二人での放課後

「由衣さんって、前に図書室来ていた子?」


 京子が、俺の方を見て首を傾げながら聞く。


「あぁ。そうだよ」


「ポスター作りをしていい時間は、昼休みと放課後です! 作業場所は、この図書室で!」


 もえ先生が、ポスター作りのルールを説明していく。


 話を聞いている内に一つ疑問が思い浮かんだ。


「もえ先生、一つ質問いいか?」


「はい! なんでしょう空太さん!」


「俺達は良いけど、ここに書いてあるペアの人には、協力してくれるか聞いたか?」


 このポスター作りの話、由衣から一言も聞いたことなかった。


「ふふふ、そこは安心してください。私は、図書委員の予算を使って、こんな物を用意しちゃいました! じゃじゃん!」


 由衣先生は、カードを何枚か取り出した。


「これは?」


 京子が首を傾げる。


「これは、五百円分の図書カードです!」


 せ、せこい!


 もえ先生、生徒にイベントを協力してもらえるよう、図書カードで買収するつもりだ。


「ふふふ。このリストに書いている生徒達は、普段から本を読むぐらい読書好きな生徒です。図書委員のイベントに協力すると、報酬として図書カードが出ることを知ったら、力を貸してくれるのは間違いないのです! 完璧な計画だとは、思いませんか!?」


 もえ先生。それを世間では、賄賂って言うんですよ。


 俺は、汚職が生まれる瞬間を目撃した。


「声掛けは、図書委員の人達からお願いします」


「わ……から……」


 京子が、ぼそっと喋ったような気がした。なにを言ったか、聞き取れない。


「京子、なにか言ったか?」


「なにも言ってないわ」


 京子は、即答で返事をする。


 今の声は、聴き間違えだったのか?


「もえからの説明は以上です! 質問はありますか?」


「もえ先生。私からも、いいかしら?」


 京子は手をあげて、もえ先生の方を見る。


「はい! 京子さん! なんでしょう!?」


「勧める本は、図書室にあるやつかしら? それとも、自分で読んだ本からでも、いいかしら?」


 それは、俺も気になっていた所だ。それで、選ぶ作品の幅が異なってくる。


「それは、個人にお任せします! もし、図書室にない本だったら、学校から図書室に降りてくる予算で、ポスターに書かれた本を購入します!」


「おおおおおー」


 図書委員の人達は、感心しているような声を出した。


 選ぶ本は、なんでもいいてことだな。由衣も、困る事はなさそうだ。


「他に質問ある方はいますか!?」


「先生―?」


 図書委員の一人が手をあげた。


「はい! なんでしょう!?」


「僕達は、いつお弁当を食べればいいですか?」


「あぁー!? ごめんなさい! 皆さん食べて良いですよー!」


 もえ先生は、慌てて謝った。




 六限が終わり、掃除の時間。


「ふわぁー。よく寝たー」


 昨日に引き続き、由衣は欠伸をしながら言う。


 朝あんなに緊張していたから、午後になって疲れが出たのか?


「由衣、体とか痛くならないのか?」


 俺は、ほうきで床を掃きながら聞く。


「うん。大丈夫だよ。この通り!」


 由衣の方を見ると、腕を回してみせる。


 平常運転時の由衣を見ると、なんだか心が落ち着く。


「なぁ、由衣」


「ん、なにー?」


「話したいことがあるけど、放課後少しいいか?」


「話……」


 由衣の表情が曇る。


 なにか、まずいこと言ったか?


「大丈夫か?」


「う、うん」


 その後、黙々と掃除をして、自分達が任された所を終えた。


 放課後に入り教室で、荷物をまとめる。


 隣を見ると、由衣も荷物をまとめていたが、表情はどこか影があるように見える。


「なぁ。由衣」


「な、なに?」


 由衣は、なにか覚悟を決めたような表情でこちらを見た。


「今日、もえ先生に頼まれたことがあるんだけど」


「へ?」


 由衣の顔が、きょとんとした顔になった。


「実は———」


 俺は、今日の図書委員で話された内容を、そのまま由衣に話す。


 今度、図書委員でイベントをすること、由衣がクラスの中で一番本の貸し出し数が多くて、クラス代表に選ばれたこと。おまけに、図書カードを渡されることも。


「う、うん! 図書カード貰えなくても出るよ!」


 由衣は、快く話を受け入れてくれた。


「作るなら、早めに終わらせた方がいいな。近い日で、空いている日あるか?」


「明日の放課後でもいいよ!」


「わかった。明日の放課後にしよう」


「うん! よろしくね!」


 由衣の表情は、明るくなっていた。


「話を聞いてくれてありがとうな」


 俺は、カバンを持って立ち上がる。


「そ、空太」


 由衣が、俺の名前を呼んだ。


「どうした?」


「そ、その」


 由衣は、顔を赤くして自分の指を落ち着かない様子で触っている。


「い」


「い?」


「一緒に帰りたい」


 この時、由衣が見せた表情は、顔が赤く、目はうるんでおり、心臓の鼓動が高まるほど、女性の表情をしていた。




 男性は、女性が見せる特別な表情に心を奪われることがあると聞いたことがある。


 そんな表情は、ある訳ない。表情なんて、普段見せる表情以外になにがあるんだと、前までは思っていた。


 しかし、あの時由衣が見せた表情は、今までの由衣からは想像がつかない表情だった。


「き、緊張するね」


「あ、あぁ」


 いけない、さっき由衣が見せた表情のことを思い出していた。


 放課後、由衣と図書委員がやるイベントの話をしていたせいか、帰り道に同じ高校の生徒らしき姿は見当たらなかった。


 帰宅部組は、もう高校から出て行ったのだろう。高校に残っているのは、部活動がある生徒ぐらいだ。


「由衣は、高校までどうやって来ている?」


 黙っていると、また放課後に由衣が見せた表情を思い出してしまいそうだ。由衣と話して、少しでも思考を別なことに集中させよう。


「電車だよ。空太は?」


「俺は、家から歩いて来ているよ」


「電車使ってないんだ! てことは、家近いの?」


「徒歩、二十分ぐらいかな。近いとは言えないかな」


「ちょっと、歩くんだねー」


 由衣は話してくれるが、表情が強張っていた。緊張しているのか。


 俺達は、恋人同士なんだ。そう認識すると、自分も緊張してきた。


「な、なぁ。一つ気になったことがあるけど、聞いて良いか?」


「う、うん」


 由衣の頬が、少し赤く染まる。


「掃除の時間、俺から『話したいことがある』って言った時、表情が暗くなった気がする。なにか、気に障ること言っちゃったか?」


「あ、それは違うの」


 由衣の表情に戸惑いを感じた。


「違う?」


「その、私嫌われたかと思った」


「俺が、由衣を嫌いになったと思ったのか?」


「うん」


 なんで、俺が由衣を嫌いにならなきゃいけないんだ。


「ほら、私。女の子らしい性格してないでしょ。男勝りに元気に接しているし、なんなら大人しい男子より元気かも」


 確かに、由衣は元気がいい。だけど、なんで、それがデメリットになるんだ?


「空太も、もっと女の子らしい人が好きなのかなって思って、ほら同じ図書当番の京子ちゃんみたいな子とか」


 由衣と付き合う前だったら、自分の好みは、そうだったかもしれない。京子が好きになったのも、本を読んでいる姿が美しかったからだ。


「由衣は、そのままでいてほしいと思っている」


 だけど、それは京子の場合だ。由衣は、いつもみたいに元気に話して、明るい性格で振舞っている姿が一番似合う。


「え?」


 由衣は、目を丸くして俺の方を見る。


「そ、そのなんだ。由衣は、その元気な性格が良いと思っている。元気で、周りを明るくさせているとこが、由衣の魅力的なとこだと思う」


 由衣は、その言葉を聞いて、さらに顔を赤くさせた。

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