第11話 誰かと会う度にその人の"初めて"を奪わないようにしましょう

 いきなりクマから不意打ちチューを食らい一発K.O.してしまった上崎さん。


 仕方なく僕は気絶した彼女を抱えて近くの公園に向かい、ベンチの上に寝かせてあげた。


「あのさぁ、クマ……」

「ん、何?」


 ベンチの隣に座ったクマに声をかけると、何食わぬ顔でクマが振り向く。


「クマが元々縫いぐるみだったせいで、抱き付いたりチューしたりするのが日常茶飯事で挨拶代わりになってしまっていることは僕も分かってるよ。……で、さっきチューしたのも、久しぶりに上崎さんと会って感極まってしまったからだよね?」


 僕の説明に、こくりとクマが頷きを返す。


「それも分かってる……でもね、たとえ相手が知ってる人でも、出会い頭からいきなりその人の”初めて”を奪おうとしちゃ駄目、絶対。オーケー?」

「うん、オーケー」


 本当に分かっているのか不安しかないが、これでクマが誰かと会う度に、こうして僕が気絶した相手を運んでやる必要は無くなると思う……多分。


「………う、うぅん……」


 ベンチで横になっていた上崎さんが気が付いたらしく、唸り声を上げて体を起こした。


「あ、上崎さん、大丈夫だった? 怪我とかない?」

「えっ……あぁ、うん。私は別に――」


 そう言いかけて僕の隣に座るクマと目が合い、上崎さんは「ひっ!」と声を上げて顔を真っ青にし、ベンチの隅に縮こまった。


 どうやら、相当なトラウマを植え付けてしまった模様。一体どうしてくれるんだよ……


「……あの、上崎さん、落ち着いて聞いてほしいんだけど」

「うん……ちょっと無理」

「ですよね…… い、一回深呼吸する?」

「ふざけないで。その子は一体誰なの? どうして私の名前を知ってるの?」


 怒った上崎さんに問い詰められてしまう。彼女の鋭い視線が心に刺さる。

 こうなればもう冗談は通用しないだろう。


 ……仕方がない。

 僕は彼女に事実を全て話すことに決めた。


「ええと、その……多分信じられないかもしれないけど、この子は僕が持ってたクマなんだ。ほら、覚えてる? 小さい頃、よく一緒に遊んでたクマの縫いぐるみのこと」

「えっ、……あぁうん。之斗がずっと大事にしてたボロボロのクマちゃんでしょ。それは覚えてるけど………え?」


 僕の言葉を聞いて目を丸くする上崎さん。


「……あのクマちゃんが?」

「(コクリ)」

「この子、ってこと?」

「……(コクリ)」


 「いやいや、意味分からないんだけど」と首を横に振られる。やっぱり理解できないよなぁ……まぁ僕も最初はそうだったけど。


 彼女にどう説明すれば信じてもらえるのか分からず、頭を悩ませていた時……

 クマが上崎さんに向かってこう言った。


「祈里ちゃん、ルナルナは今も元気にしてる?」

「は?……」


 ルナルナって――確か、昔上崎さんが持っていたウサギの縫いぐるみの名前だったっけ?

 小さい頃、僕はクマを、上崎さんはルナルナを持ってよく一緒に遊んでいた。互いに縫いぐるみが好きという共通点があったから、僕らは仲良くなれたのだ。


「……そんなの、もうとっくの昔に捨てたよ」

「そう……それは残念ね」


 かつての縫いぐるみ仲間の悲報を知り、寂しげな表情を浮かべるクマ。


「てか、なんで私の持ってた縫いぐるみの名前まで知ってんの? まさか、之斗が彼女に吹き込んだの? 最低……私のプライベートを見ず知らずの他人ひとに勝手に話さないでよ」

「い、いやそれはちが――」


 僕が否定しようとすると、クマが間に割り込む。


「祈里ちゃんは覚えてる? 小学生の頃、クマとルナルナを交換して家に持ち帰っていたこと」

「はぁ? 今度は何言い出すの?」


 唐突に過去の思い出を引っ張り出されて混乱する上崎さん。


 ……あぁ、そういえば昔、よく上崎さんとは縫いぐるみを互いに交換して遊んでいた。

 確か「縫いぐるみ交換お泊まり会」とかいう名目で、僕はルナルナを、上崎さんはクマを自分の家に持ち帰って一晩部屋で一緒に過ごし、次の日の朝に本来の持ち主へ返していたんだっけ?


「その時、クマは祈里ちゃんの部屋にお邪魔したことがあるの。だから、部屋の内装はしっかり覚えてる。何処に何が置かれていて、


 そこまでクマが話すと、上崎さんの態度が急変する。


「なっ!……ちょ、ちょっと、それ以上は話さないで!」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろする上崎さん。


 そういえば、上崎さんとは外で一緒に遊ぶことはあっても、彼女の部屋には一度もお邪魔したことがなかった。上崎さんは当時から他人を自分の部屋に入れることを酷く嫌っていたから。

 でも縫いぐるみだったクマなら、交換した際に彼女の部屋に何度も持ち込まれたことがある。つまりはクマだけにしか、上崎さんの部屋の内装のことは分からない。

 なるほど、これなら僕の吹き込みではなく、彼女自身がクマであることを立証できるという訳か!


「部屋には勉強机に洋服タンスとベッド。基本室内は明るいピンクに揃えていて、ベッドにはピンクの枕カバーとベッドカバーが掛けられてる。部屋にある物の中で一番のお気に入りはミッ〇ィーの壁掛け時計で、之斗と遊ぶ前にタンスの前で何を着ていくか迷う時間が一番楽しい」

「いっ、イヤぁ〜〜~! それ以上言うな〜〜~~〜っ‼︎」


 自分の部屋の内装や趣味を暴露されてしまい、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして取り乱してしまう。

 へえ、上崎さんってクールで物静かなイメージだから、てっきりモノトーン系とかで揃えているものと思っていたけれど、思ったより女子っぽい可愛い系だった。


「……そして、洋服タンスの引き出しの奥には、家族にも打ち明けたことのない祈里ちゃんだけの秘密が隠してあって――」

「分かった認める! お前がクマだって認めるから! だからそれ以上は言わないで‼︎」


 上崎さんは縋り付くように懇願し、クマは彼女の部屋の秘密までは打ち明けなかった。


(上崎さんの部屋の秘密……少し気になるところではあるけど、今は彼女がクマをクマだと認めてくれたことを感謝しないと)


「……上崎さん、ありがとう。この子をクマだと認めてくれて」


 僕はそう言って、彼女の前で深く頭を下げた。


「はぁ……本当に、一体何なのこいつらは……」


 大きな溜め息を吐き、頭を抱えて項垂れる上崎さん。


 後々になって、彼女には色々迷惑かけてしまったと反省したけれど、クマが機転を効かせてああでも言わなければ説得できなかっただろうし、まぁ終わり良ければ全てよし!

 ……と言うことにしておいてほしいな、上崎さん。

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