第19話 やっぱりクマはユッキーが大切にしてあげるべきだなって
買い物を終えた帰り。紙袋をいくつも抱えて駅前までやって来た僕たちは、ここで祈里さんと別れることになった。
「祈里さん、昨日楽しかったのなら、今日もクマを祈里さんの家に泊まらせてあげても僕は大丈夫だけど……」
「えっ? い、いや、二日続けてお泊まりは流石に悪いよ……」
そう言って遠慮する祈里さんの肩に、クマが手を乗せて親指を突き立てながら言う。
「クマは、いつ祈里ちゃんにお持ち帰りされてもいいよ」
「「いや言い方っ!」」
真面目に迫ってくるクマに呆れる祈里さんだったけれど、溜め息を吐きながらも、彼女はこう言った。
「昨日一日クマと過ごして思ったの。やっぱりクマはユッキーが大切にしてあげるべきだなって。だから、しっかり面倒見てあげてよね」
「えっ……あ、はい!」
その言葉はつまり、僕とクマが同棲することを、祈里さんは許してくれたということになるのか?
僕がそんな期待を抱いていると、祈里さんは少し顔を背けて、弱々しい声でこう続ける。
「でも、あまりその……え、エッチなことは控えなよ。そういうのは大人になってからやるもんだからさ」
「なっ! しし、しないよ! そこは僕の理性に違って絶対しないよ!」
「いや……ユッキーこの前、毎晩フッ飛びそうな理性を辛うじて抑えてるとか言ってたじゃん。本当に大丈夫なの?」
「うっ……」
た、確かにクマに何度も危うく迫られる中、理性が折れそうになったことは数知れず……ちくしょう、僕の理性の信頼度ゼロかよ!
「……でもまぁ、私が言えたことじゃないし、私だってクマとずっと一緒にいたら、色々と一線越えそうでヤバいかもだし……ゴニョゴニョ」
祈里さん、なんか小声で色々言ってたみたいだけど、よく聞こえなかった。
「と、とにかくそういうことだから! じゃ、またねクマ。ユッキーも、明日また学校で」
祈里さんは僕らに手を振ると、足早でその場を去っていった。
昨日今日と続けて色々あったけれど、祈里さんとの昔の仲も取り戻せたし、同棲することも認めてもらえた(?)みたいだし、万事上手く収まったと思うことにしよう。
「……と、とりあえず今日は帰ろうか、クマ」
「うん」
夕日で茜色に染まった空の下、僕とクマは並んで帰途に着いたのだった。
◯
祈里さんと一緒に買い物をしたその日の夜――
寝る準備を済ませてベッドに入ろうとしたら、背後にジャージ姿のクマがやって来て、言った。
「ユキト、おやすみのチュー、しよ」
「あ、うん……」
ここ一週間、毎日こうしてチューをせがまれるおかげで、クマとキスすることにほとんど抵抗を無くしてしまった。初めてやった時なんか、顔真っ赤にして心臓ドキドキさせていたのに、慣れというのは恐ろしい。
好きな女の子にキスをせがまれて「あ〜ハイハイ」なんて軽々しくできてしまうようなこの状況に、きっと全世界の男子たちは僕を死ぬほど嫉妬するんだろうな……
そんなことを思いながらベッドに腰掛け、顔を近付けてくるクマと唇を重ねる。
あぁ、一日置きでのクマとのチュー。柔らかな感触、それにこの落ち着くにおい、サラサラした髪、すべすべな肌……う〜ん、たまらん!
再び安心毛布を手にして喜んでいる赤ちゃん――という例えならまだしも、この絵面だけ見たら、完全に女の子を好き勝手弄んでいるただのド変態である。
でも、やっぱり縫いぐるみだったあの頃と同じく、クマの身体には相手に抱き付きたいと思わせる不思議な魔力があった。
かれこれ十五年も一緒に居る間、僕が嫌ほどクマにベタベタしていたせいで、相手に抱き付きたいと思わせる体型になってしまったのかもしれないな……
なんて、クマにチューされながら平然とそんなことを考えていた。その時――
ぬるっと、得体の知れない何かが唇を押しのけて中に入ってきて、僕の脳は一瞬飛ぶ。
「?………んぶぅっ⁉」
完全に油断していた僕は、口内にそれが入るのを簡単に許してしまい――
「っ⁉︎⁉︎ んうぅ!★⁈#@//☆¥☀︎〜〜〜〜〜っ⁉︎」
とことん深くまで突っ込まれ、(何がまでは言わないが)散々転がされた後、ようやく顔を離してもらえた。
「…………どうだった?」
「はひ? ………どど、どうって、あの……」
ちろりと舌先を出したまま尋ねてくるクマに、僕はゆるゆるになって呂律の回らない口調で答えるのがやっとだった。
「いつものと比べて、クマの好きって気持ち、一杯伝わった……かな?――」
そうクマがささやいたところで、僕の意識は徐々に遠退いていった。
……気のせいかな? 祈里さんの家から戻って来てからというもの、クマが以前よりもかなり色気増して挑戦的になってきているような気がするんだが……エッチ的な意味で。
「おやすみなさい、ユキト……」
クマの優しい声と共に、僕は眠るように気を失ったのだった。
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