第9話 ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……?

 ……あの夜の出来事から、クマはまた僕にべったりくっ付いてくるようになった。


 もちろん、傍に居ることを許してしまった以上、僕は擦り寄ってくるクマを黙って受け入れてあげるしかなかったけれど、不思議と悪い気持ちはしなかった。

 抱き付いて肌が触れる度に、その感触に心地良さを感じたし、妙な安心感を覚えた。


 そして何時しか、その心地良い感覚がクセになってしまい、気付けば自分からクマに触れることも多くなっていた。

 ……こんなの、本来なら恋人同士でしかやっちゃいけないことなのに。


 でも考えてみれば、縫いぐるみだったクマとは生まれた時からずっと一緒なのだから、実質恋人のようなものなのかもしれない。付き合い歴十五年のカップル……いや、長っ……


 そんなことを思いながら、僕は学校からの帰途につく。


(今日もクマ、玄関でずっと待っててくれたりするのかな……)


 クマとの同居生活が始まって、早一週間。

 相変わらず世の中は平和そのもので、クマの美少女化という特異点によって僕の日常が崩れることは無かった。


 でも、ちょっとした変化はあった。


 これまでの一人暮らしとは異なり、同じ部屋にパートナーが居るという生活には、やっぱり慣れなかった。

 自分の根城で好き勝手にできないというもどかしさもあったし、家事の仕事も二人分こなさなければならないので、正直デメリットの方が多い。


 しかもクマはいつでも無防備過ぎるので、常に自分の中で崩壊しそうな理性を保つ適度な緊張感の中で過ごさなければならなかった。

 ……恥ずかしい話、毎日クマに擦り寄られて日々溜まってゆくアレな欲望を発散するため、昨日クマが寝てからこっそり起き出し、久々にトイレで抜いた。

 おいおいいきなり何言い出すんだよとツッコまれるかもしれないが、これはもう男子として生まれた運命サガなのだから仕方がないだろう。まさか自分の縫いぐるみで抜く日が来るなんて思わなかったけれど、こうでもしないと多分僕の理性が死ぬ。


 ……なんか、また近々いろいろと面倒な事が起きそうな気がするなぁ。


 まだ起きていないゴタゴタをあれこれ想像してしまいながら、自分の部屋があるアパートに帰り着く。


 ……でもまぁ、一人暮らしと違って、自分の帰りを待っててくれる人が居るってのは意外と気分が良いな。


 ふとそう思いながら、部屋の扉を開ける。


「……ただいま」

「おかえりなさい、ユキト」


 すると予想通り、即行で返事が返ってきた。


 玄関を見ると、そこには正座したクマが僕を待ってくれている。うん、これも予想通りだ。


 そんなクマは、いつものパーカーにジャージ姿……

 ではなく、なぜか今日は僕の使ってるフリフリのエプロンを身に付けていた。

 もちろん、その下は全裸。

 うん、これは予想外だ。


「………あ、あの……クマ、その格好は?」

「さっきお茶飲もうとして、カップをひっくり返しちゃったの。着てた服、下着まで全部濡れちゃったから、代わりに着れそうなのがこれしか無くて」


 そう言って、エプロンの裾を両手の指で摘みながら胸元の位置を調整するクマ。


 まさか、じかにこの目でホンモノの裸エプロン姿を見る日が来るとは思わなかった。

 白いエプロンの狭い布地の中に辛うじて女の子の大事なところが全て収まっていて、はみ出た横乳とか、肩紐の掛かった鎖骨とか、フリル裾から大胆に見える太ももとか、もうなんかどこも色々全部まとめてとてもエッチです。うん。


「じゃあユキト……来て」

「へっ? い、いや、流石にその格好じゃ無理があるだろ! 今別の着替え用意してやるから――」

「駄目……待てない」


 逃げようとする僕をクマの腕が捕まえて、思い切り正面から抱き付かれてしまう。

 そしてそのまま、おかえりのチュー。


 この瞬間、脳内で何かがプツンと切れる音がして、僕の意識が飛んだ。

 もしあの音が、理性の途切れた合図であったのなら、かえって気絶した方が良かったのかもしれない。あの状態でまだ意識があったら、僕は多分クマに何をしていたか分からない。


 ――まぁこの後も、ようやく目が覚めたと思いきや、裸エプロン姿のクマに膝枕されていて、また軽く意識飛びかけそうになったのだが……


 これ本当に大丈夫なのか、僕……このままじゃ本当に命が危うくなるかもしれないぞ。


「今日も一日よく頑張ったね、ユキト。えらいえらい」


 美少女に膝枕され、頭をよしよし撫でられるという、男子なら誰もが夢見るシチュを体験中♥……のはずなのに、僕はクマの膝上で自身の生命の危機を感じながら顔を青くして震えていたのだった。




「……ねぇ、ユキト。一つ、お願いがあるの」


 すると、僕に膝枕をしてくれていたクマが、唐突にそう切り出した。


「な、なに?」

「クマ、お外に出てみたい」


 その一言を聞いて、僕はハッとする。

 ……そういえば、クマが人間になってからというもの、これまでずっと部屋に閉じ込めっ放しで、一度も外に連れ出したことがなかった。


 これまで、学校のある日は一日中留守にしてしまうため、人間になってまだ間もないクマをいきなり外に一人で出すのは危険だろうと思って、部屋から出ないようクマにはずっと言い聞かせていたのだけれど……


 でもよくよく考えれば、女の子を自分の部屋に入れて一週間も外に出さないなんて、これ実質僕がクマを監禁しているようなものじゃないか!

 お巡りさん、美少女を拉致監禁した犯人はコイツです!


 いやいや落ち着け。クマは元々縫いぐるみだったんだ。部屋から出さなかったのは僕なりにクマのことを考えていただけで、やましい事は何もしてない。だから犯罪にはならない……はず。


 へっ? もう十分やましい事してるだろって?

 ――確かにそうでした。お巡りさん、やったのは僕です。


 ……でも、ちょうど明日から土日だし、明日はクマを連れて近所の散歩でもしてみようかな。


 クマも、人間になって初めての外出は、色々と新しい発見があるかもしれないし。楽しんでくれると良いけど……

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