第6話 焼きそばはこの世で一番のご馳走?
しっかり手を洗って、エプロンを付ける。
まだ料理初心者だから、形から入ることも大事。
どうして裾がフリルで飾られハート型ポケットの付いた女性もののエプロンを付けているのかは聞くな。母親から譲られたんだ。シンプルな男性用のやつに買い換えようとも思ったが、面倒だしどうせ一人だからいいやとなって今に至る。
エプロン姿の僕をまじまじと眺めてくるクマ。正直めっちゃ恥ずかしい。
くそ、こんなことになるならもっとマシなエプロンを買っとくべきだった。と、今更後悔する。
とりあえず気を取り直して、材料とフライパンや包丁などの道具の準備を始める。
準備できたら調理開始。まずは冷凍シーフードの解凍から。自然解凍では時間が無いのでぬるま湯に入れて一気に溶かす。解凍できたらエビは背わたと腹わたを抜いてしっかり水気を取る。
野菜と肉をそれぞれ一口大に切ってから、フライパンに油をひく。ある程度フライパンを温めたら、最初に肉とエビ、イカを放り込んで水気が飛ぶまで炒める。ここであらかじめ塩胡椒を少々振って下味を付けておくのがポイント。
次に野菜を入れてしんなりするまで炒め、中華麺を入れてほぐす。最後にソースを全体に回しかけてよく絡めたら完成。
「凄くいいにおいがする」
僕が調理を終えて、二枚の皿に盛り付けるまでの様子を、クマは無言のまま興味深そうにじーっと眺めていた。
「……じゃ、食べようか」
「うん」
座卓に向かい合って座る僕とクマ。
僕が手を合わせて「いただきます」と言うと、クマは僕の所作をまじまじと眺めながら、真似するように「……いただ、きます」とぎこちなく手を合わせて、箸を手に取ろうとした。
のだが……
「ユキト、これどうやって持つの?」
僕の手元を真似して箸を持とうとするも、上手くいかずにポロリと取り落としてしまうクマ。
普段、僕らは箸の持ち方なんて全く気にしてなかったけれど、よくよく考えてみれば指の組み方とかややこしくて、初めての人には難しいかもしれない。外国人とか、最初は慣れずに箸が持てないのも納得がいく。
「フォーク持ってくるから待ってて」
僕はキッチンの棚の引き出しからフォークを探し出してクマに渡した。
と言っても、普段からあまりフォークを使わない僕が持っていたのは、子ども用の小さなフォークだけだった。柄がプラスチック製で、そこに子ども向けアニメのキャラクターがプリントされている可愛いヤツだ。
……今思ったけど、僕の部屋には驚くほどに食器が無い。お皿もクマと使ってるこの二枚しか持ち合わせて無いし、エプロンといいこのフォークといい、全て物持ちの多い母親から譲り受けた物だ。一人暮らしを始めてから買ったキッチン用品はほぼ皆無に等しい。
受け取った小さなフォークで、焼きそばをつかもうと四苦八苦するクマ。……なんか凄く悪い気がしてきた。
やっとのことで一口目を口に入れたクマは、口の周りをソースで汚しながら、もちゃもちゃと咀嚼する。
「ど、どう?……」
おずおずそう尋ねると、クマは暫しの間、口だけ動かしたままフリーズする。
(ひょっとして、不味かった?)
そう思った次の瞬間――
……ポロポロポロ
無表情で咀嚼していたクマの目から、玉の涙が次々と溢れてきたのである。
「泣くほど不味かったの⁉︎」
「……ううん、違う」
溢れてくる涙を手の甲で拭いながら、クマは首を横に振る。
「おいしい。とっても美味しい。多分、世界一美味しい。……そう思って食べてたら、気付いたら涙が出てた」
口をもごもごしながら答えるクマ。
……つまりは、泣くほど美味しかったってこと?
――でもよくよく考えれてみれば、クマは人間になって初めて、ご飯を食べたのである。
生まれて初めて味覚を感じ、それを「美味しい」と気付いたクマは、表情は変わらずとも体が感動して勝手に涙が流れてしまったのだろう。
そんなことなら、もっと豪勢な料理にした方が良かっただろうか? 僕なんかの下手な手料理より、ファミレスとかで食べた方がもっと感動していたかもしれないのに。
……でも、自分の作った料理をこんなにも美味しく食べてくれる姿を見ると、思わずこっちまで嬉しくなってしまう。
「……ありがとう。美味しいのなら良かったよ。……あ、でもね、クマ」
「何?」
「食べながら喋るのは駄目。よく噛んで、ごっくんしてから話すこと」
「あと、口の周りを汚さない」と、僕は机に置かれたティッシュを一枚とってクマの口元を綺麗に拭いてやった。まるで幼稚園の先生みたいな気分だった。
それからも、クマは僕の作った焼きそばをもりもり食べて、あっという間にお皿は空っぽになってしまった。
食べている途中、「これって虫なの?」とか「これは消しゴム?」など言いながらエビやカットされたイカをフォークで突き刺して見せてきたので、「それは魚の一種だよ。だから食べても大丈夫」と適当に言い聞かせたたところ、さも美味そうにそれを食べていた。
けれど、フォークの扱いが慣れずにポロポロ溢してしまったこともあって、クマが唯一着ているパーカーもソースまみれになってしまった。
「それは洗濯に出さなきゃ駄目だね。これからお風呂の準備をするから」
「? ……お風呂って、洗濯のこと?」
そう言って、フォークを持ったクマは首をかしげる。
どうやら、元縫いぐるみだったクマにとって、お風呂と洗濯は同義であると捉えているらしい。
まぁ確かに、体を洗って綺麗にするという意味では、洗濯と変わりはないような気もするけれど……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます