第18話 またあの頃に戻れたような気がして
「――あれ? でも、クマの抱えてるこのウサギの縫いぐるみって……」
「……あ、気付いた?」
僕がクマの持っているウサギの縫いぐるみを指差すと、上崎さんは少し頬を赤らめながら答えた。
「これ、私の持ってたルナルナ……之斗も覚えてるでしょ?」
「うん、小さい頃上崎さんが持ってたウサギの縫いぐるみだよね。……でも、この前もう捨てたって――」
「ごめん、あれ噓。本当はまだこうやって大事に持ってたんだ。ずっとケースの中にしまってたんだけど……ずっと外に出さないのも可哀想かなって思って」
「そ、そうなんだ……」
(なんか意外だな……以前僕に「クマはもう手放した方がいい」なんて言ってた上崎さんが、こうしてまだ自分の縫いぐるみを大切に持っていたなんて)
僕がふとそんなことを思っていると――
「……ねぇ、之斗。あのさ」
「ん、何?」
「……前に、クマのことで之斗に向かって、色々と心無いことを言っちゃったと思うんだけど……あれ全部取り消すから」
「えっ?」
いきなりそう切り出されて驚いたけど、上崎さんの言う「心無いこと」が、以前僕に「クマを手放した方がいい」と言ったあの時のことだと分かって、僕はようやく彼女の言いたいことを理解する。
「……あのとき私、中学生にもなってまだクマ持ってるなんておかしいって、軽く言ったつもりだったんだけど。でも後になって思えば、あんなボロボロになるまで大事にしてたものに向かって酷いこと言っちゃったなって、凄く後悔してさ。私だってまだルナルナ持ってたくせに、自分のこと棚に上げちゃって、サイテーだよね」
上崎さんはそう言って、自嘲のような笑みを浮かべる。
……確かに、最初彼女からそう言われた時はとても驚いたし、少し傷付いてしまったのも事実だ。
……でも、そんな事より――
「いや、僕は上崎さんがルナルナを持っててくれて良かったと思う。それに、昨日はクマのことも色々と良くしてくれたみたいで、本当に感謝してる」
何よりも、こうして上崎さんと分け隔てなく話せたことが嬉しくて。
まるで、お互い縫いぐるみを持って遊んでいたあの頃に、また戻れたような気がして――
「……ありがとう。そう言ってくれて、私も安心した。ずっと気にしてないか不安でさ。之斗って結構傷付きやすいタイプだし」
「えっ……い、いや、別にそんなことないし。全然気にしてなかったし!」
「ふふ、ウソ丸見え」
そう言って、上崎さんはにこりと笑みを返し――
「最近、あんま話せてなかったから……また、改めてまたよろしくね、ユッキー」
「!………」
昔の渾名で、僕の名前を呼んでくれた。
懐かしい響きが耳を通り抜け、僕の胸がトクンと高鳴る。
「……こっ、こちらこそよろしく! かみさ――い、祈里、さん……」
「ふふっ、普通に祈里でいいのに」
「いや、それはちょっと……いきなり呼び方を変えるのは難しいというか……」
「うん。無理しないで、好きに呼んでいいから」
祈里さんが僕をユッキーと呼び、僕は彼女を下の名前で呼び、お互いの手元にはルナルナとクマが居て……
これもう、昔二人で遊んでいた頃と何も変わらないじゃないか。なんてふと思ってしまう。
中学の頃は疎遠だったけれど、時が経ってからこうして再会して、昔と同じ友達の関係が崩れていなかったことを再確認できて、安心する。
これも全部、クマのおかげだな。
道中で祈里さんとばったり出会ったあの時、クマが呼びかけてくれなかったら、今こうして一緒に居ることも無かった訳だし。会っていきなりチューするのは少しやり過ぎだったと思うけど……
「クマ、ユッキーの選んでくれた服はどう? 気に入った?」
「うん、ユキトが可愛いと思ってくれるなら、これを買う」
「え、決めんの早っ!」
「もちろん、祈里ちゃんの選んでくれた服も全部買うわ」
「は? マジで言ってんの⁉︎」
僕は祈里さんがクマと親しく話している姿を側から和かな気持ちで見ていたのだが――
……うん? ちょっと待って。本当にそれ全部買うの?
ふと我に返って、買い物カゴに入っている服についている値札を全て確認してゆく。
「…………」
スマホで計算して合計のお値段が分かったところで、僕は顔面蒼白になる。
当然のことながら、クマが買う洋服代は僕持ちなのであって、これ全部買うとなると何枚もの万札が財布から羽ばたいてゆくことに……
「ユキト、これ全部買っちゃ……駄目?」
そう言って、上から目線でおねだりしてくるクマ。
あぁもう! そんな物欲しそうな目で見られたら、買ってやるしかないじゃん!
「でもお金が……今月の仕送りどころか、これまでこつこつ貯めておいた貯金まで全部崩れちゃうよ……」
財布の中が惨事になることを想像して思わず涙をこぼしてしまう。あぁ、しばらくの間はモヤシだけの生活になるかもしれないなぁ……
すると、祈里さんが僕の方に駆け寄ってきて――
「あの、私も加勢する!」
「えっ? 祈里さん⁉︎ そんな、悪いよ!」
「だって、あんなにたくさん服を選んだのは私だし、実際着せてみてどれも似合ってたし、それにクマのおかげで私もその……色々と、楽しい思いをさせてもらったから……だから、私にも恩返しさせてほしい」
そう強く迫られ、ここで無理に断るのも彼女に悪いと思った僕は、ほぼ土下座に近い形で祈里さんに感謝を伝え、割り勘で計五着のコーデ全てをめでたくお買い上げとなったのだった。
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