第1話 出会いはベッドの上で

 目覚まし時計のベルが鳴り、寝ぼけ眼を擦って時計を止める。


 時計を見ると、時間は7時半過ぎ。うーん……もうちょっと寝ていたい。

 ぼんやりとした視界に浮かぶのは、自分の部屋の白い天井。

 一人暮らしを始めた当時は見慣れない光景だったけれど、高校生活を始めて一ヶ月もしないうちに慣れた。


 高校生で一人暮らしは大変というイメージがあるけれど、案外そうでもない。

 ガミガミ言ってくる親も居ないし、部屋や時間の使い方は自由。まるで誰にも邪魔されない自分だけの城を持ったような気分だ。


 掃除とか洗濯とか面倒なことも多いけど、自分だけの空間を維持するのに必要なことだと考えれば、仕方がないと割り切れた。

 ……とはいえ、しょっちゅう家事をサボるから今部屋めっちゃ汚いけど。


 今日は木曜日だっけ? うわ、一限目数学じゃん……テンション上がらねぇなー。

 などと頭の中でぼやきながら目をつぶり、ぐずるように寝返りを打つ。


 ――ぽよんっ


 んむ?


 寝返った途端、柔らかい何かが顔を包んだ。まだ完全に覚醒しきれていない僕は、寝ぼけた意識の中で、この顔を包むモノの正体について思考する。


 枕か? いや、枕なんて僕使わないし。

 じゃあこの顔を包む柔らかいモノは何だ? 妙に暖かいし、それに何だか懐かしいにおいがする。


 手で触ってみようと、布団に潜った腕をもぞもぞと伸ばす。すると今度は、また違う何かが手の甲に当たった。


 これは……すべすべしてて、細長い?

 これってひょっとして………太もも?


 僕は目を開けて、恐る恐る顔を上げた。締めたカーテンの隙間から漏れ出る朝日が、暗い部屋の中にの正体を映し出す。


「………すぅ……すぅ」


 目に映ったのは、艶やかな白銀の髪を伸ばした少女の寝顔。微かな寝息に合わせて、それまで僕の顔を包んでいた胸が上下に動いている。


 その白肌はあでやかで、上から下まで、一切の布地に包まれておらず……


 ――要するに、その子はだった。


 僕のベッドの隣で、美少女が眠っていた。しかも全裸で。


 一瞬で目が覚めた。

 と同時に、光の速さで寝返りを打った。


 ちょ……ちょちょちょちょ、どういう状況~~~~~っ!!


 知らない女の子が隣で寝てるんですけど! しかも全裸で!×2

 何で? ひょっとして入る部屋間違えた? いやいや、寝る前まで自分の部屋居たし、そもそも他人の部屋に入った覚えもないし!


 ってことは侵入者? 泥棒? この子が僕の部屋に入ってきたのか? いやいや、じゃあ何でわざわざ僕の隣に来て寝てんだよ。そこは逃げろよ! とっとと奪うもの奪って逃げろよ!


 ……い、一旦落ち着こう。今ある事実を整理して現状を把握するのだ。ありったけの脳細胞を駆使して考えろ!


 ウィ〜ン、ガタガタガタ……

 頭から煙を吐きながら思考を働かせた結果――


 知らない女の子 + 僕と同じベッドで寝ている + 全裸で(←これ重要)


 = 昨晩はお楽しみでしたね♪ Q.E.D.


 ちくしょう駄目だ、思っくそピンクな答えしか返って来ねー!

 混乱のあまりまともな思考ができないことにもだえていると……。


 ゴソゴソ……


 隣からシーツの擦れる音がして、僕はビクッと肩を振るわせた。


(……まさか、起きた?)


 おそるおそる振り向くと、その少女は上半身を起こして、無表情のままこちらをじっと見つめていた。

 その大きな瞳はサファイアのように青く透き通っていて、目を合わせると吸い込まれてしまいそうなほどに深かった。


 振り向いた僕と目が合うと、彼女は垂れた白銀の前髪を手でこめかみにやりながら、呟くようにポツリと言った。


「ユキト、おはよう」


 あれ、この子僕の名前を知ってる? どうして?


「……あ、あの………どちら様でしょうか?」


 おずおずと僕がそう尋ねると、


「きっとユキトにしか、私のこと分からないと思う」


 少しメンヘラチックな答えが返ってきて、僕は余計に混乱した。


 誤解の無いようここで補足しておくが、僕は今の今まで誰とも女性と交際を持ったことがないし関係も持ったことがない。親戚や知り合いにもこんな白い髪をした美人なんて居ないし、僕に女友達が居たのは小学校の頃までと記憶している。


 ――つまり、今目の前にいる子は、僕にとって縁もゆかりもない、全く赤の他人だということだ。


 ……しかしそうなると、なぜ彼女は僕の名前を知っているのだろう? という疑問が解けない。


「ぼ、僕、君とは初対面なんですけど……」

「うん。ユキトは今の私の姿を見るのも、声を聴くのも初めて。でも、ユキトにしか私のことは分からないの」


 謎かけでもされているのだろうか。


 すると、美しい容姿をした彼女を見ていて、ふとあることに気付く。


 白銀の髪が伸びる頭の上に、ひょこりと丸くて白い耳のようなものが覗いていた。

 その耳は幾重にも継ぎ布が当てられいて、色も褪せており、年季が入っているように見える。


 それを見て、僕はハッと気付いた。


「も、もしかしてお前………クマ、なのか?」

「うん、当たり」


 少女はコクリと頷いて答えた。


 クマ――それは僕が、生まれた時からずっと大事にしていた、シロクマの縫いぐるみだった。


 そう言えば、昨日クマと一緒に布団に入って寝たことを今になって思い出す。高校生になってもまだ縫いぐるみと一緒に寝てるなんて、周りに聞かれたら笑われそうだけれど。

(※作者注:この主人公は高校生になってもクマの縫いぐるみと一緒じゃないと眠れません)


 そのクマが、一晩の間に美少女になっていた。


 ……いやいやいやいや、ちょっと待て。これは一体何のドッキリだ? 夢でも見ているのか僕は?


 頬っぺたでもつねってやろうかと思った。


「ユキト……」

「へ? あ、ちょっ――」


 けれどその前に彼女――女体化したクマがいきなり僕に抱き付いてきて、


「んむっ」


 ――何の前触れもなく、キスされた。


 まるでその行為自体が、変わりない日常の一部であるかのように。ごく自然に、恥じらいもためらいも見せることなく。


「っ!!………」


 唇が潰れるかと思うほど強く押し付けられ、そのまま十秒。

 息ができずに窒息するかと思ったところで、ようやく解放される。


 柔らかな唇が触れたこの感触は、どう考えても夢なんかじゃなかった。

 あまりに突然過ぎて、僕の思考は一時停止する。


 この日、僕は美少女に変身したクマから、いとも簡単にファーストキスを奪われた。

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