第15話 バカ……私ったら、ほんとバカぁ……
〇
(※回想 三人称視点)
――十年前、同じ部屋にて……
「ただいま~!」
小学校から帰ってきた祈里は、自分の部屋に駆け込むと、赤いランドセルを床に置き、中から小さなクマの縫いぐるみ――之斗の持っていたクマを取り出した。
(……まさか本当に交換しちゃうなんて思わなかったな)
学校帰りに之斗と公園で遊んでいた時、ふとした思い付きから縫いぐるみを交換して遊んでみない? と祈里が提案したのだ。
之斗はその提案を快諾し、縫いぐるみを交換して遊んでいると、今度は之斗が「縫いぐるみ交換お泊り会」をしようと言い出してきて、二人は互いに相手の縫いぐるみを持ったまま解散することになったのだった。
だから今、祈里の相棒であるルナルナは彼女の家ではなく、之斗の家にお邪魔させてもらっている。
(すんすん……ユッキーのにおいがする。ちょっと臭いけど)
祈里はクマに鼻を近付けて少し嫌そうな顔をしたが、それでも之斗の相棒であるクマを自分の部屋に迎えられたことが嬉しくて、少し上機嫌だった。
「……ここが私の部屋。どう? 可愛いでしょ?」
祈里は部屋で一人、クマに向かって言葉を投げかける。
「これまで、私の部屋には誰もお友達を入れたことがないの。だから、クマが私の部屋に入った最初のお友達ってことになるかしら。……せっかくだから、私の部屋のこと、クマにだけ教えてあげるねっ!」
そう言って、祈里は椅子から立ち上がると、自分の部屋に置かれているありとあらゆるものを指差しながら、丁寧にクマに説明してやるのだった。
「これが私のベッド。ピンク色で揃えてあって可愛いでしょ? で、その上にあるのがミッ〇ィーの掛け時計! これ、誕生日にお母さんから買ってもらったの! 私の大のお気に入りなんだ」
「これはタンス。中にはお洋服がいっぱい入ってるの、ほら見て! 中でも私の好きなのが――これとか、これとか……あとこれも!」
「えへへ……ユッキーと遊ぶ前に、こうやって服を選んでお着替えする時間が一番楽しいんだ」
こうして、部屋にあるものをひとしきり全て紹介してしまった祈里。
けれど、タンス引き出しを開けていた彼女は、その奥にあるものを見て急に押し黙り、頬を少し赤らめてしまう。
「…………」
それからしばらくの間、タンスの奥に置かれたものとクマとを交互に見ながら、話すかどうか迷うようにもじもじしていたが、
(……もう、相手は縫いぐるみでしょ。何を恥ずかしがっているのよ)
祈里は馬鹿らしくなって、タンスの奥にしまってある禁断の書――百合漫画を取り出してクマの前で堂々と読み始めたのだった。
「はぁ……やっぱり女の子同士でイチャイチャしているところを見るの、凄くいい……たまらないわぁ……」
(※作者注:祈里は小学生の頃から既に大の百合好きなのでした)
ベッドに座って好きな百合漫画に読みふけっていた時、祈里はふとベッドの隣に置かれたクマが自分の方を見ていることに気付く。
縫いぐるみではあれど、なんだか自分の秘密が暴かれてしまったような気がした祈里は、熱くなった頬を両手で隠し、クマを手に取って顔の前に持っていき、人差し指を口元に充てて、こうささやくのだった。
「………このこと、ユッキーには絶対に秘密だから。ね?」
〇
(※再び時は戻り現在 祈里視点)
「……っていう感じで、ユキトと初めて縫いぐるみ交換お泊り会をした時、祈里ちゃんはこの部屋のことを隅々までクマに教えてくれたの。覚えてない?」
「〜〜〜〜〜〜〜っ/////!」
……な、ななな……なんてこと吹き込んでんだ私は―――――っ‼︎
既に忘れていた過去の記憶を掘り起こされ、恥ずかしさのあまり耳の先まで真っ赤にして言葉を失ってしまう。
い、いや、だってあの当時はまだ縫いぐるみの姿だった訳だし、モノ相手ならいくら話してもバレないだろうって思って……
でも、まさかそのクマが人間になるなんて夢にも思わないじゃん‼︎
私は膝から崩れ落ち、真っ赤になった顔を両手で覆った。
「バカ……私ったら、ほんとバカぁ……」
クマの前で、自分の秘密を何から何まで暴露してしまった幼い頃の無垢な私が憎らしい。
きっとこういうのを世間では自爆というのだろう。あの時の自分の行いが、今になってこんな結果になって帰ってくるなんて、マジないじゃん……
私は自分の過去の行いを悔やみ、完全に沈黙してしまっていた。
すると、恥ずかしがってうずくまる私の顔に、そっと手が当てられて――
「……大丈夫。このことはユキトには絶対話さないから、安心して」
くいっと
「……ほ、本当に、秘密にしておいてくれるの?」
「うん。縫いぐるみは嘘付かない」
「いや、もうお前人間なんだけど……」
「口が滑らなければ、多分大丈夫……だと思う」
「やっぱ言う気満々じゃん! さっきだって、私が止めなかったら之斗の前で百合本隠してることを声高々に暴露するところだったでしょ!?」
「あぁ、もうサイアク……」と頭を抱える私に、クマは真顔のまま言葉を続けた。
「そんなことより、祈里ちゃんは、あの漫画に描いてあったようなことをしてみたいの?」
「…………はい?」
突然そんなことを言われて、頭がフリーズした。
「だって祈里ちゃん、こういう系の本が好きだから、もしかしたら実際にこういうことをしたいのかと思って。女の子同士で」
「ふぇっ⁉︎ いっ、いいいきなり何を言って――!」
意味分かんない! どうしていきなりそんな方向に話が進むのよ!
訳が分からず混乱して、うまく言葉が出てこない。
一方のクマは、そんな狼狽する私に言い返す間も与えず、肩に手をかけてベッドの上に押し倒していた。
「きゃっ!」
仰向けに倒れた私の体の上に、姿勢を低くしたクマが自分の体を重ねてくる。
「やっ……ちょ、ちょっと何を……」
「祈里ちゃんがやりたいって言うのなら、いいよ。今日一日、クマはユキトじゃなくて祈里ちゃんだけのモノだから」
そう言って、クマは自分の手を私の手に合わせて、指を絡ませてきた。
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