第20話 今度は僕の家に祈里さんがやって来た
あれから数日が経ったある日、僕は学校からの帰り道で、また祈里さんとばったり出会った。
「あれ? 祈里さん部活あるんじゃ……」
「今日コーチ居ないからバスケ休みになったんだ。だからもう帰るとこ。ユッキーも?」
「あぁ、うん」
「じゃあ一緒に帰ろう。ちょうど渡したいものもあったし」
「え、渡したいもの?」
渡したいものって、何だろう?
そう思っていると、祈里さんは手に持っていた体操着入れを開けて、中から奇麗に畳まれたジャージの上下を出して僕に手渡した。
「はいこれ。この前クマとお泊りした時、クマの着てたジャージ。あとサンダルも。これユッキーのでしょ。だから返すね」
あ、そういえばクマとお泊り会する当日、クマは僕のジャージを着たまま祈里さんの家に行って、翌日は祈里さんの選んだ私服で会いに来てたから、まだ返してもらっていなかった。
「ちゃんと洗濯してあるから。サンダルはビニール袋に入れてる」
「あ、ありがとう……」
僕の家で使っている洗剤とは違う香りをまとったジャージとサンダルの入ったビニール袋を受け取りながら、僕はふと気付く。
あれ? そういえば服選びの日にクマの着ていた余所行きの服も、祈里さんの私物だったような……
結局あの日はそのまま解散しちゃったから、あの服はまだ僕の家にある。いつか返そうと思って、すっかり忘れていた。
「ごめん、僕も祈里さんがクマに貸してくれた服、まだ家にあるんだった。いつか返そうと思っていたんだけど……」
「あぁ、あれか。別に返すのはいつでもいいよ。私、あれの他にも色々と服持ってるし」
そこまで言って、祈里さんは何かに気付いたように「あ」と声を漏らした。
「……どうかしたの?」
「い、いや……あの時クマに着せた服の中に……し、下着とかも入ってた?」
「………あっ」
言われて、僕は昨日洗濯したときに洗濯かごの中から女性もののパンツとブラを見つけて赤面してしまったことを思い出す。
「あ……う、うん。……ひょっとしてあれも、祈里さんの私物だったり?」
「み、見たの⁉/////」
「あっ、いや、大丈夫! ちゃんと物干しに掛ける時は目をそらして掛けるようにしてたから!」
「いや絶対見たでしょ!」
「はいそうですごめんなさいっ!」
僕は地面にスライディング土下座する気持ちで深々と頭を下げた。
「……いや、でも元はといえばクマに服着せる時、私が下着まで自分のを貸して着せたのが軽率だった。せめてあの時、解散する前に私の家に行って服を交換してあげれば良かったんだけど」
確かに。僕もそこまで考えが回らなかった。
「あ、じゃあこの後、僕の家に来る? そこで服とか靴も返せると思うし」
「えっ、いいの?」
「クマも待ってると思うし、祈里さんも一緒に来てくれたらきっと喜ぶよ」
僕がそう言うと、祈里さんは少し遠慮がちに肩をすくめながらも、「じゃあ、ちょっとだけお邪魔させてもらおうかな」と答えてくれた。
――という自然な流れで、祈里さんが僕の家に来てくれることになったのは良いのだけれど……
一人暮らしを始めて数ヶ月。友達も居ない僕が、まさかこうも早く自分の家に友達を呼ぶことになるとは……しかも女の子を。
(こんな簡単に誘っちゃって良かったのかな?……)
自分から誘っておいて、初めて自宅に女の子を呼ぶという行為の重大さを後から気付いて怖気付いてしまう僕。ヘタレである。
こうして、不安一式抱えながらも、祈里さんを連れて僕の部屋のあるアパート前までやって来る。
「えと……部屋の中散らかってるかもだけど、ごめん」
「男の子の一人暮らしでしょ。散らかってそう」
部屋に入る前から祈里さんに散らかり判定をされてしまい、少しショックを受けながらも部屋の扉を開ける。
「ただいま――」
「おかえりなさい、ユキト」
例によって、また玄関でスタンバっていたクマが、扉を開けた途端に僕らを出迎えてくれる。
しかも、この前の服選びの時に僕が選んだアリスモチーフの水色エプロンドレスを着て、玄関前にちょこんと正座して待っていた。
いや、だから修行僧かよお前は……
でも、エプロンドレスを着ているせいか、旦那様の帰りを心待ちにしているメイドに見えなくもない。これはこれでなんか良き……
「……あれ、祈里ちゃん?」
一方のクマは、僕に連れられ玄関に入ってきた祈里さんを見て目を丸くしていた。
「おっす、来たよ~……って、うわ、部屋の中でそれ着てんの? 熱くない?」
祈里さんからそう言われて、クマはふるふると首を横に振る。
「そう。ならいいけど……クマは元気にしてた?」
「うん、元気にしてた。……今日は祈里ちゃんがユキトの家に泊まりに来たの?」
「いや泊まりじゃないから。この前遊んだ時にクマに貸してあげた服を取りに来ただけだから」
すかさず訂正を入れる祈里さん。
「にしてもユッキーさ、自分の部屋の中でもクマにこんな格好させてるの? いくらなんでもコスプレ趣味強くない?」
「ち、違うよ! クマが僕の一番好きな服をいつも着ていたいって言って聞かないから……」
「うん。ユッキーが好きって言ってくれるなら、何日でもこの格好で居られる」
「洗濯して! 何日も同じ格好だと汗臭くなっちゃうでしょ」
そう言い返す祈里さん。
――でも、クマは元々縫いぐるみであったせいか、暑くなった部屋にこんな格好でずっと居ても、滅多に汗をかかないのである。
それどころか、クマを陽光に当てると天日干しした布団のような太陽のにおいがして、より弾力のあるふかふかな体になってしまう。快晴だったその日の夜にクマを抱いた時の暖かさと抱き心地と言ったら、それはもうなんと素晴らしかったことか……
そんな体験談を祈里さんに話そうかと思ったけれど、女の子の抱き心地について興奮しながら熱弁する自分、という構図を客観的に見たら反吐が出そうになったので止めた。
「えと、とりあえず上がって。何か飲み物とかお菓子準備するから」
「え、いいよ、そこまでしてくれなくても。どうせ服返してもらったらすぐ帰るつもりだったし」
他人の家に長居はいけないと思っているのか、遠慮してしまう祈里さん。でも、せっかく僕の家に来てくれたのだし、これくらいはしてあげたい気持ちもあって。
「遠慮しなくていいよ。この前、祈里さんの家にクマがお世話になったから、そのお礼もしたいし」
僕がそう言うと、クマがふんふんと何度も頭を縦に振った。
「そ、そう……分かった。じゃあ、お邪魔します――って、腕引っ張らないでよ!」
クマに腕をつかまれ、脱いだ靴に躓きながら部屋に上がる祈里さん。クマも彼女が家に来てくれたことを喜んでいるみたいで、いつもよりテンション高めだ。
祈里さんは、僕の部屋の散らかりようを見て、「やっぱり……」というような顔をする。
脱いだ服は脱ぎっぱなし、読んだ漫画本は散乱してるし、机の上は教科書が積み重なって勉強するスペースもない。これでも昨日洗濯とかして幾らかマシになった方なのだけれど。
「やば、机の上完全に物置きになっちゃってるじゃん。勉強するときこれ全部退かしてるの?」
「ううん、勉強はその座卓でやってるよ」
「いや、勉強机の意味……」
呆れた祈里さんが、窓の方へ目を向ける。
「なっ!/////」
「? 祈里さんどうかしたの――」
唐突に上がった声に驚いてキッチンから顔を出すと、窓の方を見て顔を真っ赤にして固まっている祈里さんが見えた。
視線の先には小さな物干しがカーテンレールに掛けられていて……
そこには、この前クマが付けていた祈里さん私物の下着上下が干されていた。
ヤバい忘れてた! 今日の朝洗濯したやつをそのままあそこに掛けて出掛けたんだった! まさか今日祈里さんが来るなんて思わなかったから……
「ゆ、ユッキーまさかお前……私の下着だけこんな見せ物にして……」
「ち、違うよ祈里さん! 下着だから部屋干しの方が良いだろうと思ってさ! それに干してる間、僕はずっと学校だったから見てないって!」
「今、現在進行形で見てるだろうがぁ!」
バシッ!
怒った祈里さんの手によって、速攻で物干しから叩き落とされた。
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