生まれた時から大事にしていたクマの縫いぐるみが、ある日突然美少女になりました

クマネコ

第0話 僕の大事にしているクマについて話そう

 ――無人島にたった一つだけモノを持って行けるとしたら、何を持っていく?


 よくあるテンプレな質問に、僕なら迷いなくこう答える。


「クマだ」


 それは僕が生まれた時、母親が0才の誕生日プレゼントとして贈ってくれた、体長18センチほどの小さなシロクマの縫いぐるみのこと。


 赤ちゃんの小さな手でも持てるよう、体はドーナツ型をしていて、その上に付いている饅頭まんじゅう型の大きな頭には小さな鈴が埋め込まれており、振るとカラカラ音が鳴る。


 二つの丸い耳、顔にはシンプルな目と耳と鼻が縫い付けられ、首元には小さなよだれ掛けとリボンが付いていた。


※こんな感じの縫いぐるみだ。

↓↓↓

https://kakuyomu.jp/users/kumaneko114/news/16818093075077209123


 僕は、どんな時もこのクマを離さなかった。ご飯を食べる時も、寝る時も、どこかへ出かける時も、幼稚園へ行く時も、いつもこっそりカバンの中に入れていた。


 そして、時が経つにつれ、クマは使い込まれてみるみるうちにボロボロになっていった。


 ある時、床に落ちていたクマを誤って踏ん付け、頭の中の鈴が潰れてしまったことがあった。それからはクマを振っても、くぐもった鈴の音しか鳴らなくなった。


 幼稚園の友達とクマを引っ張り合って遊んでいたら、ドーナツの脚が千切れて、泣きながら母親のところに走ったこともあった。直してくれたけど、それまでまん丸だったドーナツの脚が縦に伸びてしまい、少し不格好になった。


 小学生になっても、クマはまだ僕の手元にあった。首に付いていたよだれ掛けとリボンはとうの昔にちぎれて無くなっていて、代わりに母親が手製のリボンとマントを縫い付けてくれていた。


 容姿は大分変わったけれど、それでも僕はクマを離さなかった。

 いじめっ子に見つかって奪われても泣く泣く取り返したし、先生に見つかって「もう縫いぐるみからは卒業しなきゃ」と言われても断固拒否した。


 中学生になっても、僕はまだクマをカバンの中に入れて通学していた。

 クラスメイトから悪口を言われたり、テストの点数が良くなかったり、何か嫌なことがあれば、僕はすぐさまカバンからクマを取り出して顔に押し付け、肌触りを感じ、クンクンと犬のようににおいを嗅いだ。


 その行為を周りが見れば、引くほど気持ち悪く思われたことだろう。


 だけど、クマのにおいを嗅ぐとなぜか妙に落ち着くのだ。それまで色々と抱えていた不安やモヤモヤが全てクリアになって、心がフッと軽くなるような、不思議と安心できる感覚。

 生まれてから中学を卒業するまでの十五年間の間にクマは何度も洗濯機に放り込まれたが、この据えたにおいだけは絶対に落ちなかった。


 多分、クマは僕にとって赤ちゃんの持っている安心毛布のような存在で、クマのにおいは精神安定剤のような役割を果たしていたのだろう。いつもそれが近くに無いと落ち着かない。世間ではこれをブランケット症候群とか言うらしいが、多分僕もそれなのだと思う。


 クマは修繕に修繕を繰り返され、もう新品だった頃の面影は欠片も無くなっていた。顔には当て布が重ねて縫い付けられ、元の顔は積み重なった継ぎ布の遥か奥底に沈んでいた。継ぎ接ぎだらけなその顔は、まるでフランケンシュタインの怪物のようだ。


 昔のクマがどんな顔をしていたのか、今じゃもうあまり覚えていない。


 ……でも、ただ一つ覚えていることは、嬉しい時も楽しい時も、悲しい時もつらい時も、常に僕の傍にはクマが居てくれたということ。どんなことがあっても、クマは無言で微笑みかけ、いつも僕を見守ってくれていた。


 そんなクマを、僕はこの先大人になっても絶対に手離すことはないだろうと密かに自負している。



 ……とまぁ、前置きはこのくらいにして、なんだかんだで僕は高校生になり、両親の都合で親元を離れ、小さなアパートに部屋を借りて一人暮らしを始めた。


 ――そしてある日突然、僕の大事にしていたクマが、


 これにはカフカもびっくり! いやいや展開が急過ぎるだろ……


 その事件以後、僕の身の周りは常に変化の連続だった。そもそも、僕の部屋に可愛い女の子が居ること自体、天地がひっくり返っても起こりえない大異変である。


 考えてもみろ。朝起きたら、いつも自分の寝ているベッドの隣にアニメや漫画でしか見ないような美少女が寝っ転がっているんだぞ。一体これは何のご褒美だ?




 ……でも、クマが絶世の美女にトランスフォームしても、唯一変わらないことが一つだけあった。


 それは、クマが女の子であるという異性の壁に阻まれることなく、かつて縫いぐるみだった頃と同じように思春期真っ盛りな僕に遠慮なくスキンシップしてくること。

 隙あれば抱き付いて離れようとしないこと。お餅のように柔らかく大きなおっぱいを無遠慮に押し付けてくること。挨拶代わりにチューをねだってくること。においを嗅いでくること。etc……


 この先、僕の理性が持つかどうか不安で仕方ないのですが、誰か助けてください。




【あとがき】

こんにちは、クマネコです。

今書いている長編に疲れてしまい、息抜きで始めました。

少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

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