第13話 縫いぐるみ交換お泊まり会、再び

 上崎さんに思いきり引っ叩かれて真っ赤に腫れた頬を押さえながら、僕はベンチの上で完全に憔悴しょうすいしてしまっていた。


 ……あぁ神様、僕に一体何の罪があったというのでしょう。


 項垂れていると、無表情のクマが僕の隣に寄り添ってくる。


「ユキト、大丈夫? 痛いの痛いの飛んでいけ……のチューしようか?」

「うん、心配してくれてありがとう。でも今人前でチューされたら恥ずかしさのあまり昇天しちゃうかもしれないから、お預けにしてもらってもいいかな……」

「分かった。じゃあ代わりに頬ずりしてあげる」

「それも同じことだと思うんだけど……」


 こんな僕らのやり取りを傍で見ていた上崎さんは、項垂れるように大きな溜め息を吐く。


「お前らさ、家帰っていっつもそんなことしてるとか、ホントどんな神経してんの? マジ有り得ないんだけど………そ、そんなことするなら、私も――」


 と、ぶつぶつ何か言いかけたところでハッと我に返った上崎さんは、「と、とにかく!」と声を上げる。


「クマ、今日は私の家に来て!」

「えっ、どうして?」


 突然そんなことを言われて、首をかしげるクマ。


「これ以上クマが之斗と一緒に居たら、いつ之斗の理性のタガが外れてクマを襲うか分からないでしょ。だから少し距離を置かないと、之斗が犯罪者になるところを黙って見てなんか居られないっての!」


 あれ? なんかもう今の時点で既に犯罪者確定されちゃっているのですが、僕そんなに信用ないの? 泣いてもいい?


「で、でも上崎さんの家の方は大丈夫なの?」

「それは別に平気だよ。両親には友達と泊まりに来たって伝えるし、私の部屋は広いから、床に布団を敷くスペースは確保できる。着替えは私が貸すし、寝具も一通り揃ってるし、不便は無いと思う」


(上崎さん、僕らのためにそこまで考えてくれていたのか……)


 同棲している僕らを大いに怪しんでいるものの、上崎さんなりに僕らのことを色々気遣ってくれているのが分かって、思わず心打たれてしまう。


 それに、確かに最近は毎晩クマと一緒に居るせいで悶々とした日々を送り続けているのは事実だし、これ以上一緒に居たら何が起きるか、正直自分にも分からない。

 久々に自分一人だけの生活に戻るのも、良い息抜きになるかもしれないし。

 ならここはひとつ、彼女の言葉に甘えさせてもらうとするか。


「……分かった。じゃあ少しの間だけど、僕のクマをよろしくお願いします」

「ちょ……変な言い方すんなよ!」


 うん、自分も今この言葉を口にしてみて凄く恥ずかしくなった。


 ――すると、隣に居たクマが僕の袖を引っ張りながら、寂しさのにじんだ声で言う。


「でも、クマはユキトとずっと一緒に居るって、約束したのに……」

「別にこれが今生の別れって訳じゃないし、明日また会えるだろ? 昔よくやった『縫いぐるみ交換お泊まり会』をやるような感覚でいれば大丈夫だよ」


 そう言って背中を押してやると、クマは「確かに!」と言うようにポンと手を叩いた。


「……分かった。ユキトがそう言うなら、クマは今日一日祈里ちゃんのモノになる!」

「だから変な言い方するなっての!」


 上崎さんの鋭いツッコミが入る中、クマは彼女の方を向いてペコリと頭を下げた。


「では祈里ちゃん、少しの間お世話になります」

「そ、そんな畏まらないでよ。フツーに友達とのお泊り感覚で構わないから。ほら、行くよ」


 上崎さんはクマの腕を取り、自分の家へと案内してゆく。

 そこでふと、彼女に伝え忘れたことを思い出した僕は、咄嗟に呼び止める。


「――あ、上崎さん! クマはいっつも寝る時におやすみのチューを強請ってくるけど、したくなければ無視していいから!」

「なっ/////……んなこと今言うな今っ!」

「あ、あとクマは胸が異様に大きいから、なるべく胸周りの大きいサイズの服を着せてあげてくれ! あと、まだ箸の持ち方をマスターしてないから、夕飯の時はフォークも用意してあげること! あとよくお風呂と勘違いして洗濯機に頭を突っ込む癖があるけど別に病気とかじゃないからね! お風呂は少し熱めの温度に設定してあげると喜ぶよ!」

「お前は心配性な母親かっ!! いちいち余計な心配しなくても大丈夫だから! じゃあね!」


 上崎さんはそう叫んで、クマを引っ張って行ってしまった。


(行っちゃった……上崎さん、クマと上手くやれればいいけど……)


 そんな心配を抱きつつも、まぁ上崎さんのことだしきっと大丈夫だと思い直し、僕は一人帰路に就いたのだった。

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