京子の影

 次の日も、昨日と同じで放課後に入ったら、由衣と図書室でポスター作りを始めた。


「あ、京子ちゃんだ」


 図書室に入ると、由衣が京子のことを見つける。


 京子もペアと一緒に、ポスター作りをしているみたいだ。


「ねぇ、ね。前言った約束」


 由衣が、俺の背中を軽く叩きながら言う。


 前言った約束、京子と話したい由衣のことをアシストすることか。


「わかった。荷物を置いてから話そう」


「うん!」


 由衣とポスター作りをするスペースを確保してから、京子の元へ向かう。


「京子、おはよう」


「おは……って、空太、今はこんばんはでしょ」


 一瞬、俺の言葉につられかけた京子が、俺の方を見る。


「京子の所は、今日からポスター作りか」


「まぁ、そうね」


 京子とペアである女性のことを見る。


 赤い縁の眼鏡に、長い黒髪を大きく二つに分けて三つ編みした女性だ。


 いかにも、文学少女って感じの見た目をしている。


「初めまして、二年一組の黒川空太です」


「ひ……初めまして、二年二組の佐藤木葉です」


 三つ編みの女性は小さく悲鳴をあげた。


 人見知りか?


「空太君の隣にいるのは、桜川由衣さん?」


 由衣は、京子に名前を呼ばれて目を輝かせた。


「うん! うん! 由衣です! 呼び捨てで呼んでね!」


 由衣が、京子の手を両手で握る。


「ゆ……由衣さんね。初めまして」


 いきなり近い距離感で接しられたせいか、京子は由衣に押され気味だ。あんな、戸惑っている京子を見るのは、初めてな気がする。


 いつも俺のことをいじってくる京子が、由衣の行動に翻弄されている。


「由衣は、京子と話したかったらしい」


「私と?」


「ずっと話したかったんです!」


 由衣のテンションが舞い上がっている。よっぽど、京子と話したかったんだな。


「そ、そうなのね」


 京子は、こんなに詰めよられたことがないんだろう。由衣の行動に対処できてない。


「あの、良かったら、隣でポスター作りしても良いですか?」


「え、えぇ」


 京子は、由衣に言われるがまま許可をする。


「由衣。俺達、場所をとったばっかりだぞ?」


「いいの! いいの! 気にしない! 空太、移動しよ!」


 俺も、引っ張られるまま由衣と荷物を移動させる。


「由衣、京子達の作業を邪魔するなよ?」


「うん。約束する!」


 由衣は、そう言うと京子の隣に座った。


 大丈夫なのだろうか。


 俺の心配は、杞憂に終わった。由衣は、コミュ力が高い。こういう場数を踏んでいるのか、ちゃんと京子の邪魔にならないように、距離感を保って話していた。


「空太と由衣さんは、漫画かライトノベルのどっちかにするのね」


 京子は、俺と由衣の話を聞いてから、話してきた。


「京子ちゃん。由衣って呼んで」


 由衣は、京子の目を見て話す。


「ゆ……い」


 京子は、自分のペースを乱されているんだろう。顔を赤くして、由衣の名前を呼び捨てで、呼んだ。


「うん!」


 由衣は、ずっと話したかった京子に、呼び捨てで呼ばれたことに笑顔で頷く。


「京子のとこは、何を紹介するんだ?」


 俺達の話は進んできているが、京子達からは会話という会話を聞いていない気がする。


「それは……」


 京子の返事も歯切れが悪い。


「ひ……ごめんなさい」


 京子とペアである木葉は、怯えながら謝る。


 人見知りの怯え方じゃない?


 俺は、ここで木葉が人見知りで、そんな話し方になっている訳じゃないことに気づいた。


「木葉さんは、なんでそんなに怯えているんだ?」


「そ……その」


 京子が、下を向いて言いづらそうにする。


「ご……ごめんなさい! 私帰ります!」


「え?」


 木葉さんは、そう言うと荷物をまとめて、図書室を出て行った。


 あまりの出来事に由衣と俺は顔を合わせる。


「京子。あの怯え方、普通じゃなかったぞ。木葉さんになにかしたのか?」


「な……なにもしてないわ」


 京子の表情が暗かった。


 俺は、春から京子と同じ図書委員になって、京子から、自分のクラスについての話題を聞いたことがないのに気づいた。


「もしかして、京子。クラスでなにかあったのか?」


「……」


 京子は、黙り込んでしまう。


 俺は、由衣に『知っているか?』って意味で、由衣の方を見る。


 由衣も、俺が由衣の方を見た意味に気づいたらしい。しかし、由衣は知らないらしく首を横に振った。


「私も帰るわ」


 京子は、そう言うと、荷物を持って立ち上がる。


「京子、待てよ」


 俺は、京子の名前を呼んで止めようとする。しかし、京子は気にせずポスターを片付けて出て行ってしまった。


「京子ちゃん」


 由衣は、京子が出て行った扉の方を見て、心配そうな声を出した。




 俺と由衣は、京子が出て行った後、作業が進まず帰ることになった。


「京子ちゃん。クラスで、何があったんだろう」


 帰り道、由衣が心配そうな声で呟く。


「俺も全く気付かなかった」


 春から毎週火曜日の昼休み、一緒に図書当番をしているが、全然そんな悩んでいるとかの素振りすら見せなかった。


「由衣は、二組に知り合いとかいないのか?」


 俺の問いかけに、由衣は首を横に振る。


「私、二組に知り合いがいないの。ごめんね」


「謝ることないさ」


 俺は、もえ先生が、クラスの人とペアになってポスター作りをするって言った時のことを思い出した。


 あの時、確か京子、なんか様子がおかしかったな。


「春から、毎週図書当番で顔を合わせていたのに、なんで気づかなかったんだ」


「空太くん」


 ずっと一目ぼれしていた人と、同じ図書委員になって、同じ当番になったことで、浮かれていた自分に腹が立った。


 浮かれていた自分の横で、京子はクラスで問題を抱えていたんだ。


「空太くん。ポスター作りっていつまでなの?」


 京子は、俺の服の袖を引っ張って聞いてくる。


「今月の終わりまでだから、後二週間ぐらいかな」


「それまでに、京子ちゃんのポスター作りと悩みを解決させよ!」


 由衣の表情は、真剣だった。


「そうだな」


 俺は頷いて、由衣と京子のポスター作りと悩みを解決することを決意した。


「空太、それで一つ相談があるの」


「相談?」


 由衣は、俺の耳元で自分が考えた問題を解決させる方法を囁いた。




 次の日。図書室に行くと、京子が一人で座ってポスター作りの作業をしていた。


 まだ、放課後に入ったばかりなのか、金曜日で早く帰ったのかわからないが、図書室には京子以外の図書委員はいなかった。


 まぁ、締め切りは二週間後だから余裕あるしな。今日は、みんな帰って休むんだろ。


「京子ちゃん! こんばんは!」


 由衣は、昨日のことを気にしない様子で話しかける。


「由衣……さん」


「由衣って呼んで!」


「由衣」


 京子は、ぼそっと由衣の名前を呼んだ。


「京子、今日は木葉さんいないのか?」


「木葉さんは、ポスター作りに参加しないわ。私だけで、ポスターを作ることにしたの」


 おそらく、昨日の木葉さんの反応を見て、誘うのが怖くなったのだろう。


「京子、クラスで」


「ねぇ、京子ちゃん! 明日って暇だったりする!?」


 俺が京子に話そうとしたら、由衣は京子に背後から抱き着いた。


「あ、明日?」


「うん! 明日!」


 京子は、俺に目線を向ける。


 表情を見る限り、怒っている訳じゃなくて、困っている様子だ。


 俺は、優しく笑って首を横に振る。


「ねぇ、空いている?」


 京子は、一瞬動きを止めたが、息を吐いた。


 その表情は、断る道はないと悟ったように見える。


「空いているわ」


「やったー!」


 由衣は、京子のことを、さらに強く抱きしめた。


「由衣さ……由衣。その、胸が当たっているわ。強く抱きしめすぎよ」


 京子は、困ったような声をあげる。


「大丈夫! 女の子同士、なんだから気にしない!」


 俺の目が、やり場に困っているんだけど。


 直視しては、いけないようなやり取りを見ている気がする。


「空太、なに見ているの? 見世物じゃないわ」


 京子に冷えた目で見られた。


 あなた、さっきまで、テンションだだ下がりしていましたよね? 由衣の元気を貰って、京子も元気が出たみたいだった。由衣のパワー恐るべし。


 俺は、京子と由衣に背中を向け、視界に入らないようにする。


「京子ちゃん!」


「由衣。ここは、図書室なのよ。図書室で抱きつかないの。人に見られたら、どうするの?」


「どうもしなーい! 京子ちゃん良い匂い!」


 うん。話だけ聞いていれば、想像力が豊かな人だと、鼻血が出る展開を想像しそうだ。


 俺は、自分が健全な男に育って良かったと思っているぞ。なんも、やましい気持ちにならない。


 いや、想像力が豊かな人って考えている時点で、俺は健全な男子ではないかもしれない。危ない一瞬妄想しかけた。


『土曜日、映画を見に行く日を別の日にして、京子ちゃんと三人で遊ぶ日にしよ』


 昨日、由衣が帰り道の途中で、俺に提案した内容を思い出した。


 由衣は、京子を遊びに誘って、気分転換をさせようと考えたのだ。


 由衣らしい、解決方法だと思う。そう考えると、俺だけでは思いつかなかった解決方法で、由衣がいなければ思いつかなかった解決方法だ。


「空太くん! 明日よろしくね!」


 背後から由衣に呼びかけられる。


「由衣。空太も明日来るの?」


 京子が、驚いた声を出したように聞こえた。


「いない方が良いなら、俺は明日行かなくても大丈夫だぞ」


「……いいえ。来てほしいわ」


 一瞬心臓が引き締まる思いがした。


 はは、京子に送るラブレターを由衣に送り間違えたのは自分の過ちだ。だから、好きな気持ちを断ち切ったつもりだったが、俺はまだ京子のことがまだ好きらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る