第9話 会談
その日、俺はとあるレンタルスペースの一室にいた。会談の相手はあの女だ。
きっかけは妹からのメールだ。曰く、『あの配信者さんが探してるよ?』。
初めは無視するつもりだったんだが、というか妹には空とぼけたんだが(『あ? 誰のことだ?』)、俺が逃げ回った結果他の誰かが勘違いでバッシングされるのも寝覚めが悪い。それに、この女の対応には多少の誠意を感じなくもなかったので対話に応じることにしたのだ。かなり強烈な吊し上げを食らってたみたいだし、
「この度は、私どもの落ち度でご迷惑をお掛けし――」
女は謝った。見事な謝罪だった。おとなしめのスーツ姿に髪を上げて、
「そもそもですね、そんなに悪いことですか?」
「え……?」
「あれは事故でしょう? そして、配信は合法だ」
それに、そういうことなのだ。法律論から言えば、彼女に
ダンジョン内での動画撮影やライブ配信は一般の空間と同程度以上に合法で、映り込みだってわざとでなければ問題にはならない。法律がそうなっている、というかこの辺はダンジョンの管理者が決定することだ。多くのダンジョンでは許可が出されているし、配信は任意だが事故や事件を防ぐため撮影自体は義務付けられているところも多い。俺が高尾山にいたのも録画義務がないからで、配信不可のダンジョンは日帰りには遠いんだよなあ。
「こちらとしては個人の特定できないような、法律的には何ら問題のない動画を差し止めていただいているわけですから」
「……いえ、あれは拡散を望まれないのも分かります」
「正直、私が変に騒ぎ立てなければそのまま風化していたのではないかとも思いますし」
「いや、それはさすがに無いかと」
無いかー。
23層ソロだけでも異常だからな。それが可能な冒険者は現状見当たらないし、いたとしても秘匿されている。下手をするとレベル50オーバーの戦いを人類が目にしたのは初めてかも知れず、話題にならないはずがない。希望的観測だったかー。
ま、あのときは舐めプしてたからレベル30と言い張っても通るだろう。それでも十分に高レベルだが、日本全体を見ればいないこともないはずだ。
そして、この女の必死さはそれを分かってのことだろう。20階層をソロで散歩できる冒険者なんて背後にどんな鬼や蛇がついてるか分ったもんじゃないからな、ビビるのも無理はない。よく一対一で謝罪する気になったなと、その勇気を讃えたいくらいだ。
「それに、お勤め先にもご迷惑を」
「あ、大丈夫です。辞めましたから」
「え?」
「っていうか首になりましたから」
「そ、それは……」
女の顔からみるみる血の気が引いていく。おっと、対応を間違えたか? 正直、あの会社は辞めよう辞めようと思っていたのだ。サビ残パワハラ安月給、ブラック企業の要素が全部詰まってたらからな。転職先の当てがあるやつは我先にと辞めていく。まあコネ入社の俺には何も言う資格はないし、今だって望外の幸運だったと思っているよ。俺は俺なりに、頑張って会社に貢献してきたつもりだ。
だが、それもいい加減に限界だった。会社で溜めたストレスを発散するために潜るダンジョンの、その階層はどんどん深くなっていった。さすがの俺もソロで50階層は躊躇するし、何より気晴らしにならない。どのみち破綻は間近、時間の問題だったのだ。
職歴を付けてくれたのは感謝しているし、転職するなら若い方がいい。その上、トラブルのお陰で自己都合だったはずの退職理由が会社都合になった。よくは知らないが退職金や失業手当も増えるだろう……いや、あのクソボンボンのことだからまた難癖をつけてきそうだな、先輩が上手いことやってくれてねえかなあ。
「そんなわけで、実は今回の件に関してはそんなに怒っていない、むしろ感謝しているくらいなんです」
「は、はあ」
「……そうですね。ご心配されてると思いますのではっきり申し上げますが、私のバックには誰も付いていません。どのクランも、企業も、国も」
「……」
お、目つきが変わったな。
「企業は……噂になっているとおりです。ああ、もう元になりますかね? そして、会社には私が冒険者であることは伏せてありました。業務の一環として冒険者証は取得しましたが、それまでは引退状態だったんですよ。クランにも所属しておらず、国とも繋がりはない。ですから、この件についてどこからか抗議の声が届いても、それは私とは無関係です」
女が長く息を吐く、そりゃ安心するよな。しかし、これなら話が早そうだ。俺は早々にカードを切ることにした。
「今回の件を早期に沈静化させるには、私が声明を出すのが一番でしょう。そこで、ご協力をいただければと思うのですが」
「いいのですか?」
俺の提案に、当然女は食いつく。むしろ、このまま放置しておくほうが面倒だ。
「それしかないでしょう? ただし、顔は出したくありません」
逆に言えば、そこさえ守られたらどうにでもなる。俺の活動階層についてこられるクランは皆無、バッティングの危険性もない。そして新しい仕事が見つかる頃には、この件も風化しているだろう。コイツなら秘密は守るだろうし、拡散力もある。要らぬ二次被害を防ぐためにも、せいぜい走り回ってもらうことにしよう。
「ダンジョンに行きましょう。別の階層でもいいですが、もう一度23層で同じ動きをする、それが一番の証明でしょうね。撮影のセッティングなんかはお願いすることになると思いますが」
「そ、それはもちろんです!」
その後はトントン拍子に話が進んだ。こっちは無職、時間はいくらでもある。早いほうがいいだろうということで、決行は明後日の朝一に決まった。
「それでは、当日はよろしくお願いします」
話がまとまり女の顔にも血の気がすこし戻って来たようだが、頬はこけ髪につやはなく、いつ倒れてもおかしくなさそうな雰囲気だ。明後日に影響が出るのも避けたいし、撮影中ずっとこれでは最後まで持たないだろう。少し緊張を解してやる必要があるか――
俺は大きく息を吐いてみせると言った。
「やあ、合意が得られて安心しました。冒険者相手ですからね、正直な所コワモテのお兄さん方に囲まれて何処かへ連れて行かれるくらいは考えていましたよ」
「そ、そんな」
「ハハハ。でも、少しムカついていらっしゃるでしょう? 『配信は合法なんだからガタガタ言うな』とか『映り込みが嫌なら顔くらい隠しとけよ』とか」
「い、いえ……」
俺は鍛え上げた営業トークで女のガス抜きを試みた。これまでの鉄板は当社の悪口、顧客と一緒にうちのクソさを語り合うのが一番だったんだが(陰口ほど盛り上がる話題はないね!)、ここは俺が悪者になっておく。
「いえいえ、自分でもそう思いますからね。『配信が駄目なら先に言っとけよ』とか。いやあ、正直こちらの手落ちも多いです。言い訳をさせてもらえるなら、ブースター無しじゃ20階層は電波が届かないと思ってたんですよ」
「あ、それに関しては配信用の魔導カメラを使っていたので……」
「……ああ、NARITAさんとこですか」
女がカバンから小型のボディカメラを取り出す。ガハハ、うちの系列のライバルメーカーだな! NICHIEDAとNARITAといえば国内トップを争い
ダンジョンの低階層ではケーブルが引かれアンテナが設置されと、電波が入るようになっている。おかげで何かあってもギルド職員がすっ飛んでくるので安全だし、裏には巨大な利権が横たわっているとまことしやかに囁かれていたりもいるんだが……まあ、武士の情け、ノーコメントとしておこう。
逆に、電波の届かないような深い階層での配信は専用の機材やスタッフを引き連れての、さながらTV中継みたいな団体になるのが常だ。それもあってソロだからと油断してしまったんだが、まさか23階層からリアルタイムで繋がってるとは……あー、メンバーの持ってたブースターに接続しちまったのか? 魔導家電は最先端技術として今も世界中のメーカーが開発競争に没頭しているが、まだまだ普通の家電に劣る点も多い。このカメラも画質なんかはイマイチみたいだが、通信距離に一点張りなのか? これなら配信が続いてたのも理解できるが、メーカー試供品の新型を使っていたとは実にタイミングの悪い話だぜ。NARITAさんは今頃データを解析してウハウハだろうな。
「全く、『魔導カメラの存在ぐらい気がつけよ』ですね。しかもメーカー勤務のくせに」
「いえ、そんな……」
「でも、思ってた?」
「思ってないです!」
「ハハハ、大丈夫ですよ。耳の痛い忠告、否定的な意見こそが生き延びる道に繋がる。冒険者なら分かるでしょう?」
「いえ……」
女はブンブンと首を振って否定した。
「少しも? 否定的意見を?」
「そ、それは……」
「ほら、やっぱりあるんでしょう?」
「そ、その……」
女は気まずそうに目をそらし、言った。
「……ただ、メガネが似合ってないな、とは……」
「……」
……も、もしかしてこのメガネ、イケてないのか……?
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