第17話 着せ替え人形と化したクマ
クマを上崎さんの家に預けた、次の日の朝――
晴天の下、僕は上崎さんとクマの服を選ぶために、待ち合わせ場所である駅前の広場で二人の到着を待っていた。
日曜日ということもあって、まだ午前中の早い時間でも、駅前は既に多くの人で賑わっている。
そんな人通りの多い広場の奥から、こちらに駆けて来る上崎さんとクマの姿を見つけた。
「あ、上崎さん!」
「ご、ごめん……待った?」
「ううん、僕も今来たばっかだし」
上崎さんは、髪をポニーテールにまとめ、上には白のペプラムブラウス、下はぴっちりしたデニムパンツというスタイルで、肩に黒のショルダーバッグを掛けていた。
凄い、なんか普段と違って大人っぽい魅力が溢れてる……
一方、後ろに連れられたクマは、白黒ボーダー柄のシャツに、山吹色のフレアスカート。足には青のバッシュ。そして白銀色の髪の上には黒のベレー帽が乗せられていた。
「なっ………!」
「ユキト、今日のクマの服、どう?」
そう言ってクルッと一回転し、真顔のままぶいっ! と両手ピースしてくるクマ。
ふわりと舞い上がるスカート。彼女の全身からほわほわとあふれ出す光のオーラ。
何だこの眩しく光る生き物は?
あまりの可愛さに、思わず言葉を失う。ヤバい、いつも僕のジャージしか着せていなかったクマが、ちゃんとした私服を着せただけでこんなにもキラキラ輝いて見えるなんて……
(流石は上崎さん、彼女に僕のクマの衣装コーデを任せて正解だった……!)
「……あの、なに無言のまま親指突き立ててるの?」
「あっ、いや……二人ともよく似合ってると思って。クマの服は、上崎さんが着せてくれたの?」
「あぁ、うん。一応私の手持ちの中から選んで着せたけど……」
「凄いよ! こんなにクマの魅力を引き出す衣装をチョイスしてくれて、ありがとう!」
「それって之斗がお礼言うことなの?……」
上崎さんはそう疑問を漏らしながらも、少し恥ずかしそうに目を逸らして、「でも、そう言ってくれて嬉しい……結構時間かけて選んだからさ」とごにょごにょ呟いていた。
――ちなみに、上崎さんがクマにベレー帽を被せた理由は、時折ぴょこぴょこ頭の上に見えるクマの丸い耳を隠せるように、という配慮だったらしい。
確かに、ここ一週間クマと一緒に過ごして分かったのだけれど、クマは何かに感動したり興奮したりすると、頭の耳をぴょんと立たせてしまう癖があった。髪の毛に隠れた丸い耳はクマのチャームポイントでもあるのだけれど、確かに周りからはかなり目立ってしまうかもしれない。
そんなところまで気を利かせてコーデを考えてくれるなんて、流石は上崎さん。良い幼馴染を持って僕は幸せだよ……
「で、クマは楽しかった? 昨日上崎さんと一緒に過ごせて」
「うん。祈里ちゃんの部屋、久々に見れて良かった。……それに、祈里ちゃんの気持ちも一杯体に教えてもらったし、とても満足」
「か、体に教える……???」
突然クマの口から飛び出た不穏な言葉に僕が不思議に思っていると、横に居た上崎さんがビクッと肩を震わせ、それから僕と正面で向かい合い、深々と頭を下げながら――
「……あの、之斗。一応先に謝っとく。ごめん! 私……之斗の許可なくクマとその……
「いや昨日二人の間で一体何があったのぉ!?」
混乱した僕の声が駅前の広場に響き渡った。
〇
それから僕たち三人は、駅近くのショッピングモールへ移動し、クマに着せる服を見て回った。
上崎さんは沢山ある女性用の服の中から、クマに似合うものを素早く選んで回った。
「これとか合うと思う」
「これと……あとこれの取り合わせとかどうだろう?」
「いや、この組み合わせも捨てがたいな……」
衣服の種類、柄や配色、服とクマとを何度も見比べながら、買い物かごに選んだ服を移してゆく。
そうして気付けば、上崎さんチョイスの衣服が買い物かご四つ分にもなっていて、僕はかご持ち係を任されていたのだった。
「ごめん、服選び夢中になってたら、ついこんなに……」
「僕は平気だよ。それにクマのコーデが増えると思えば、普通に嬉しいし。早速試着してみようよ」
僕らはかごを持って試着室前にやって来た。クマがまだ服を着る動作に慣れていないこともあり、試着する際は上崎さんが同伴してくれた。
では、まずは一着目――
シャッ、と試着室のカーテンが開けられる。
クマが着ていたのは、フリルの付いた白のブラウスに黒の吊りスカート。足には白のソックスに黒のローファーというファンシーな組み合わせ。ブラウスの襟には紫色の大きなリボンが付いていて、それがワンポイントになっている。
イイ! これは良い! クマの白い髪にも合うように、あえてモノクロで取り合わせたところがGood! 胸元のリボンとか、縫いぐるみだった頃のクマのオマージュみたいで、個人的にビビッときた。
続いて二着目――
今度は白シャツの上から、虎の刺しゅうが縫われた青のスカジャンを羽織り、頭には黒のキャップ、ボトムスにはデニムのショートパンツに茶のロングブーツという組み合わせ。
凄い……可愛さを前面に押し出していたさっきの一着目と違って、今度はかなり攻めていて、ヤンキーのような威圧感すら感じる。でもスポーティーで元気のある感じがして、これはこれでアリかもしれない。
続いて三着目――
トップスは、さっきここへ来るときに着ていた白黒ボーダー柄のシャツのままで、そこに紺のオーバーオールを組み合わせたスタイル。頭には
おお、何だかいかにも夏って感じのコーデだ! もうすぐ夏も近いし、こういう少し涼し気な格好でも良いかもしれない。
そして最後、トリを飾る四着目は……
淡い青のシャツワンピースにベージュのカーディガンを羽織り、頭には黒のカチューシャ。そして足には緑のピンヒールという組み合わせ。
おー! これもこれで良き! 三着目と同じく夏らしいし、大人らしくもあれど固くないラフな印象がして好きだ。
カーテンが開けられ新衣装がお披露目される度に拍手を送る。そんな僕を周りで試着するお客が「何あの人……」と言いたげな目で見てくるのが少し痛かったけれど、クマがモデルのファッションショーを存分に楽しませてもらって、僕の中では大満足だった。
「じゃあ、この四着の中からクマが気に入ったやつにすれば?」
上崎さんがそう言うと、クマは少し迷うような素振りを見せ、僕の方に振り向く。
「ユキトは、どの服が一番好きだった?」
「えっ? ……えと、正直僕はどれも良かったと思うよ」
ポリポリ頬を掻きながら、曖昧な答えしか返せない僕。だって本当にどれも良かったんだもん!
「……じゃあ、ユキトが好きな服を持って来て。それをクマが着てあげる」
「は、はいぃ!?」
「あ、それイイね。私だけじゃなくて、之斗も何か服を選んであげなよ」と上崎さんにも背中を押されてしまい、渋々僕は買い物かごを手にお店の中をぐるぐる回って、クマの服を選ぶこととなった。
――十分後。
「あ、えと……べ、別に僕はこの服が特段好きって訳じゃなくて、その……こういう恰好のクマも見たいなっていうか……えっと――」
「はいはい、いいから貸して」
もじもじする僕から買い物かごを取り上げた上崎さんが、クマを連れて試着室に入る。
――五分後。
シャッ!
カーテンが開けられ出てきたのは、絵本の世界からやって来た妖精――いや、おとぎの国からこの世界へ迷い込んできた少女だった。
「かっ! カワっ………!」
その衣装に心を撃ち抜かれ、僕は口を手で覆ったままフリーズしてしまう。
水色を基調としたワンピースに、フリルの付いた白いエプロン。白タイツに黒のパンプス。頭には大きな青いリボンの付いた髪留め。
そして、両手にはウサギの縫いぐるみが抱えられていて……
不思議の国のアリスを彷彿とさせるエプロンドレスに身を包んだクマが、僕の前に立っていた。
いやもうカワイイかよ! 最高だよ! しかも縫いぐるみ抱いてるとか、可愛さ通り越してなんかもう色々とヤバいよ!!(語彙力)
「うわぁ……よくこんな衣装探して来れたよね。これじゃあもうほぼコスプレじゃん」
「うん。この衣装をかごに入れる時、周りの目とか恥とか男としての矜持とか、全部心頭滅却して、クマにこれを着せたい一心でここまで持ってきたからね」
「いや、これ一つ着せるためにどんだけ覚悟決めてんのよ……」
と、着せる手伝いをしてくれた上崎さんも、若干引き気味なご様子。
うん、好きな子にこんな格好するようお願いされたら、そりゃ誰だってそう思うよね! そうだよね!
こんなコスプレ紛いの衣装を選んでしまったことに、今更ながら酷い恥ずかしさを覚える僕だった。
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