第35話 無窮の狭間
白だった。
黒一つない、まっさらな空間だった。
「こ、ここは……?」
白王都の新大聖堂のステージにいたはずだ。
俺は無窮の楔を握ったまま周囲を睥睨する。
(ここは無窮の狭間。陰と陽の狭間であり、限りなく広がる境界の世界だよ)
聞いたことのない子供たちの重なった声がした。
されど、どこか覚えのある既視感を抱かせる声でもあった。
(世界は今、首の皮一枚で辛うじて存続している。君が文字通り楔を打ち込んだからね。けど時間はないかな。境界を歪ます元凶を止めぬ限り楔は仮止め。このままだと陰陽のバランスは崩落して今の世界は終わる。ボクは……ボクたちはイヤだな)
「境界を歪ます、世界は終わる、だと?」
なら結界内で魔物が出現する原因も、元を質せば白王が根元に至るため境界に触れつつあった影響なのか。
「おい、お前はまさか……」
子供たちの声に誰何しかけた俺だが、左右から響く同じ声に瞠目した。
「あ、あれ、ここは?」
「なんだ、ここは?」
俺の左右に、アウラと耀夏がいた。
水晶体に封じられていたはずの二人がいる!
こことは違う世界だから、いるのか?
「もしかして、晴信、なのか?」
姿が変わろうと耀夏は人目で俺を言い当てた。
身長や髪色が変わっているのに流石だな。
「そ、それに、わ、私、だと!」
まあ驚くのは当然だろう。
今目の前に瓜二つの自分がいるだし、事前に話を聞かされていたアウラはともかく耀夏が驚くのは当然のことだ。
「ま、まあ久しぶり、耀夏」
「晴信、お前その格好、それに背だって」
「色々あってね。耀夏こそ、どうしていたんだ?」
「分からない。境内を掃除していたら、西洋鎧を着た者に変な穴へ押し込められてから記憶が曖昧なんだ」
白王は別世界を行き来する術を掌握していたのか。
そういえば……以前、アウラが陰神と交信した際の発言を思い出した。
『ただ、ですね、世界と世界を分かつ境界の一部に内からの凹みがあるそうです。普通、境界の外から転移者なり転生者なり現れれば、世界と世界の敷居を跨いだ影響で境界の外側に凹みが生じるのですがね』
帰還方法という希望を見つけたが、生憎、希望に浸れるほど状況は甘くない。
「アウラ、耀夏、二人とも俺の後ろに!」
俺は無窮の楔を構えながら二人の前に立つ。
何一つ汚点のない白き空間に黒き斑文が零れ出す。
黒き斑文は刻々と人型を形成し、白王の姿となった。
聡明さなど当になくなり、虚ろながら血走った目で俺に問う。
「邪魔を、邪魔をするな、ガンリュウの弟よ、何故、邪魔をする、友の弟が何故、わしの邪魔を、わしの邪魔をするかああああああっ!」
「何故だと? その疑問は愚問だぞ、白王!」
お前は俺から大切な人を、大切な場所を奪い取った。
だから奪い返す、仇を討つために俺は今ここにいる。
「あんたこそ、なんで大勢の人を殺した! なんで奪った! 王が民を踏み躙るなどあってはならぬことだぞ!」
「必要だったのだ。根元へ至るには、まず陰と陽の均等を傾ける必要がある。そう、数多くの命を生の陽から死の陰へと傾けることで境界開闢の起爆剤とする……必要な犠牲なのだ。わしが神となれば犠牲は、死んだ民は生き返る」
俺は一瞬で胸郭が膨れ上がった。
必要な、犠牲だと、後で生き返るから問題ないだと!
「ふ、ふざけるな! 死んでいい生命なんてないんだ! そ、それに、それに、人は一度しか死ねない! 死者は蘇らない! 絶対に、絶対に戻ってくることがないんだ!」
何度願ったか、何度望んだか。亡くした人が帰ってくる。
変わり果てた家族と対面した時、不可能だと分かっていながらも幾度と無く胸を締め付けた願望。忘れたことは思い出せようと、なくしたものは返らない。絶対に戻ってくることはない!
「あんたは最低極悪の王様だ! 誰も信じず、誰も求めず、誰かに頼らない裸の王様だ!」
「お、お前に何が分かる! ただ白王たる役目を果たすため、世界を守るため、王としてその役目をこなしてきた! かつて唯一無二の友がいた! だが、その友はもういない! 愚かな者たちの罠により喪われた! それからどうなったか、お前も知っていようぞ!」
「これ以上、知りたくもないし、知る気もないわ!」
「いいや、知ってもらうわ! 言い寄ってくる女どもを押しのけ、策謀抱く奴らを潰し、魔物の脅威から民を守るため、妻を娶らず、子を為さず、身を粉にして童貞のまま王として世界を守ってきた! それだというに、どいつもこいつも、私利私欲のために次なる王になることしか頭にない!」
「当たり前だろう! 王になれなきゃ王道を歩めないんだぞ!」
他の家は知らないが、カエルラは私利私欲で王道を目指してなんかいない!
無紋だろうと、実力を評価して俺を登用したぞ!
ああ、今気づいた。白王の爺さん、己の王道こそが唯一無二の絶対だと思っているんだ。
確かに王の道は一つ、けど過程たる道は一つじゃない。
人が一人じゃないように、王だって一人じゃない。
人の数だけ王道がある。
それどころか王道ではない王道すらある。
確かに魔物の脅威から民を守るのも王だ。
だけどな、太極は陰と陽が隣り合う概念。
その二つの概念から、四つ、六つ、八つと事象が広がって世界を形成しているんだぞ。
隣り合ってからこそ、新たな事象が生まれるというのに、誰かと隣あうことすら拒否している。
「あんたの王道は否定しない! 否定しないが、あんたが辿り着く先を俺は否定する!」
「若造が立ち塞がるかあああああああっ!」
白王が変貌する。
白と黒が入り交じり、黒い斑文が全身を覆い尽くせば、その体積を膨張させ、見上げんばかりの巨人に変貌した。
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