第2話 縫いぐるみ界隈ではこれが普通です

 ベッドの上。僕とクマ、二人だけの部屋に暫しの沈黙が流れ……


 そして――


(………な……な、なななななななっ‼︎)


 ガタッ! ドタン!


 一時停止していた思考がようやく動き出し、つい先ほどクマにやられた行為が脳裏にフラッシュバックして、思わずベッドから転げ落ちた。


「ユキト、大丈夫?」


 心配そうに倒れた僕を見てくるクマ。


「痛たた……だ、大丈夫だけど……」


 お尻をさすりながらとりあえずそう答えたけれど、本当は全然大丈夫じゃなかった。なにせ初めてを奪われたのである。しかもあんなにあっさりと。


「あの、い、今のって……」

「? おはようのチュー」


 当たり前じゃん、というようにクマは答える。

 おはよう? あれ挨拶代わりだったってこと? しかもチューって……

 顔を赤くしたまま呆然とする僕を見て、クマはベッドの上で不思議そうに首を傾げた。


「……ひょっとして、もっとして欲しかった?」

「へっ? いや、あのこれ以上は――」

「いいよ」


 拒否しようとする前に許可されてしまい、クマは裸のまま僕の方へ擦り寄ってくる。


「ほら、おいで」

「いやいや、ちょっと待っ――てぇっ!」


 四つん這いでベッドから降りるクマを慌てて引き止めようと手を伸ばしたら、クマは体のバランスを崩して僕の上に倒れ込んでしまった。


 のしかかるように腹の上に座り込み、両手で僕の胸をむんずと押さえ付けるクマ。……こいつ、女の子の癖してめっちゃ力強い! これじゃどこにも逃げられない!


「じゃ、もう一回、しよ」


 そう言って、僕に顔を近付けてくる。たわわと揺れるおっぱいが、クマの両腕に左右から押し出されてふにゃりと瓜の形に変わった。


 ヤバい……これ以上やられたら、きっと僕の理性が死ぬ!

 そう思った僕は、とっさに声を上げて叫んでいた。


「ま、待って‼︎」

「? どうしたの、ユキト?」


 もう少しで重なりそうだった唇が止まる。


「……と、とりま服、着よっか!」



 それから、僕はその辺の床に落ちていたくしゃくしゃのジップアップパーカーを拾い、クマの背中に羽織らせてやった。

 けれどクマは服の着方がよく分からないらしく、肩に掛けられたパーカーを見ても小首をかしげるだけ。


 仕方なく僕は、なるべく彼女の裸を見ないよう目をそらしながら腕を持ち、袖に通してやった。

 そして前のファスナーを締めてやろうとしたが、おっぱいが大きいせいで途中で引っ掛かってしまった。おいおい、男性用なのにこれって……一体何カップあるのだろう?


 開いたファスナーの間から今にもこぼれ出そうなおっぱい。おぅふ、なんて破壊力。ある意味裸よりエロいかもしれない。


 けれど、裸で居られるよりはということで、隠すところを隠してようやく気持ちを落ち着けた僕は、深呼吸を一つして、彼女と向かい合って座り、気になっていたことを聞いてみた。


「ええと、まず何から尋ねていいか分からないんだけど、その………本当に、クマなんだよね?」

「うん」


 返事すると、頭に付いた丸い耳がひょこひょこと動いた。あんな耳、普通の人間に付いてる訳ないし、飾りとかでもなさそうだ。


 じゃあ、仮に目の前にいるのが本物のクマだとして……


「どうして、人間の姿になっちゃったの?」


 それも超が付くほどの美少女に。


「……よく、分からない。朝起きたら、この体になってたの」


 どうやら当の本人も、自分が人間の体になった経緯をご存知ないらしい。

 ならばもう神の悪戯か、超常現象的な何かが起こったとしか考えられない。オカルトはあまり信じていないけれど、現実として起きてしまったのであれば、認めるしかない。


「……これが人間の体……何だか、とても不思議」


 クマは自分の髪を触ったり、胸元や脚に目を落としたり、手のひらを日の光が差す窓に透かしてみたりして、まじまじと眺めていた。


「それに、何だかとってもヘンテコな形。頭の下はドーナツみたいな輪っかの脚しか付いてないのが普通だと思ってた」


 うん、まぁ縫いぐるみだった頃のクマは、頭と輪っかの形した脚しか無かったからね……

 当時のあの体型から考えると、今の人間の体はクマにとってかなり複雑な構造に見えているのかもしれない。


「でも、同じ人間でも、ユキトと体の形がちょっと違う。どうして?」

「あ、いや、それはその、男と女の違いだよ。僕は男で、クマは女の子なんだ。体の形が異なるのもそのためで……」


 まるで自分が保健体育の授業をやっているみたいに思えて、少し恥ずかしくなる。


「……クマも、ユキトと同じ体が良かった」

「いや、僕にそう言われましても……」


 何処ぞの変な趣味思考した神様が、気まぐれで縫いぐるみのクマに女の子の体を与えたのだから、こればかりはどうしようもならないと思う。しかもよりによってこんなけしからん体格をした女子の体を……

 きっとその神様というのは、破廉恥な思考をお持ちの神様に違いない。


「ユキトは、好き?」

「はい?」

「ユキトは、今のクマの体、好き?」


 前のめりになりながらそう問いかけられ、僕は再び困惑する。

 好きか嫌いかで言えば、そりゃもう思春期の僕にそんな魅惑的な体を見せ付けられたら、答えは一択しかない訳で……


「べ、別に嫌いって訳じゃ、ないけど……」


 つい胸の谷間へ視線が行ってしまい、慌てて視線を逸らす。


「……良かった」


 するとクマはそう言って、またしても猫みたいに僕の懐に飛び込んできた。


「うわわ、分かった! 分かったから一旦離れよ! ね?」


 隙あれば例え全裸であれど抱き付いてくる超絶無防備なクマを前に、僕の心臓が持ちそうになかった。


「どうして? ユキトが小さい頃は、いつもクマに抱き付いて、何度もチューして離さなかったのに……」

「それお前が縫いぐるみだった時の話な!」


 今の体でそんなことやったら、ただのセクハラ変態野郎も良いところだ。縫いぐるみと人間の女の子とじゃ、中身は同じでも扱いに百八十度差が出るんだってことを、クマにも分かって欲しかった。


 でも、必死にそう言い聞かせても首をかしげているところから見て、多分本人は分かってないのだろう。とほほ……

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