第10話 合意


「だからさぁ、ホントにふざけんなっての」

「いえ、まったくです」


 目を座らせてがなり立てる女に、俺は静かに相槌を打っていた。


「なーにが『真実が一番大事』だっての! じゃあテメーの顔出ししてみろよ!!」

「まさに、同感です」


 一体、どうしてこんなことに……。


 女の喋りは弾数無制限のSF不思議ガンのように止まず、むしろその連射速度を早めていた。どうして……いや、全部俺がやったんだけど。


 女の緊張を和らげるべく、そしてメガネの真の評価を探るべく、俺は鍛え上げた営業トークで女の本音を引きずり出しに走っていた。それがいつの間にやらヒートアップが臨界点を越え、どうにも手のつけられない状態になってしまったのだ。会談が最良と言っていい結果を迎え、肩の荷が下りたのもあったろう。そりゃあれだけ対応に追われてたんだ、溜まってたストレスも相当だよな。


「あのクソ野郎が有ること無いこと書き立てやがるから、こんなことになってんでしょうが!!」

「ああ、その通り!」


 もちろん俺は面白がって女に薪をべまくった。


 どうも俺の動画拡散に決定的な役目を果たしたのは、【ヘンデルト・グレーゲルス】とかいうあのクソ社長が見てた害悪系インフルエンサーらしい。『顔にはモザイクをかけろというご意見も分かりますが、ヤラセ検証のためには元の動画を無加工で調べる必要があると思い、あえてそのままにしてあります。見て下さい、このフレーム、現実の動画ならこんなに顔面のパースが歪んだりしませんよね?』だと? あんじゃコラ、こちとら生身の一般人じゃい、お前のようなネット上にしか存在しないデジタル人格みたいに面の皮が伸びたり縮んだりしねーんだよ!!


「ファンの人たちもさあ、こっちはコンプラ重視でやってるって知ってんでしょ? そのファンが暴徒化してどうすんだつうの!!」

「そうだ、もっと言ってやれ!!」


 女の怒りはいよいよ臨界点を迎え、ついにその矛先は自分のファンにまで向かった。


「特定とか何考えてんの!? あの動きみたらヤバい相手だって分かるでしょ!? 話が分る人だったから助かったけど、私らまとめて潰されてもおかしくなかったよ!!??」

「いいぞ。もっと、もっとだ!」


 酔っ払ってもいないのに、完全に目がキマっている。合いの手を入れては見たがもはや俺という薪が必要な状況はとうに過ぎ去り、後に残されたのは熱量のままに車輪を動かす暴走機関車だけだった。女の発言はとどまることを知らず、社長の説教に慣れたオレの心すらおののかせた。いやー、コイツに喧嘩売らなくてよかったな。俺は自らの眼力とそれを支えるメガネに感謝した。


「前々から思ってたのよ、やれ右に行けだのやれ腰が入ってないだの、うるさいっての!」

「知ってる? うちのファンね、自称レベル30超えの冒険者がたくさんいるの。30ってお前、そんなん大手クランのエースクラスだっつうの。それとも何か? トップ冒険者はこぞってアタシのファンなのか?」

「動画のコメント欄でお痛してる分にはいいのよ、アタシが嫌な気分になるだけだから。最悪なのは他人を攻撃し始めること。何で誰かと比べたがるんだよ、アタシはお前らがマウント取るための棒じゃないんだっての」

「何度言っても聞かないし、そのくせ本人はいいことをしたと考えてる。私に褒められるとまで思ってる。ほんと最悪。あんなのどーしろっての」


 これ以上はよくない、俺は自分で点けたマッチの火を消しにかかった。


「人が集まれば集まるほど、どうしても質の悪いやつも増えるってもんだ。だがまあ、お世辞にも褒められたもんじゃないな」

「……今回の件でね、反省して最近の動画コメントを見返してたの。クソだクソだと思ってたけど、自分で感じてたよりもはるかに酷かった。これは暴徒化するわって」


 女は言いながらスマホで自分の動画を再生した。そしたらまー出るわ出るわ、クソコメントの百鬼夜行だ。しっかし自分のアイドルを守るためとはいえ、そのアイドルを命がけで救ってくれた相手を悪者にするなんてどういう神経なんだろうね? 面白がっているだけの野次馬やPVを金に変えるネットクソ錬金術師共も混ざっていただろうが、俺を糾弾しているガチファンも多かった。女の話を聞いているとこっちまで腹が立ってきたぜ、なーにが『この顔はそっくり、間違いない』だ。これならしわくちゃのビニール袋の方が似てるっつーの『やっぱりコイツが主犯、とみーが叩かれているのを放置してるのが何よりの証拠』だと? お前らと違って四六時中ネットに張り付いているような中毒者じゃねーんだよ『ムカついたから会社に凸してきた』お、お前のおかげか、サンキューな!『【ブブ・マーリー】:やっぱフェイクでしょ。Umityでシミュレートしたらバグも再現できた。ほら、この顔が歪むとこ』だれがバグじゃ! しばくぞ!!!!


「……ッ」

「おっと、すみません。ついカッとしてしまって」


 思わず漏れ出した殺気で、怖がらせてしまったようだ。


 だが、女は俺の予想を超えて強かった。多少の殺気で引くようなタマではなかった。むしろあえて踏み込んでくるような、そんな強かさを持っている女だった。


「アイツらに、復讐したくないですか?」


 俺はそのセリフに、奇妙な感心を抱いた。やっぱ配信者なんてやってる奴は、ネジが何本か外れてんだなあ。


「いいですね、片っ端から特定して吊るして回りますか!」

「いやいやいや! それ普通に犯罪ですから!!」


 マジか!? あの【ブブ・マーリー】とかいう奴だけでも吊るしたら駄目かな?


「合法で、もっといい復讐方法がありますよ」


 ショックを受けている俺に、女はニヤリと笑って言った。な、何っ!? あんな匿名のカスどもを誅する手段があるというのか? インターネット、インターネットに勝てるのか!?



「アタシを、引退させるんです」



「……つまり、私と結婚したいと?」

「いやいやいや。そういう話じゃないですから。微塵もありませんから」


 女はマジで嫌そうな顔をした。なんか腹立つな、まあ俺も嫌だけど。


「私、金のために配信やってるんです」


 突然の大胆告白。俺は心の中のいいねボタンを連打した。


「配信者なんて、ネジが何本か外れてないとやれないですからね。頭がおかしくならないわけないし、そうなった人も沢山見てきました。こんなの長々と続けるもんじゃない、目標金額が貯まれば即引退してやりますよ」


 女が力強い目で、俺を見据える。


「そして、貴方が協力してくれるなら、その速度を劇的に早めることが出来る」


 ……なるほど。


「つまり、貴方を引退させることが、この狂信者共には最高の復讐になる、と……?」


 女は笑顔でうなずいた。


 なるほど、おもしろい考えだ。この女を潰すのではなく、あえて押し上げることでダメージを与える。北風でなく太陽、鞭でなく飴。思考をひっくり返し、世界を転回させる逆転の一手。


「興味深いお話ですが……」

「やはり、だめですか」

「いえ、大変に心惹かれる提案です。ですが、個人的に決めているんです。冒険者を生業にはしないと」


 そう、その一線は譲れない。


 冒険者なんてどこまで行ってもヤクザな商売だ。完璧に綺麗な仕事がどこかにあるなんて子供じみた夢は見ちゃいないが、しかしダンジョンには目をつぶらなければならないものが多すぎる。迷宮に潜るのはいい、だがそれはあくまで趣味に留め、真っ当な仕事をして真っ当に生きるべきなのだ。俺は確かに強い。冒険者としても十分にやっていけるだろう。だが、それと社会的な評価は別だ。そして、暴力だけでは守れないものがこの世界には多すぎる。知ってるか? 冒険者って自分じゃアパートの一つも借りられないんだぜ?


「確かに、そうですね。そういうところは配信者と似てます」


 ダンジョンと同じとか、配信者、闇深すぎだろ。


「申し訳ないが、こればっかりは」


 あと、単純に俺、配信者嫌いなんだよね。冒険者家業は最悪だが、食うに困れば我慢できないこともない。あくまで一時的には、だが。しかし、それに配信者が乗っかってくると別だ。うんこ×うんこ、うんこの2乗、Wうんこだ。しかも前者がバナナのような立派なうんこなら、後者は吐き気を催すような臭いを発する、ビチビチの下痢便みたいなものだ。これが個人的な恨みだとは分かっているが、許容できないものはできない。生きるとは個を通すこと、ここを曲げれば俺という人間が死んでしまうからな。しかしダンジョンの闇と配信の闇、その両方を一手に背負うダイバー、何とも因果な職業だぜ。


 あのクソ共に復讐出来ないのは残念だ。大変遺憾である、慚愧に堪えない。これが半年くらいの雇われ冒険者なら、俺だってストレス解消に引き受けていただろう。クソッ、この女、配信者辞めてくれねーかな。そしたら俺も手を組むにやぶさかでは……いや、それじゃ本末転倒か。せめて、せめてきれいな配信者であったなら、そう――


「……ダンジョンにキレイなものがあるとしたら、それは『花ダンchチャンネル』くらいのものでしょうね」

「あ、花ちゃんですか?」

「おや、ご存知で?」

「ええ、商売敵でもあるし、若い女性の配信者仲間だし。堅実系なのも似てますから、ライバルの一人として意識はしてますね」


 おいコラ、テメーみたいなうんこと花ちゃんを一緒にすんじゃねーよ。合意破棄すんぞコラ。


「向こうもそんな感じみたいで、年上だからって慕ってくれてるみたいで。今度一緒に潜ろうねって、コラボの話も持ち上がってるんですよ」




 その日、俺は自分の人生を破壊した女の犬になった。


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