「ここの喫茶店は、学生証を見せると、食べ物を一つ注文する条件で、コーヒーを一杯サービスしてくれるのよ!」


「まじか」


 喫茶店のコーヒーなんて、数百円もする高い飲み物だ。それが、無料だと?


 どおりで、俺達と同じらいの年齢か、少し年上の若い人が多いわけだ。


「ここの店は、赤字にならないのか?」


「むしろ儲けているわね」


 俺の疑問に京子が答える。


「儲けているのか?」


「えぇ、ここの店の主人が狙っているのは、学生が持っている情報拡散力よ。学生が、インターネットを使って、自分達の商品を写真撮って投稿する。そうすれば、その投稿を見て、また新たな人が店に来る。そうすれば、広告費でお金を使わずとも、自分の店にある飲み物や食べ物が無料で宣伝されるってことね」


「なるほど、考えられているな」


 てことは、この店で使われている宣伝費は、一人の学生につきコーヒーの一杯か。


 この店の主人は、若者の流行を上手く取り入れたんだな。頭が良さそうだ。


「情報拡散力? 広告費? 無料で宣伝?」


 由衣の方を見ると、単語をぼそぼそと呟いている。俺と京子の話を聞いて、由衣の頭は、ショート寸前らしい。


「由衣は、難しく考えなくていいわよ。この店の物を美味しく頂きましょ」


「う、うん!」


 由衣は、我を取り戻して、京子の言葉に頷いた。


「さっそく、メニューに何があるか見てみるか」


「私達にも見せて!」


 俺は由衣と京子にも見えるように、メニューを置いて開く。


 食べ物の値段は、安い物で二百円からだ。学生を意識した値段設定にされているな。


「なに食べようかなー」


 由衣は、嬉しそうにメニューを眺める。


「空太は、なに食べるの?」


「そうだな」


 メニューを見ていると、チーズケーキが目に入った。


 俺が知っている食べ物の中で、一番と言ってもいいほどの好物がある。


「決めた。俺は」


「チーズケーキね」


 俺が言う前に、京子が注文しようとした物を当ててきた。


「え? 京子ちゃん、なんで知っているの?」


 由衣は、驚いた表情をして京子に聞く。


「前、図書委員の当番をしている時に、言っていたのを思い出したわ」


「そういえば、言っていたな」


 確か、数ヶ月前に言った記憶がある。


 京子、覚えていたのか。


「そうなんだ。空太君は、チーズケーキが好きなんだ」


 由衣は、落ち込んだ様子で話す。


 なんで、落ち込む必要があるんだ?


「由衣は、なにを頼むの?」


「あ、私はアイスクリームにする! 味はバニラ味!」


 由衣は、京子の問いを聞いて、いつもの口調で答えた。


「京子は、なにを頼むんだ?」


「私は、ワッフルを頼もうかしら」


「ワッフル、おしゃれ」


 由衣は、京子の注文を聞いて驚いたのか、片言になった。


 ワッフルがおしゃれなのか?


 由衣の中にある基準が、よくわからない。


「みんな、注文内容が決まったみたいだから、店員さん呼んでいいかしら?」


「あぁ、大丈夫だぞ」


「うん!」


 京子は、俺と由衣の返事を聞き、注文のベルを押す。


 少し待つと、スタッフがやってきた。


「ご注文は、お決まりでしょうか」


「えぇ、注文は———」


 京子が、注文内容をスタッフに伝える。


「かしこまりました。コーヒーをお持ちするタイミングは、食事と一緒に致しますか? 食後に致しますか?」


「みんな、どっちがいいかしら?」


 京子が、俺達の方を見る。


「私、食事と一緒がいい!」


「俺は、どっちでも構わんぞ」


「では、食事と一緒で」


「かしこまりました」


 スタッフは、お辞儀をすると、その場を立ち去った。


「京子ちゃんって、もしかして喫茶店とか行き慣れているの?」


「私、あまりこういう店には、食べに行かないわ」


「え? そうなの!? 注文の仕方とか、振る舞い方が行き慣れている人だよ!」


「ふふ、昔ね親から、いろいろマナーを叩きこまれたのよ」


 注文のマナーなんて、教えられたことないぞ。


「マナーとか教えられて、いいなー。私、食べる時に『いただきます』と、食べ終わった時に『ごちそうさま』の二つしか、教えてもらってないよ」


 俺も、その二つしか教えてもらってない。


「その二つが出来ていれば、十分よ」


「京子ちゃん! 今度、マナーとか教えて!」


 由衣は、京子の腕を掴んで頼んだ。


「私に?」


 京子は、一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに表情は元に戻った。


「いいわよ。ちょっと、厳しくなるけどいいかしら?」


 京子は、真剣な目つきになった。


「え?」


 由衣は、目を丸くした。


 由衣的には、遊び感覚で教えてもらおうとしていたんだろう。


 しかし、京子の表情は教育者って感じの表情をしていた。俺からでもわかる、京子はスパルタ教育並みに指導するつもりだ。


「う、うん! い、いいよ!」


 ここまで、頼んどいて由衣は、断る選択肢が出せなかったんだろう。


 京子に、マナーの指導を頼んだ。


 由衣、ご愁傷様。俺は、話の輪に入らなくて良かったと安心する。


「わかったわ。空太も、もちろん来るわよね」


 京子は、俺に軽い笑みを見せて言う。


「え?」


 恐らく俺は、豆鉄砲を喰らったような顔をしているだろう。


「空太くんも一緒に、京子ちゃんからマナーを受けようね!」


 俺は、由衣のとばっちり受けた。

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