第22話 息子大好き愛情お届けママ宅急便
僕は急いで二人の居る部屋へ戻ると、バン!と机を叩いて声を上げた。
「………緊急事態だ」
「は? どうしたのよ急に?」
突然そう言われて驚く祈里さん。キョトンとした顔で首をかしげるクマ。
「あと五分もしないうちにお母さんが返って来る。今こうして僕の部屋に女子二人が集まった状況をお母さんに見られるのは大変極めて非常にマズい。そこでだ………総員退避命令! 至急郊外へ避難しろっ!」
「はぁ? 今すぐ外に逃げろって言いたいの? そんないきなり言われても――」
「……クマ、ユキトのママにも会ってみたい。旦那のお母様には面と向かってご挨拶をするのが妻としての礼儀だから」
「いや何勝手に夫婦になった気でカッコいいこと言っちゃってんの!? てかそれ自殺行為だから!」
いつ帰って来るか分からないお母さんから逃げるため、三人そろってドタバタ後片付けを始めていた、その時……
――ピンポ~~ン
突然玄関のインターホンが鳴り、僕らはその場に凍り付く。
僕は恐る恐るインターホンのモニターに近付き、通話ボタンを押す。
「……は、はい。どなたです――」
「はぁ~い! ユウ君のママが、ユウ君にたくさんの愛情をお届けに上がりましたよ~♪」
パチン……
即行で通話終了ボタンを押した。
「いいえ結構です間に合ってます!」と叫びたくなる気持ちを抑え、僕は振り返る。
「――プラン変更、総員速やかにシェルターへ避難するんだ」
「は? シェルターって……え、マジで言ってる?」
ふと目に付いた隣の押入れを見て、「ウソでしょ」というような顔をする祈里さん。
「とにかく今は隠れるしかないよ! 早く! 急いでこの中にっ!」
「あんっ♥ ユキトったら、乱暴………」
「何で私までぇ!?」
僕は二人を押入れの中に無理くり押し込んで扉を閉めると、急いで座卓の上を片付け、二人がここに居た証拠となるものは全て抹消した。
ピンポ〜〜ン ピンポンピンポピンポピンポ〜ン
なかなか僕が出ないことをじれったく思ったのか、お母さんは外で何度もピンポン連打してくる。
「あぁもう今開けるって!」
急いで玄関に向かい、鍵を外して扉を開けてやる。
すると、そこには黒スーツにタイトスカート姿のOLモード全開なお母さんが仁王立ちになり、頰を膨らませて僕の方を睨んでいた。
「もう、レディを外で待たせるなんて紳士失格よ。ピンポン鳴ったら五秒以内に扉を開けなきゃ」
そう言ってプンプン怒るお母さん。いやそんな無茶な。トイレしてて開けられなかった時とかどうすんのさ?
「仕事終わってすぐこっち来たの?」
「そりゃもう。愛する我が子が待ってるんだと思ったら、早上がりと分かった時点でソッコー退社したわ」
「別に待ってないよ」
「あら、そんな冷たいこと言うなんて、お母さんショックだわ……」
およよ、と玄関に座り込んでしまうお母さん。ああもう面倒臭いなぁ……と思いながら手を貸してやろうとすると――
「あ、ユウ君ちゃんと掃除してる? 入った時、部屋の臭い凄かったわよ。ゴミはちゃんと捨ててるの?」
突然立ち上がり、履いていたパンプスを脱ぎ捨ててズカズカと部屋に上がり込んでゆく。
「あーほら、やっぱり! 私が居ない間にまたこんなに散らかしちゃって。も〜これだからたまに来てあげないと駄目なのよねぇ」
お母さんは僕の部屋の中を見るなりそう言って、手に持っていた鞄を下ろし、スーツとシャツの裾ボタンを外して捲り上げる。
「お母さんが来たからには安心よ! こんな部屋すぐに片付けちゃうんだから!」
「いや自分の部屋の掃除は自分でやるから! お母さん仕事終わってそのまま帰ってきて疲れてるでしょ? 少し休んだ方がいいよ!」
押入れに隠れた二人が見つかる訳にはいかない。どうにかしてお母さんの片付け精神を抑えないと!
するとお母さんは驚いた表情で僕の方を見ながら言う。
「あんなに片付け苦手だったユウ君がそんなこと言うなんて……明日は雪でも降るのかしら?」
「そこまで言う? これでも僕だってたまには掃除してるんだけど……」
「最後に掃除機掛けたのはいつ?」
「……二週間前」
「お布団干したのは?」
「………一ヶ月」
「やっぱり私がやる!」
「だからいいって!」
二人して腕を引っ張り合う中、僕は床に転がっていた漫画本に足を引っ掛けてしまい、バランスを崩して倒れてしまう。
ドサッ!
「あいたっ!」
「きゃっ!」
――倒れた瞬間、手のひらに柔らかいものが当たった。
何だ? と思う前に反射的に顔が熱くなった。
……正直、こんなことを言うのは自分でも気持ち悪いと思うけれど、敢えてここに打ち明けよう。
最近クマと一緒に過ごし始め、頻繁にスキンシップされるようになったせいで、自分の手に触れたその感触だけで、女性のどの部位を触っているのか瞬時に分かってしまうようになったのだ!
いや、しょーもな! そんな変態能力どこで使えるんだよ! こっちまで恥ずかしくなるわ!
しかし不本意ながら、目を開いてみるとご想像通り、不敬にも僕は実の母親を押し倒して覆い被さり、スーツ越しに思いっきり胸を鷲掴みしてしまっていた訳で。
「あっ///……もうユウ君ったら、お父さんより強引なんだから……」
なんてことを言いながら顔を赤くするお母さん。
いや、息子に押し倒されておいてそんな満更でもないような顔しないで。
「ごっ、ごめん! 今退くから!」
慌てて立ち上がろうとすると、「待って」とお母さんの右腕が僕の背中に回されていた。
ほのかに漂ってくる香水の甘い香りが
「お、お母さん?」
「……こうしてユウ君を抱きしめるの何時ぶりになるかしら? 小学校以来かしらね? あの時はまだユウ君一人で寝られなくて、私がいつもこうしてベッドの横で抱っこしてあげてたの、覚えてる?」
「うっ………」
僕は言葉を詰まらせる。
――そう、恥ずかしながら、僕は小学校四年になるまでお母さんと一緒のベッドに寝ていた。
暗闇の中一人で寝るのが怖かったというのもあるけど、四年生になるまで母親と息子が一緒に寝ることは至極当然のことと信じてしまっていたのだ。
思い込みというものは恐ろしい。しかもお母さんまで「小学校の間はお母さんと一緒に寝ても大丈夫よ。むしろ中学、高校生になっても私は全然OKだから」なんて言うものだから、すっかり母親に騙されてしまっていた訳で。
「でも、いつの間にかこんなに大きくなっちゃって。前に抱っこした時は私の胸の中にすっぽり収まっていたのに、今じゃ私が収まる側ね」
母親はそう言ってクスッと笑い、僕の頭を優しく撫でる。
高校生にもなってこんなことされて、僕は恥ずかしさのあまり爆発してしまいそうだった。
――でも、何だろう。クマに抱き付かれた時と同じく、不思議と落ち着けるこの感覚。まるでパズルのピースとピースが上手くはまったような、僕とお母さんの組み合わせでなければ味わえないような、心地の良い時間。
……いや、何言ってるんだろう僕は。そもそも親子なんだから、逆に合わなければおかしい訳だし……
混乱して何も喋れなくなった僕を見て、お母さんは微笑みを浮かべる。
「ふふ……あらあら、お母さんに抱っこされて、子どもの頃のユウ君に戻っちゃったのかしら? よしよし、いい子、いい子――」
まるで揺りかごの中に居るような心地良さ。加えてお母さんの甘やかしボイスまで聞かされ、すっかり脳を溶かされた僕は、徐々に重くなる目蓋を抑えきれずに、やって来た睡魔に身をゆだねようとした――のだが………
「よしよし………って、あら?」
すると、お母さんが放り出していたもう片方の手を僕の頭に乗せようとして、動きを止める。
どうしたのだろう、と僕は寝ぼけ眼で顔を上げると――
お母さんは自分の左手を凝視していた。
その手には、一枚の布きれが引っ掛かっていて。
花柄とレースが縫い付けられ、青いリボンがワンポイントになった、可愛らしい見た目の布きれ。
――誰がどう見ても、それは女性用の
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