昼休みの図書委員

 休み明けの授業は、最初こそ頑張るぞって生き込んではいるが、途中で面倒くさくなって時計ばっかり見るようになる。


「やっと昼休みだ」


 四限目の授業は終わりを迎えて、昼休みに入る。


 よし、いつものように図書室に行って、人が来る前に弁当を食べるか。


 カバンから、弁当と水筒を取り出して立ち上がる。


空太そうたくん、今日図書当番?」


 立ち上がった俺に気づいたのか、教科書を片付けていた由衣ゆいに話しかけられた。


「今日は火曜日だからな。図書当番の日だ」


「じゃあ、後で本返しに行くね」


 由衣は、そう言って一冊の漫画を取り出した。題名は、『彼女が死んだ時、雨が降っていた』、確かドラマ化と映画化もしたベストセラー作品だ。


「図書室は、平日ならいつでもやっているぞ」


 由衣は、いつも俺が当番日である火曜日に、本を返しにくる。


「ちょうど一週間が、私の読み終わる時間なの」


「そうか」


 俺は、一言そう言うと、水筒と弁当を持って図書室に向かった。


 図書室は、二年の教室と同じ三階であり、別棟と呼ばれる教室棟の反対にある建物にある。別棟に行くには、渡り廊下を通れば行ける。


 図書室に入ると誰もいなかった。図書委員の顧問である、佐藤もえ先生もいないのか。もえ先生の行方は、図書室の受付にかけられている立て札を見ればわかる。


『もえ先生は、外出中。てへっ』


 最後の三文字はスルーすることにして、なるほど、外出中なのか。それにしても、いつも先に来ている京子も来てない。


「こんな日もあるか」


 俺は、受付の席に座った。受付台には、もえ先生が整理途中で置いたのか、何冊かの本が置かれている。


「何か作業していたかもしれないし、このままにしとくか」


 今頃みんな、お弁当を食べている時間だろう。俺もさっさと食べちゃうか。


 受付の後ろにある机の上に、水筒を置き、お弁当を開ける。


「昨日の残りである煮物と冷凍食品。そして、空いているスペースにはミニトマト。いつも通りの弁当だ」


 煮物を一口食べる。美味い。なんなら、昨日より美味いぞ。


 お弁当箱という、箱に食材が詰められると、冷えていても味が美味しく感じるのは、なぜだろう。


「これは、全国共通の七不思議にしてもいいかもな」


「何を七不思議にするつもり?」


「うわ!?」


 突然、話しかけられてびっくりした。


「しー。ここ図書室よ」


 横を向くと、黒い長髪に整った顔。その顔は、ピアノの奏者が似合うような美人な顔つきをしている。制服は、一切着崩しもしていない。


「京子。いつの間に、図書室入って来ていた?」


 相良京子さがらきょうこ。隣のクラスである二年二組にいて、俺と同じ図書委員の一人。そして、俺が好きな人だ。


「今入って来たのよ。隣にある机借りてもいいかしら?」


「どうぞ」


 京子は、俺の隣に座り、ペットボトルのお茶を置き、弁当を広げる。水色で両手を合わせたぐらいの、小ぶりなお弁当だ。


「ん? ご飯の上にキノコ?」


 混ぜご飯なら、いろいろ混ざっているはずだが、茶色に色付けされたご飯の上に三枚にスライスされたキノコだけがあった。


 なんというか、不自然だ。


「本当だ。キノコが乗っているわね」


「何かわかる?」


「多分まつたけ」


「まつたけ……」


 言葉を失ってしまった。人生で食べることはないだろうと思っている高級品だぞ。


 そんな高級品が、高校生のお弁当に、三枚おろしで入れられている。


「前から思っていたけど、京子の家って金持ちか?」


「わからないわ。物心がついた時から、生活している環境が変わっていない」


「最近会った有名人はいるか?」


「んー。そういえば、この前、元官房長官の江藤さんが、お土産を持ってきていたわ」


「うん。金持ちだな」


 俺の家に、政治家なんて来たことないぞ。


「そう? 空太の家には、どんな人が来るの?」


「どんな人か……俺が覚えている限り、最後に来たのは昨日」


「最近じゃない。どんな人だった?」


「ネットショッピングで買った商品を届けに来た、運送会社の鈴木さんだ」


「それは、お客さんじゃなくて、配達に来た人よね。聞いて損した」


 京子は、そう言うと、お弁当を食べ始めた。


「それだけ、人が来ること自体珍しいんだよ」


「そう」


 会話が終わり、お互い無言で弁当を食べ始める。


「京子。一つ聞きたいことがあるけどいいか?」


「なに?」


「いつも、俺より早く図書室に入って来ているのに、今日遅かったな。なにか、あったのか?」


 いつも、俺より早く来ている京子が遅れるなんて、珍しいことだった。


 前に『なんで図書室に来るのが早い?』って、京子に聞いたら『チャイムと同時に教室出ている』って返事をされた。


 チャイムと同時に教室から出ているのに、今日はなんで遅かったのかが、気になる。


「あぁ、それね」


 京子は、お茶を一口飲んだ。


「告白されたわ」


「へぇー、告白ね……。こくはきゅ!?」


「なんで、告白されてないあなたが驚いて、噛むのよ」


「こ、告白ってあれだろ、夫婦の契りを結ぶ前にある儀式のことだろ?」


「告白のことを儀式って言う人は、あなたが初めてよ。それと、私じゃなきゃ、聞き取れないぐらいの早口だったわ。落ち着きなさい」


 落ち着いていられるかと思ったが、ここは京子の言う通り、水筒に入っている茶を飲もう。


 ふー。落ち着いた気がするぞ。


「落ち着いたかしら?」


「あぁ、落ち着いた。それで、儀式はどうなった?」


「ボケなのかわからない、あなたの発言は、スルーさせてもらうわ。返事は、断ったわ」


「失敗か」


 そうか、そうか。それは、良かった。


「空太」


「なんだ?」


「なんで嬉しそうに笑っているのよ」


 京子が、不審者を見るような目で、俺を見ていた。


「いや、なんでもない」


 何もなかったかのように、弁当を食べる。


「まぁ、いいわ。早く弁当を食べないと人が来る」


 京子は、そう言うと、弁当を食べ始めた。


 お互い弁当を食べ終わると、受付台の方を向いて、本の貸し出し当番を始める。


「誰も来ないわね」


 しばらく待っても、誰一人図書室に来なかった。


 京子は退屈なのか、受付カウンターに置かれていた本を一冊取り出し、読書を始める。


「まぁ、体育祭終わったばかりだしな。今頃、みんな教室で体育祭の思い出でも語っているのだろう」


「そうなのね」


「京子は、体育祭楽しかったか?」


「暑かったわ」


「答えになってないぞ」


 犬にお手って言ったら、お座りしたぐらいの的外れな返事が返ってきた。それに、体育祭の日は、日が出ていたけど涼しい方だったぞ。


「みんなとの距離感が近いし、人混み特有の暑さは好きになれないわ」


 それで、暑いって言ったのか。


「イコール、楽しくなかったと」


「まぁ、そういうとこね」


 どんだけ、遠回しな返事だよ。


「空太は、体育祭楽しかった?」


「そうだな。大活躍していたからな。楽しかったぞ」


「そう、盛大にずっこけていたのは、楽しかったからなのね」


「知っていたのかよ。なら、言おう。体育祭は、楽しくなかった」


「でしょうね」


 京子は、俺と話す時、こういう皮肉を言い合うぐらいの会話をしているが、自分のクラスにいる時は、どんな会話をしているのだろう。


 それにしても、本当に誰も来ないな。


「ねぇ。空太」


「どうした?」


「空太は、好きな人はいるの?」


「へぇ!?」


 驚いて、膝を机の角にぶつけてしまった。めちゃくちゃ痛い。


「そんな驚かないでよ。こんな皮肉を言う男にも、好きな人がいるのか気になったのよ」


 京子は、呆れ気味な表情で言った。


「そ、そうだな。お、俺はいないな」


 ばれないようにしよう。とりあえず、こう言っとけばばれないはずだ。


「そう。いるのね」


 速攻でばれてしまった。俺には、ポーカーフェイスができないみたいだ。将来、マジシャンにはなれないな。まぁ、なるつもりは元々なかった。


「その人は、どんな人なの?」


 えーと、『目の前にいるあなたです』って言えるわけがない。


「これは、俺の好みというか、趣味というか、なんでもないというか」


「わかったわよ。なんでもないけど、言ってみて」


「そうだな。その人は、人見知りそうで」


「インドア系の人ね」


「皮肉屋で」


「性格がひねくれているのね」


「口が悪い」


「あなた、性格が悪い人が好きなの?」


 全部、京子の特徴と一緒だよ。


「俺に、人を見る目がないと言いたいのか?」


「まぁね。あなたは、将来性格の悪い女の子と付き合って、尻にしかれていると思うわ」


 京子は、俺に軽い笑みを向けた。


 なんか、良い意味での笑みではない気がするな。深く聞くのは止めよう。俺のメンタルがやられる気がする。


「今度は、俺からも質問いいか?」


「いつから、順番制になったのよ。まぁいいわ、言ってみて」


「京子の好きな人を教えてくれ」


 体に電気が流れたように、京子の体はぴくっと反応した。


「そ、それは……」


 京子は、持っていた本で顔を隠す。


「好きな人いるのか?」


「いないわ」


「顔赤いぞ」


 実際は、本に顔を埋めているせいで、顔なんて見えない。


「ひっ」


 小さな悲鳴を出して、顔を逸らしてしまった。


 京子に好きな人がいる。


 俺の心が、不安感に浸食されてきたのを感じた。

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