大きな過ち
六限にある日本史は、先生が出張中のため自習となっていた。
「私語厳禁だからなー」
日本史の先生がいない代わり、体育教師の先生が椅子に座り、俺達を監視している。
だけど、注意しているのは話し声らしく、先生は慣れない手つきで、自分で持って来たパソコンを操作している。授業に使う資料作りだろうか?
視界は、こっちに向いていないなら、今のうちにラブレターを書こう。
「すー、すー」
隣から、寝息が聞こえたので、横を向くと
隣からも見られていない。状況は完璧だ。
早速、シャーペンを持って手紙を書き始める。
『俺は』
ふと手が止まった。
俺は、このラブレターで何を伝えたいんだ。
俺の場合は、告白とかではない。いきなり踏み込まないで、どこが好きであることを伝えよう。具体的にどこが好きかを書いてみるか。
『俺は、あなたと話すとき、自分を表に出して話せていました。自分は、女子に免疫があるわけでもないので、最初は他人行儀に見えたかもしれません。しかし』
なんか、回りくどいな。こんな、だらだらと書きたくない。
一度全部消して、書き直す。その後、何度も何度も書き直しては、消すという行動を繰り返した。
気付けば、時間は三十分以上経っていた。
『俺は、あなたが好きになったところは、三つありました。一つ目は、優しいところ。二つ目は、話していて楽しいところ。三つ目は、素直なところ』
シンプルだけど、これでいいだろう。あんまり長すぎる分だと、実際に読まれた時、相手を疲れさせてしまう。
伝えたい内容は、短くシンプルに、これが良い。
待て、書いたのは良いが、これどうすればいいんだ?
「シュークリームー」
俺が真剣に考えている間、隣の席で寝ている由衣は、デザートを食べている夢を見ているようだ。
由衣が見ている夢のことは気にしなくて良い。書いたラブレターをどうするかが、大事だ。
今日の放課後、靴箱に入れよう。明日に回してしまうと、このラブレターを書いた感情の熱は冷めてしまい、恥ずかしさで渡さないで終わるだろう。それなら、このまま勢いで靴箱に入れて、文字以外のことは言葉で伝えよう。
『今日の放課後。午後五時に二年一組で待っています』
俺は、最後に一文を加えた。
ラブレターを渡す。そう覚悟した瞬間、俺は一気に緊張感が走った。
六限の授業が終わり、掃除の時間が始まった。
俺と由衣を含む班は、二年一組の前にある廊下と、その隣にある階段の掃除が担当になっている。
「ふわー。良く寝たー」
廊下でほうきを掃いていると、隣で由衣は大きく欠伸をして、背筋を伸ばしていた。
「掃除の時間だぞ」
「ちょっと、まだ頭がぼーっとする。少し待ってー」
どんだけ、寝ていたんだよ。
俺は、集まったゴミをちりとりにまとめる。
「よし!」
声がしたので、由衣の方を向くと、自分の頬を両手で叩いたとこだった。
「なに手伝ったら良い!?」
いつも通りのテンションになった由衣は、俺の方を見て聞く。
「もう、終わったぞ」
「へ?」
気負いを入れた由衣の顔は、一気に間の抜けた顔変わった。
掃除を終えた俺達は、荷物をまとめて帰りの支度をする。
時間を見ると、午後四時半になるとこだ。後三十分もすれば、教室は無人になるだろう。
「今の内、入れに行こう」
俺は、カバンを持って靴箱に行く。
靴箱がある玄関に行くと、足が止まってしまった。普段なんてことない玄関の前に、大きな壁があるように感じる。
怖い。
恐怖心が襲ってきた。拒絶されたらどうしよう。そんな、不安に襲われる。
「ここは、深呼吸だ」
息を大きく吸いこんで、深呼吸する。
「よし」
俺は、カバンからラブレターを取り出した。
「ねぇ、ねぇ帰りプリクラ撮りに行こう」
「それ、いいじゃん!」
やばい、誰か来た!
慌てて、靴箱に駆け寄る。
「確か、京子の二年二組での番号は、十三番」
隣の席に座っている由衣と同じ番号って、記憶したから間違いない。
俺は、十三と書かれた靴箱を開けて、ラブレターを入れる。
「よし、後は教室に戻ろう」
俺は、心を落ち着かせながら自分の教室に戻った。
「よし、誰もいないな」
俺の予想通り二年一組の教室内は無人だった。
時刻は、四時四十五分。
「あと、十五分で俺は、京子に思いを伝える」
今思い返しても、普段の俺ならしない行動すぎて、自分でも動揺している。
「京子が、モテるからだめなんだ」
京子がモテなかったら、俺はこんな行動にとらなくて済んだ。
「いや、人のせいにしすぎだ」
自分の行動を人のせいにしたらいけない。とりあえず、落ち着こう。まだ、時間は十五分もある……。
「四時五十分だと?」
もう教室内に入ってから、五分も経ったのか。神様、時間を進めるの早すぎる。
「今から、手紙を戻しに行くべきか」
いや、もう手遅れだ。
時刻は四時五十分を過ぎている。とっくに、京子は手紙を読んでいるところだろう。
教室内を歩き回っている内に、時刻は四時五十五分を迎えていた。
「もうすぐで、京子が来る時間だ」
焦っていると時間が進むのが早い。もう、あと五分で京子が来る。
緊張してきて、心拍数も上がって来た。
「そうだ。外の景色を見よう」
教室から、外の景色を眺める。校庭に埋められている木々が、赤く染まって紅葉を始めているのが確認できた。
「もう、秋か……」
だめだ、落ち着かない。ゆっくりと、外の景色を楽しめる余裕がなかった。
ふと、曇りガラスの方を見ると、誰かが歩いて来ているのを確認できた。
「来た!」
これから、俺は京子に思いを告げる。そう考えるだけで、心臓が破裂しそうなぐらい鼓動が高まっていた。
直視できない。
そう思った俺は、視線を下に向けた。
心の中の感情と葛藤をしていると、教室の扉が開く音が聞こえた。
扉が閉まる音が聞こえた。教室内は、静寂に包まれている。
「来てくれてありがとう。手紙を読んでくれた?」
京子の方を向くことができない。俺は、なんて情けないんだ。
「うん」
返事が遠く感じる。緊張しすぎて、聴覚がおかしくなっているのか?
「その手紙に書いてあるのは、全て事実だ」
いや、こんな些細な問題。気にしている場合じゃない。思いを告げることに集中しよう。
「ずっと、言えなかったけど、俺は……」
言葉が詰まる。喉が乾いているのを感じた。
ここまで来た。最後まで言うんだ俺!
「俺は、好きなんだ!」
言ってしまった。大きな壁を乗り越えた気がする。
「好き……」
耳を澄ませば聞こえるぐらいの小さな言葉で言われた。
「私も好きだよ」
心が、優しく包まれて、軽くなったように感じた。
京子が、好きって言ってくれた。
「俺と付き合ってくれますか?」
自然と、その言葉が出て来る。
「はい」
心が舞い上がりそうだった。こんなにも、嬉しい気持ちになるのか。
今なら、顔をあげられる。
「よろしく、おねがい」
ここまで言って、言葉を失ってしまった。
俺は、いつも大事な所でミスをしてしまう。
『京子の番号は、由衣と同じ』
俺は、そう覚えていて、十三番の靴箱を開けて、ラブレターを入れた。
あの時の俺は、人が来るのに気づいて、緊張感からか慌てて向かった場所は、『いつも行き慣れている靴箱』に行ってしまっていた。
その靴箱は、いつも俺が使っている靴箱……二年一組の靴箱だ。
「
北川高校の制服である、灰色のブレザーに紺色のスカート、赤いネクタイまでは一緒だった。
しかし、目の前にいたのは、京子じゃない。
明るめな茶髪と、肩までかかるぐらい少し長めな髪。制服を少し着崩し、目立ち過ぎないアクセサリーを腕などに付けてある。
この特徴の女子とは、つい三十分前まで一緒に話していた。
俺と同じクラスで、隣の席に座っている桜川由衣だ。
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