EX-01 配信者
「ボス!! 無事だったんですね!!!!」
ポータルを抜けた先、高尾山ダンジョンの出口で私を待ち構えていた副団長が、文字通り飛び上がって声を上げた。
「あさひ……良かった……」
「配信! すぐ止めて!!」
「だから、配信すぐ止めて!」
「入船! 配信止めて! 無理やりでいい!!」
栄が私から離れ、すぐにスマホへ指示を飛ばす。瞬時に頭を切り替えられる、この冷静さが今は頼もしい。
「捜索班に連絡しろ! 末広は管理官だ!!」
「そう、ネット監視して、転載も全部潰して」
クランメンバーが慌ただしく動き出す。よし、まずはこれでOK。私は一息つくと、周囲を見回した。南口ポータルの周辺に整備された待合ロビーは、未だ騒然としている。そこそこ有名な配信者が生放送中にテレポートのトラップを踏んで行方不明なんて、SNSのトレンドに上がるくらいには大事件だ。しかも今日は祝日で人も多い、当然の帰結と言えるだろう。いや、全部私のせいなんだけど。
「聞いて下さい! 皆さん、『とみダン
私の声に、フロア全体で歓声が爆発した。拳を握り込む人や抱き合って喜ぶ人、その場にへたり込む人。ポーション瓶やペットボトルや、空き缶や飲み
「皆様には捜索にご協力いただき、本当にありがとうございます! 大変、ご迷惑をおかけしました。ええと、今もダンジョンに潜って私を探してくれている、そういった知り合いがいらっしゃいましたら、ぜひご連絡していただけると助かります! 改めて、この度は皆様に大変ご迷惑をおかけしたことを、謹んでお詫び申し上げます」
私は深く頭を下げた。冒険者が助け合うのは当たり前、救助で
長い礼の後、周囲が落ち着くのを待って私は頭を上げた。
「すみません、対応のため少し外します。また戻ってきます!」
クランが緊急対策本部として借り上げていた小会議室に避難すると、会議はすぐに始まった。ダンジョン配信専門チャンネル、「とみダンch」とクラン「とみダン団」の首脳が勢ぞろい。配信者の私、マネージャーの栄、冒険者チームとリーダーの菅沢さん。機材・配信担当の入船はリモートだ。
「ボス!!」
「ボス! ご無事で何よりです!」
「ありがとう、でも今は対策を練りましょ。動画は消したのね?」
『すぐにね。パトロールもしてるけどさ、あれだけの事故だよ? 視聴者数はすごかったし転載の全てを止められないよ』
「……ショート撮ろう、無関係な方を映してしまったので動画は削除する、転載も絶対に止めてほしい、って語りかける感じの」
「逆効果じゃないか?」
「そうかもね。そこは少し様子を見て、不要なら無しでいい。拡散が始まったらすぐ上げられるようにして」
「そうだな……ここでいいか、おい!」
「機材、2号車ですよね? もう一人来てくれ!」
「メイクも手直しくらいでいいわね、汚れてたほうが緊迫感が出る」
撮影が終われば、即席の握手会だ。もちろん写真もOK、協会に頼んでロビーを半分確保し、更には飲食エリアの支払いをクランで負担すると発表。祝日のダンジョンは夜半過ぎまで大騒ぎで、私達が撤収を終えクランの車で帰宅の途についたのは朝方だった。
「あさひ、少し寝たほうがいいわ」
「栄こそ」
そんな事言われても、全く眠くないし、眠れない。目も頭も冴え渡ってしまっている。徹夜明けのはずなのに、いつもは眠りを誘う車の揺れすらもテンションを高ぶらせる始末だ。こりゃ今日は大学は無理だな。
「じゃあ、お話しようか。あの人は誰?」
「分からない。知られたくなさそうだったし、聞ける雰囲気でもなかったわ。ライブは見てたんでしょ?」
「今でも信じられないけどね」
栄が鼻を鳴らす。そりゃそうだ、私だって夢でも見たのかと感じてるくらいだから。
あの人は、完全に理解の範疇を超えていた。現実世界の住人とは思えなかった。配信の企画で何度か上級と目される冒険者と直に接したことのある私にすら、そう思わせるほどの隔絶した差があった。
私がトラップを起動し見たこともない階層へ飛ばされてからすぐ、魔物の群れに囲まれた。
そして瞬時に理解した、これはもう無理だ、と。
何かに囲まれているのだけはかろうじて分かった。ああも闇に溶け込んでみせる魔物は、あそこでは1種類だけだ。
ワーウルフ――23層に出現する、小集団による狩りを得意とする人狼。
絶望しか無かった。私達のクランの最高到達階層は14層、これでも冒険者としては中の上だ。20層にタッチできれば大手を振って上級クランを名乗ることが出来る。それが、23層? しかも私一人で、何処かも分からない場所に放り出されて!?
だけど、そんな空気を切り裂いて飛んできた手斧が、全てを変えた。
まるで紙人形でも切り裂くみたいにワーウルフを屠り、回り込もうとする相手には同胞の足を掴んで振り回し殴りつけ、弱ったと見れば容赦なく止めをさす。高度な野蛮さと原始的な知性が同居した、暴力の化身。
あれが――あれこそが、冒険者。
私は言われるままに身を縮め、黙って見ていることしか出来なかった。目の前の光景に、ただただ圧倒された。気付けば、周囲に動いている魔物の姿は無かった。
彼は私を立たせると、ポータルまで案内してくれた。道中2度ほど散乱したワーウルフの死体を見かけたが、きっと彼の仕業なのだろう。その足取りは迷うこともなく、23層への慣れを
配信について確認しなかったのは、完全な失態だった。動転してそれどころではなかった、なんてシンプルな事実も言い訳にはならないだろう。理想を言えば早い段階でライブを終了するべきだったのだけど、私は死ぬ瞬間も残したい派だったし(視聴者には申し訳ないが)、そして彼が登場してからは配信のことなど完全に抜け落ちていた。私がそれについて思い至ったのは、ロビーに戻り仲間の顔を見て、自分が配信者であることを思い出したからだ。全ては手遅れだった。
栄たちが配信を停止しなかったのは、少しでも情報が欲しかったからだ。視聴者には僅かな手がかりからダンジョンや階層を特定するマニアも多い。そして、冒険者の救助においては一瞬が生死を分ける。あんな真っ暗なだけの配信に地上班が
彼は私だけポータルに送ると、姿を消した。私は転移の青い光に包まれ、一瞬で地上のロビーへと帰り着いた。高尾山の移層手段が階段じゃなくて本当に幸運だったし、入口もポータルになっている神域型ダンジョンでなければ配信の差し止めにはもっと時間がかかっただろう。
ライブはチャンネル史上最高の同時接続数を叩き出したらしいけど、お蔵入りに迷いはなかった。大前提として、無関係の人に迷惑をかける訳にはいかない。だけど、それ以上に――あの人を敵に回してはいけない。
高尾山ダンジョンの最高到達階層は、大手クランが昨年更新した27層だ。その配信はよく覚えている。レベル20代後半を揃えたクランのエースチームをメインに、外部からも助っ人を呼んでの総力戦だった。配信では23層は問題なく通過していたけど、それも高レベルの人材を大勢揃えてこそだ。そんな階層であの振る舞い、彼の実力が少なくとも大手の主力級なのは間違いない。
冒険者は一種のアスリートだ。他のスポーツと同様に人気商売の部分も大きい。派手な成果を残してTVや広告に引っ張りだこになった結果、どっちが本業か分からなくなった有名人もいるくらいだ。そんな塗れ手に
煩わしい経理周りや対外活動を
最前線に立つクランと対立はできない。だけど、はっきり言ってあんな動画が話題にならないわけがない。彼には迷惑を掛けるだろうし、所属の組織から連絡も来るだろう。出来るだけの対応を取り、誠意を見せるしか無い。差し当たっては転載対策に全力投球だろう。
(……だけど)
冒険者の動画ならば国内外を問わず嫌というほど見ているが、あんな動きの人は覚えがない。企業にせよトップクランせよ、とっておきのエースとして秘匿されていた可能性が高い。不可解なのは、仲間の姿が見えなかったことだ。貴重な鬼札を、ソロで動かすだろうか? それをクランが許すだろうか? ……可能性は低いだろうけど、あの人がもし、もし、ソロの冒険者だとしたなら――
(レベル40……いや、50あってもおかしくない)
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
(お、レベルあがってるじゃーん)
俺は腹ごしらえに入ったラーメン屋で、自分の成長に気づいた。最近なかなか上がらなくなってきたからなあ、久しぶりのレベルアップは嬉しさもひとしおだ。よし、お祝いに卵も付けるか!
「おっちゃーん、煮玉子と、あとキクラゲもお願い!」
俺は厨房へ声を掛けると、プレッサーでにんにくを潰した。細い穴からニュルニュルとくっせーやつらが顔を出す。おお、これこれ、これがいいんだよ! レベルアップ、嬉しい。オレ、ゴチソウ、タベル、ウレシイ。そう、嬉しい、嬉しいんだが……
「しっかし、やっと73かよ」
配信に映り込んだら身バレして会社をクビになったので復讐します 一河 吉人 @109mt
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