第5話 天井のシミを数えている間に終わるから
午後の授業が過ぎ、帰りのホームルームも終わると、僕は急いで荷物をまとめて教室を出た。
他のクラスメイトたちはみんな部活があり、放課後も学校に残って活動していたけれど、一人暮らしをしている僕に、部活なんかやってる暇は無い。
靴を履いて生徒玄関を抜けると、掛け声上げてグラウンドを走ってゆく運動部の生徒たちを横目に、校門を抜けた。
向かうのは、ここの近所にあるスーパー。夜ご飯に使う材料の買い出しである。
まだ空が明るい中、僕は今日何を食べたいか考えながら早足で歩く。とはいえ、自分の作れるメニューなんてたかが知れているけれど。
スーパーに到着し、買い物カゴを持って中に入る。
さて、今日は何にするか……
今日からはこれまでと違い、一人分多く作る必要がある。とはいえ、作り過ぎて余らせることもあるから、その辺を加味して考えよう。
(あれ……そういえば、クマってどんな食べ物が好きなんだろう?)
あいつは元々シロクマの縫いぐるみだから、ホッキョクグマ……まさか、アザラシの肉とか?
いやいやまさか。
人間なんだから、僕らの食べるものと同じで問題無いはずだ。
僕はそう割り切って、とりあえず今日作るものの材料を一通り揃えてみた。
・キャベツ
・もやし
・にんじん
・豚肉
・冷凍シーフードミックス
・中華麺
買い物カゴに入った食材から予想できるかもしれないが、そう「焼きそば」である。
ちなみにシーフードミックスを入れたのは、エビとイカを入れて海鮮焼きそばにするためだ。ソースは家にあるから買っていない。
買い物を終えた僕は、買った食材を詰めた袋を手にスーパーを出た。
一人暮らしを始めた当初は、スーパーのお惣菜とかコンビニ弁当ばかり食べていたけれど、種類が豊富とは言えいつかは飽きてしまうものである。
だから、渋々自炊するようになった。焼きそばは、僕が初めて自炊した時に作った料理だ。
少し焦げたけれどなかなか上手くできて、次の日そのことを上崎さんに自慢したら「焼きそばって、料理って言えるの?」と言われて滅茶苦茶
と、ともかく、高校が始まって二ヶ月の間で作り方をマスターし、自分の作れるものリストに入っていた焼きそばをチョイスしたと言う訳だ。
逆に、それしかまだリストに入っていなかったのもあるが……
アパートの自分の部屋まで辿り着き、ドアノブに手を掛けながら、僕は一瞬動作を止める。
(帰ったら居なくなってるとかやめろよ……)
そんな一抹の不安がよぎりつつ、恐る恐る扉を開ける。
ギィィ……
「……ただい――」
「おかえりなさい」
「うぉっ⁉︎」
開けた途端、即行返事が返ってきて驚く。
玄関を見ると、クマは朝出かける時に見たところから寸分も違わぬ位置で正座をしたまま、僕の方を見つめていた。
「た、ただいま……もしかしてお前、ずっとそこに居たのか」
「うん」
「……一日中?」
「うん」
どうやら、僕が朝部屋を出て行ってからも、クマはずっとここで座って待っていてくれたらしい。
……いや、確かに部屋を出るなとは言ったけど、そこから一歩も動くなとは言ってない。何時間もそこで正座してろとか、どんな拷問だよ。修行僧なのかお前は。
呆れながらも、とりあえず部屋に入って扉を閉める。
「ずっとその体勢のままじゃ、脚とか
「ううん、平気。クマ、じっとしてるの得意だから」
「そうなのか?」
「うん。縫いぐるみだった時、いつも机の上に何時間も仰向けに置かれていて、その時は天井のシミを数えてる間に終わったから」
「いや言い方……」
凄くいかがわしく聞こえてしまうのはさておき、僕が机にクマを置いて勉強したり料理したり洗濯したりしている間、そんな風に暇潰ししてたのね……
「でも、
「そ、それは悪いことしたな……」
「別に平気。気にしてない」
「ちなみに、今日はどんな暇潰しを?」
「玄関の前を通る人の足音を聞いて、どの足音がユキトのかを聞き分けてた」
凄い……もはや超無意味な暇潰しの頂点を極めようとしている。
「ユキトの足音は特徴的だから、階段を上がって来る音ですぐに分かった」
「マジかよ」
「……ところで、その袋は何?」
クマが僕の手に下げている袋を指差して問いかけてくる。
「あ、これは今日の晩御飯の買い出し。一応焼きそば作る予定なんだけど」
「ヤキソバ……聞いたことあるけど、食べたことない」
そりゃそうだろう。縫いぐるみは食べないんだから。
そう思っていたら、クマのお腹が「キュルルル……」と可愛げな音を立てた。
「ねぇユキト、さっきからずっとクマのお腹から変な音が聞こえるの。これって病気?」
お腹をさすりながら怪訝な表情を浮かべるクマ。人間になってまだ間もないクマには、お腹の鳴る感覚を空腹と分からないらしい。
僕も、今日お昼を抜いたせいで、いつもよりかなりお腹が空いていた。
「それはお腹が減ってる合図だよ」
「お腹が減るの? ならもっとお腹に
「いや、物理的に減ってる訳じゃなくて……それに人間の体に綿は詰められないからね?」
まだ人間の感覚に慣れていないクマの天然発言にツッコミを入れながら、僕は夕飯の準備に取り掛かり始めた。
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