葛藤

 ラブレターを送る相手を間違えた。こんな間違いを犯した人は、世界を探しても俺しかいないだろう。


『ラブレターを送る相手を間違えた。ごめん』


 こんなセリフは、口が裂けても言えなかった。


由衣ゆい……泣いているのか?」


 由衣の目から涙が流れている。


「あ、あれ。本当だ」


 由衣は、自分で目を拭って、涙が出ているのを確認した。


 由衣の表情を見て俺は、もう後戻りができないことを悟った。


「私……今日は帰るね!」


 由衣は、走って教室から出て行く。


 教室の中には、俺だけが取り残されていた。




 帰り道、俺は何も考えられず、放心状態のまま家まで帰った。そのまま、二階に上がり自分の部屋の中に入って、ベッドに倒れる。


「どうすればいいんだ」


 誰かに、アドバイスを求めても対処できない問題だと思う。


 仮に、ネットで相談したと考えてみる。


『急募、ラブレターを送り間違えて、付き合うことになった。どうすればいいですか?』


『返信は来ていません』


 こうなるだろう。


「由衣のことは、傷つけたくない」


 由衣は、こんな俺でも優しく接してくれた。


 俺の告白に、涙を流してまで、喜んでくれた由衣。


「心の整理がつかない」


 カバンから水筒を取り出して、お茶を飲む。


 携帯の通知音が鳴った。


「由衣からだ」


 由衣からメッセージが届いていた。


『付き合えて嬉しい、よろしくね』


 由衣が、笑顔でメッセージを打っている姿が頭に思い浮かべた。


 あの時、悟った後戻りができないという感覚に再び襲われる。


『よろしく』


 違うって言えなかった。


『俺、由衣に連絡先、教えていたっけ?』


 腹をくくろう。今は、会話に集中して、由衣に不信感を与えないようにするべきだ。


 引きずって後悔しても、もう時は戻せない。


 俺は、自分に強く言い聞かせた。


『クラスのグループから、追加しちゃった。勝手に追加してごめん。嫌だった?』


 いつもの由衣なら、『勝手に追加したよー!』って言うと思っていた。


 もしかして、これが素の由衣なのか?


『嫌じゃない。あの時、俺が連絡先交換しようって言えなかったのが悪い』


『そんなことないよ! 私、落ち着きたくて教室から、すぐ出て行っちゃったし』


『改めて、よろしく』


『うん。よろしく』


 メッセージのやり取りは、ここで終わった。


 その後、飯を食べて風呂に入り、寝る支度を済ませる。


「由衣から、メッセージが届いている」


 携帯を開くと、三十分前に由衣からメッセージが来ていた。ちょうど、風呂に入っていた時間帯だ。


『明日の時間割おしえてー!』


 いつも話している由衣の口調で、メッセージが来た。


 俺は、時間割を書かれたプリントを、写真で撮って送った。


『ありがとー!』


『プリント無くしたのか?』


『ま、まあね!』


 そこは、胸張って言うとこじゃないだろう。


『由衣は、今なにしていた?』


『前借りていた漫画、彼女が死んだとき、雨が降っていた、その映画版を見ていた!』


『ヒロインが、交通事故にあうシーンとか、悲しくなるよな』


『私、そのシーン見て泣いちゃったよ』


『俺も泣いたな』


『ねぇねぇ』


『なんだ?』


『今週末さ、映画見に行こうよ』


 そのメッセージを見て、俺は手が止まる。


 本当にこれでいいのだろうか。


 ごめん、本当は


 ここまで入力したところで、手が止まってしまった。


「告白する女性を、間違えたなんて言えない」


 あの時、床じゃなくて真っ直ぐ相手のことを見ていたら。あの時、焦らずに靴箱をしっかり確認して入れば。


 後悔の念が押し寄せる。


『行くか』


 結局、途中まで入力したメッセージを消して、映画行く約束をした。

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