不安の種

 ヨモガカザという土地は、峻険な山々といくらかの盆地で構成されている。地形のせいか気候のせいか、もともとはここ以南の土地とは風俗にも大きな違いがあったと記録に残されている。かつては諸侯もおり天下有数の大都市として発展していたのだが、今はさびれて朝廷の直轄地になっている。

 数百年の間、都を中心とした南方の諸都市からの行商人や移住者も増え、現代では文化に大差は見られなくなった。


 ナガサが率いる一千の軍勢は、ススミを発して後、二月かけてようやく現地に入った。道すがら援軍が見かけたヨモガカザ地方の諸町は大小に限らず、どこも急ごしらえの防柵に取り囲まれている。官衙の周りに五、六ある町は特に堅固だった。官衙の置かれた最も大きい町ホライの中でさえ兵気凄まじく、いかにもおどろおどろしい。

 ホライに入った諸将と官衙の役人らが協議して軍の陣取りを決める。

 陣取り後、初めての軍議において、官衙を代表して出席したのは長官ではなく、クサオモという長身大柄の男だった。


「改めて状況を簡潔に説明いたしますと、地元の旧家を中心とした独立派の勢力が、もともと山中にあった山賊と合力して反乱を起こしています」

 

 クサオモは官衙に赴いたナガサらにそう話し始める。援軍側には大将のナガサの他に中核となる将五人とシエン、フンケの二人の計七人が同席していた。


「官衙に攻め寄せてきた賊は撃退しましたが、既に賊に占領された町は未だに取り返せておらず、境界付近での小競り合いがもっぱらで膠着気味です。お互い攻め手に欠けます」


 そういった感じでクサオモの説明が続いた。

 他の者はちょくちょく質問を挟んだが、ひとりナガサは両手を口元にあてたまま黙って聞いていた。クサオモが一通り話し終わってようやく口を開く。


「独立派は反乱以前になにか官衙に要求を出していましたか?」


「彼らの生業の保護を求めていました。昔と違って現代はヨモガカザの外との商いも盛んで競争が激しいですから」


 ナガサは頷き、更につづけて問うた。


「反乱の勃発に賊に合流した者はどれだけありますか?」


「……どうでしょうか?確かな所は分かりませんが、賊の規模が増大しているとは思えません。ほぼいないかと」


 ナガサの聞く質問は意図が曖昧で、その真意は同席した全員が分からなかった。しかしその質問の後再びナガサは口を閉じため、諸将が推察できることは無かった。

 代わって同席した将軍の一人が代わって、明確にしなければならないことについてクサオモに問いを投げかける。


「賊のうち、独立派と山賊派閥の関係はどうなんだ?」


「実態はふたつの別の集団が協力している形で、別々の拠点を構えています。ただ、一方を攻めればもう片方が背後を狙いに打って出てくるなど連携は緻密です」


「敵は兵糧の調達などはどうしてるのだ」


「間者の情報によると官物や商品の強奪と占領地で作ったもので六分四分といった所のようです」


 その後も情報共有や作戦会議が続き、日が暮れかかった頃にようやく終わった。一方で詳細な作戦についてはまだ決めるに至らなかった。

 諸将の陣屋への帰路にはクサオモが見送りのため同伴した。援軍の大将ナガサはその間、ヨモガカザの風土や伝説について軍議の間とは人が変わったようにひっきりなしに尋ね続けた。

 次の日も似たような感じだった。ナガサは口を開いても歴史や風俗に関する質問がもっぱらで、軍事に関する質問をするのは部下の将やシエンらであった。

 一方でこの軍事情報に関心を示さない大将は、作戦については守勢に徹することを強硬に主張した。

 さらに翌日、ナガサは留守番以外の主だった将を連れ、クサオモにホライの町中をぐるりと案内させた。

 道中すれ違う人には欠かさず挨拶をし、子供にはとりわけ注意を払って話しかけた。


 その夕、陣取り以降攻撃の気配のない援軍にしびれを切らした官衙の長官がなぜ静観を続けるのかナガサに問い詰めに来た。

 答えて言うには


「長官、長官。敵がどこから来たのかよく考えるべきでしょう。彼らも元は同じここの住人で、地から湧いたわけではないでしょうに」


 長官は顔に怒色を浮かべて痛罵して去った。


 また諸将の何人かが、彼女に未だに賊を攻めない理由を尋ねた。


「勅命を拝して任を受けたからにはこれを速やかに達成するよう心掛けるべきです。未だに攻撃を逡巡するのはいかなる理由でしょうか」


 答えて言うには


「言説はごもっとも。しかし、敵は要害にあって我々は地理に疎いのです。近いうちに必ずむこうから攻撃があるでしょうから、それまで待った方がが良いでしょう」


 尋ねた将は不服だったが、説得は無駄と悟って渋々引き下がった。


 その後も引き続き、このススミから来た援軍は守備を堅固にし、斥候を放つばかりで、攻撃の気配を見せなかった。

 滞在も七日に及んだ時、陣中で物品の管理書を記録していたシエンのもとにナガサが訪れた。


「シエン、クサオモ殿の屋敷にこの手紙を届けに行ってちょうだい」


 筆を止めてシエンが顔を上げる。汚れないように捲っていた袖を戻しつつ返事をする。


「わざわざ手紙ですか?……構いませんが」

 

 書きかけの書類を片付け、立ち上がって手紙を受け取る。


「よろしく。あ、手土産にこれを持ってってね」


 シエンはそう言って渡された箱を包んだであろう四角い風呂敷を片手に、官衙の二つ隣に建てられたクサオモの屋敷に向けて出発する。

 

「よお、お使いか?」


 まさに陣を出ようかという所でフンケから声をかけられた。

 櫓の上からシエンの方を見下ろして手を振っている。そのまま身を乗り出し、ひょいと飛び降りる。ダアンと音を立てて着地する。


「クサオモさんの所だろ?俺も一昨日行かされた」


 着地でかがんだ体勢を起こし、塾服についた土ぼこりを払いながら話しかける。


「そうなのか、なんぞ気を付けた方がいいことはあるかい?」


「いやあ、自然体でいいんじゃないか。優しい人だったぜ」


 話しながらも歩を進める。冬に入らんとする寒気かんき甚だしい季節だが風もなくまた人の多いためにある程度暖かい陣中と違って、陣の外は閑散として寒さがひどかった。


「そういやシエン、お前ナガサ先輩が守勢に徹している理由を聞いたか?」


「いや……?我々より経験のある諸将もはぐらかされているというのだから聞いても仕方ないんじゃないか?」


 フンケがしかめ面してシエンをピッと指さす。


「ほら、ほら、お前の悪癖さ。どうして行動の前にまず決めつけるのかね。俺は教えてもらったぞ」


 シエンは友人からの注意に微妙に口角を上げて苦笑いをする。


「うーむ、耳が切り裂けそうだ。しかし部下の諸将や官衙の長官には訳をおっしゃらなかったというのにお前には教えたんだな。よかったら僕にも教えてくれよ」


 尋ねるシエンに対して、フンケはベッと舌を出して拒否の意を示す。


「自分で聞きな。……まあちょっとヒントを出すなら、戦後に不安有りってことさ」


「なるほど?」


 顎に右手を与えて少し考える。


「……ゆっくり考えてみるよ。ありがとな」


 やや俯いていた顔を上げ、手を顔から話してフンケにそう伝える。


「本人に尋ねようとはならないのね……まあいいや、じゃあお使い頑張れな。俺は自分の仕事があるから戻るよ」


「うん、見送りありがとう」


 片手を軽く上げて別れの挨拶をすますと、シエンは荷物が邪魔にならないように器用に両腕を組んでのっそりと歩いて道を下る。

 自陣の向かいに見えるのは、賊に占拠された町である。軍旗たなびき、おのずから鬼気を発しながらも、一方で賊陣はどこか弱弱しく、寂寞の気を北風に乗せて匂わせていた。

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一人一点 荒糸せいあ @Araito_Kaeru_0828

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