第36話 天の世界
陰と陽が混じる。
かつて獣の時代、境界に触れた獣は魔物と化した。
そして文明を滅ぼした。
「なんだ、これはまるでダイダラボッチじゃないか!」
「陰と陽が混じりすぎています。これはもう!」
まさかドラゴンが言っていた円獣って境界に触れたものの末路なのか!
「二人とも、逃げろっ!」
巨人は不協和音のようなうなり声で巨拳を振り下ろしてきた。俺は無謀にも無窮の楔の刀身で受け流す。ぐうっ、なんて重さだ。接触にて黒き刀身が暴れ、両腕が持っていかれそうな衝動に俺は奥歯を噛みしめながら両足で踏ん張り続ける。もう白王から人としての理性は感じない。あるのは生と死の入り交じった泥臭さだけだ。
「逃げるってどこに逃げるんだ!」
「逃げ場所などありませんよ!」
そうなんだよ、冷静に考えると、白が果てしなく広がる空間に逃げ場所などない。かといって白王が変貌した円獣を放置すれば人の文明は滅亡する。どうする、どうすれば、俺は、暴れる黒き刀身に打開策を見た。
「あ、アウラ!」
「は、はい!」
耀夏、名前を呼ばれないことに、ムスっした顔しないで!
この窮地を打開する策をアウラが知っているはずなんだ。
「無窮の楔は、混ざり合ったものを正しき位置に戻す! なら陰陽入り交じり、混沌となった事象を楔で元の位置に戻せるはずなんだ!」
「で、ですが私の知る限り代々黒王に継承されるのは、結界の展開と無窮の楔の封印の方法だけです!」
くっ、アウラなら本当の使い方を知っていると思ったが、ん? 封印? そういえば、アウラの発言が俺の記憶を刺激する。
「そうだ、神楽だ! 舞だ!」
無窮の楔の封を解く際に舞うアウラにどこか既視感があった。
あの時は瓜二つだからと片づけた。
けど違った。
アウラと耀夏は理の違う双子。
言わば平行世界の同一人物だ。
俺が違和感を抱いたのはアウラの舞が、耀夏の神楽と鏡合わせのように動きが正反対だからだ!
「ですが、舞にそんな効果があるなんて!」
「そうだぞ、晴信。危険な状況なのは置いてけぼりの私にも分かるが神楽にそんな効果は……」
「グダグダ言わずにやってくれ!」
確証がないのは百も承知。
確かに即効性と確証のない解決策は賢明ではない。
だとしても、陰と陽、異なる理の巫女、境界、楔、全てに意味があるとすれば無駄なんてない!
「円獣を封印する!」
人の時代は終わらせない。アウラと耀夏は互いに頷き合えば、距離をとり、俺を起点にして舞を開始する。同時、構える無窮の楔がかすかに鳴動した。
「はあああああっ!」
火の型、地重ね、爆山の型・猛炎爆!
噴火し続ける火山のように怒涛の斬撃を放つ。
ただスタミナのない者が使えばぶっ倒れる威力特化の継続度外視の型。
鍛えに鍛えた者しか使いこなせない。
切り上げては、左腕を切り落とし、横から迫る右腕を踏み台にしては駆け上がり、肩口から両断する。
「んなでかい姿で暴れられると困るからな! まずはバラバラにさせてもらう!」
アウラと耀夏が舞う姿に無窮の楔が共鳴していく。
共鳴する度に刃は切断力を増し、大木以上に太い腕を切り飛ばしていた。
「いける! どういう効果があるか知らないが、二人の舞で円獣が弱体化している!」
恐らくだが、円獣は開いた陰陽の境界より生まれた破壊の概念。ならば境界を正しき位置に戻す無窮の楔と相性は最悪のはずだ。最終安全装置とドラゴンがいうのも納得できる。
「ふううううううっ!」
俺はなお息を吸い込み、酸素を全身に行き渡らせる。
足りない。まだ足りない。巨人の腕を切り落とそうと、胴体を両断しようと、瞬く間に再生している。各部位を切り落とす度に見上げんばかりの体躯は縮小傾向にあるが後一手足りない。
「ぐううっ!」
後一手の思考が油断を招く。円獣が背面より無数の触手を生やせば、槍の如く俺に撃ちだしてきた。無数の触手を捌けぬまま俺は弾かれ、白き床に背面を激突させていた。そこにピラニアの如く触手の群が追撃をかける。
「「ハルノブさん(晴信)!」」
二人の悲鳴が白き世界に響く。ああ、くっそ、ドジっちまった。二人に舞わせたツケで、俺はバッドラックと舞う羽目になったようだ。
直撃する寸前で身を捻って回避したものの、打ち付けた際に生じた痛みが残ったままだから反動で鋭い痛みが意識を奪わんと走る。整えろ。呼吸で痛みを緩和しろ。今俺が倒れたら二人を誰が守る、誰が救う!
「だ、大丈夫だ! 続けてくれ!」
俺は気合いの呼吸で全身の痛みを整えながら立ち上がる。
落ち着かせろ。痛みを鎮めろ。乱れたバランスを整えるんだ。
まずは地の型、大地のように広く大きく肉体を安定させろ。
その次は水だ。流せ、回せ、清流のように淀みなく、思考を整えろ。
内の次は外。
火の型にて燃やせ、取り込んだものを燃焼させ爆発力に変えろ。
爆発力を更に拡大させるために風を送り込め。
混ぜるな、重ねるな。回すんだ。
呼吸を、型を回せ。回して回して回し続けろ。
地・火・水・風!
地・火・水・風!
幾重にも繰り返す中、変化は訪れる。
(なんだ、これは!)
感覚が急激にクリアとなる。
同時、あらゆる事象に点と線が刻まれている。
今目の前に立つ巨人の中に歪んだ点が見える。
見えている。どこにどう踏み込むべきか、どう振るえばいいか、断つべき点はどこか、あらゆる事象が展開されていた。
(混沌を、混沌として至らしめるのがあそこならば!)
ただ、ただ、そう、ただ断つのみ! 無窮の楔を握りしめ、一歩、一歩進んでいく。
『そうだ、晴信。その呼吸を忘れるな、その型を忘れるな、今視た天の世界を忘れるな。これこそ――』
巨人に近づく度、兄さんの声が聞こえた。
俺に剣を口だけで教えてきたジジイと声が重なった。
ああ、そうか、そういうことか、そうだったのか……。
ジジイは自分を隠者と言っていたが、世捨て人ではなく、あの世の人という意味だった。
俺が来た万が一のために残り続けていた。
匂いを感じないのも当然だよ。
「ああ、分かっているよ、兄さん」
途切れたものは俺が継承するから、暴走した友は俺が仕留めるから後は任せてくれ。
どんなに道が異なろうと極めた者は必ずや天に辿り着く!
「五天鳴剣流奥義・天の型――」
俺は巨人の根源たる点を大上段から振りかぶって断ち切った。
「――
ただ切った。そう断ち切った。
絶対、究極、最強など、突き摘めれば摘めるほど陳腐となる。
派手なエフェクトなど不要。
最強の一振りを放てばいい。
天の型とは事象の線と点の切断。
事象には万物には脆弱性が必ずや存在する。
呼吸を回しに回し、天たる領域に至った時、事象の点と線を断ち切る力を会得する。
ただ見えただけでは届かない。
ただ触れた程度では断ち切れない。
点と線の境界を見極め、鍛え抜かれた意志と力があってこそ顕現する。
「ここから先は、俺たちの道だあああああああっ!」
老人はいい加減、若人に道を譲って隠居しろ!
道とは継承し、繋いでいくもの!
俺が兄さんから受け継いだように、過去が未来を作るんだ!
両断された巨人から不協和音が響き渡る。
白き世界に無数の亀裂が走り、白き光が意識を包み込んだ。
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