第12話 男女が一つ屋根の下、当然何も起きないはずもなく……
「……ってか之斗、まだ持ってたの? あのクマちゃん」
ひと
「えっ? ああ、うん……生まれた時から大事にしている物を捨てるなんて、僕にはできないよ」
「あんなボロボロだったのに、よく今まで待ってられたね。ある意味感心するよ」
そう言って、呆れたように溜め息を吐く上崎さん。
「……で、どうして人間なんかになっちゃったの? フツーに考えて有り得ないんだけど」
「分からない。気付いたらこの体になっていた。多分、神様の悪戯だと思う」
「いや神様の悪戯って、一体どんな神様なのよ……」
きっと破廉恥の神様だよ。と思わず口が滑りそうになり、慌てて口を押さえた。
「と、とにかく、理由はどうあれ、こうしてクマが人間になった以上、クマには人間の女の子としての生活をさせてあげたいし、人間だからできる楽しいことを色々教えてあげたいんだ」
僕は気持ちが伝わるよう誠意を込めて神崎さんと向かい合い、深く頭を下げる。
「だから、上崎さんにも協力して欲しい」
「っ………わ、分かったよ。私もできることなら手伝うから」
面と向かって言われて、上崎さんは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら答える。
クマが人間になった事実については、まだ内心疑っているようだけれど、協力する姿勢は見せてくれている。やっぱりなんだかんだ言って、上崎さんは優しいんだな……
「じゃあ早速で悪いんだけど、一つお願いがあるんだ」
「えっ? な、何?」
協力すると申し出た早々に頼ってしまうのはどうかと思うけれど、ここは仕方がない。
僕は腹を割ってこう切り出した。
「僕と一緒に、クマに着せる服を選んでほしい!」
「はぁ?」
突然の買い物の誘いに、素っ頓狂な声を上げる上崎さん。
「いやあの……僕、男だからクマに着せる女性用の服とか持ってなくて、新しく買うにしても女の子のファッションとかコーデとかよく分からないし、かと言ってクマをずっと僕のジャージ姿で居させる訳にもいかないし……」
だから、同じ女の子である上崎さんに、クマにぴったりな服を選んで欲しい。その由を彼女に伝えた。
「そ、そんなの別に私じゃなくても……」
「頼れるのは上崎さんだけなんだ! 幼馴染のよしみとして、お願いできないかな?」
僕がしつこく懇願するのもあって、最初はプイとそっぽを向いていた上崎さんが、チラとこちらを見た。
「祈里ちゃん、お願い」
「ぐっ……わ、分かった、分かったから!」
その時、無表情のまま上目遣いで迫るクマを見て心に刺さったのか、上崎さんは顔を赤らめながら、渋々僕らの願いを了承してくれたのだった。
「でも今日はもう遅いから、服選びは明日付き合うってことで、それでもいい?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう上崎さん」
「……言っておくけど、あまり期待はしないでね。私もその辺のこと、大して詳しくないから」
上崎さんは髪を指で弄りながら、
でも、さっきクマが上崎さんの部屋や趣味について話していた時、「幼い頃僕と遊ぶ前にタンスの前で何を着ていくか迷う時間が一番楽しい」と言っていた。
そんな彼女なら、間違いなくクマに一番似合う服を選んでくれるだろうし、それにきっと選ぶ本人も楽しんでくれるはずだ。
僕は密かにそんなことを期待していた。
「……じゃあ私は帰るけど、之斗たちは?」
「あ、うん。僕らももう帰るよ。明日楽しみにしてるね」
そう言って、僕らは別れようとした。
……のだが、ふと上崎さんが足を止めて振り返る。
「あれ? そう言えば、クマはどこに帰るの? そもそも、帰れる家とかあるの?」
「クマはユキトと一緒の家に住んでるの。だから、ユキトと一緒に帰る」
クマの答えの後、暫しの沈黙が流れ――
「……は? 之斗の家って、之斗は確か一人暮らししてるはずでしょ?」
「あぁ、うん……」
「ひょっとして、同棲してんの?」
「ええと……まぁ状況としては同棲に近い、のかな?」
僕が曖昧にそう答えると、「いや、いやいやいや」と上崎さんは首を横に振りながらこちらに近付いて来る。なんか怖い……
「それは流石にヤバくない? 同棲だよ? 男女が一つ屋根の下なんだよ?」
「べっ、別に部屋が一緒ってだけで、やましいことなんて何も――」
「男女が一つ屋根の下ってだけでもう十分やましいでしょ! 之斗は考えなかったの? そんな状況で居たらどんな問題が起こるか!」
そりゃもちろん考えたよ。普通女の子が自分の家に泊まるってなったら、男なら誰だって一番にそのことを考えると思うし、それが普通だと思うよ。
でも僕の場合、何の前置きなく初めからコイツが家に居たものだから、考えるも何もなかった訳で……
「ユキトの言う通り、クマたちは何もやましい事はしてない。一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、同じベッドで寝た。ただそれだけ」
「それが大問題でしょうが! てか、一緒のベッドで寝るって、それまさか……」
「いや違うよ上崎さん! 一緒に寝るって、そういう深い意味とかないから! あとお風呂は別々に入ってるからどうか安心してほしい!」
「そう。そして寝る時は毎晩クマとギューしてくれるし、学校へ行く時は行ってきますのチューも欠かさずしてくれるわ」
「ぎぎ、ギューにチュー⁉︎」
「ちょっと混乱するからクマは黙っててくれないかな!」
僕はクマの口に手を当ててそれ以上話さないように釘を刺したけれど、もう手遅れだったようだ。
「ゆ、之斗、お前……毎日そんなエ、エッチなことをクマに強要してたのか⁉︎」
「だからしてないって! 全部クマの方からしてくることなんだよ! おかげで毎晩フッ飛びそうな理性を辛うじて抑えているし、いつも湧き上がる欲望と戦って――」
「こっ、この変態野郎〜〜〜〜〜っ!!」
ベチ――――――――ン!
誰も居ない公園に、平手打ちの音が高らかに響き渡った。
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